クロスチャイルド 第1章 ミラク編 5 [3/4]
クロスチャイルドに、愛を。
そんな馬鹿げたことを言った人間が今までいただろうか。
あの国より強い兵器を。
毒を持つクロスチャイルドを。
何なら武器を体に仕込んでくれ。という要望もあった。
ロボットアニメの見過ぎではなかろうか…と思いながら、心のどこかで目の前の顧客を嘲笑っていても、結局自分は同じ穴の狢なのだ。
"人間の要求は、上限を知らない。"
たまに二つの生物と人間と…つまり、三つの生物を掛け合わせて最強の生物兵器を作れというとんでもないことをいう人間もいる。
そのくらい、クロスチャイルドの存在というのは、人間以下、家畜並みに等しかった。
カスタマイズをして、自分好みに作ってしまえば、それでよかった。
お金を出せば大抵のことは叶うと思っている人には、きっとわからない感覚だろう。
そして、それを生業にしている私にとっても同じで、作った張本人として情がないわけではなかったが、クロスチャイルドに愛を求めたことはなかった。
けれど、目の前にクロスチャイルドを家族にしたいという馬鹿げた事をいう人がいる。
それは、今まで一度だって考えたこともないけれど、どこにも帰り道が見えない森に迷い込み、その中にある鬱蒼としていて、進行を邪魔する茂みを振り払って見つけ出してくれたような、そんな霧が晴れたようなう安堵感があった。
這いつくばってしまいたかった。
そしてしばらく考えたのち、私は降参した。
同じ世界線で生きていけたらよかったのに、と二人の輝く瞳の奥にある本当の清らかさを見て、そう思った。
「…要約すると、つまり一度ケツァールのクローンを作成し、そのクローンとグレートマザーを交配させ、クロスチャイルドを作りたいと。そういうことでいいのかな。」
「あぁ、頼む」
流石、頭のいい人は話が早い。とアルバートは続けた。
そのにこやかな笑顔の中にある、イタズラに成功したような笑みを見ていると、
-ずっと変わっていないのはアルバート、君だよ。と言いたくなった。
彼は昔から何にも変わっていない。
目標を決めたらそこに向かって周りを巻き込み、まっすぐに走っていく少年だった。
そのどこまでもまっすぐな眼差しは、今も昔も同じで変わらない。
その瞳に映るのは、希望なのだろうか。この何もかもが朽ち果てて、ただ終わりを待っているような世界で、君はこの世界のどこに希望を見出しているのだろうか。
僕にはきっとわからない。
そして本当は、その光の中を歩いていきたくないのだということを、心のどこかでわかっていた。
「ただ、グレートマザーに選定される女性は、妊娠〜出産により死亡する確率が5人に1人で…。もちろん彼女らは自らで望んでグレートマザーを希望しているのだけど、もし死亡した場合はその方の親族への損害賠償が生じるんだ。もちろん先にサインしてあるので一律で2億と決まっているのだけど…。まぁ、アルバートにお金の心配は無用だろうね」
彼の功績は、資産に現れており、既に時価総額は小国の国家予算をはるかに超えている。
名実ともに、世界の富豪の中でも頂に立つ男だ。
「そのグレートマザーとは、一体どなたなの?」
「グレートマザーとは、クロスチャイルドを作り出す際に母体となる女性のことだよ、ミア。不定期に選定される。」
「まぁ、そんな方がいらっしゃるのね」
この対象に選ばれる事は、地域によってはこの上ない名誉である場合もある。
さらに産んだ暁には、莫大な富が手に入る。
どちらかというとこの旨味の方が大きいが。
償金・出産お見舞金と呼ばれる成功報酬は、一体のクロスチャイルドにつき、10億の金が動く。
「クロスチャイルドは普通の出産よりも困難で、グレートマザーを介して無事に産まれてくる確率は、10パーセントもない。とても危険な出産であることは間違いない。帝王切開のみの出産方法で、クロスチャイルド研究施設で手術して僕が取り上げる。」
私はさらに続ける。
「グレートマザー選定は独自の細く定められた審査を通らなくてはならない。まず対象となるマザーは3代先まで調べ上げ、病気歴やアレルギーチェック、虫歯の有無・知能検査・精神状態・喫煙・飲酒・ドラッグ歴の有無、処女であることなどをチェックし、さらに25歳以下の女性に限られる。それを通過した人が、グレートマザーと言われているんだ」
25歳以下、としたのには明確な基準がある。単にその方が人間の死亡率が減るからだ。
このグレートマザー選定においても都市伝説化し世界に広まっているが、この詳細なパーセンテージを知るものはそう多くない。
産んだ成功報酬が10億という言葉だけが歩き回っているのだ。
ミアもアルバートも、浮世離れした話に何を話せばいいのかわからず固まっていた。
「そんな細かいチェックを潜り抜けても、基本的に流産が多いんだ。子供が中で育たないし、母体にとても負担がかかる。でも、試験管ベイビーを作るよりも、胎を通すと通さないとでは出来上がりが違う。動物や人間の子宮というのはとてもよくできた素晴らしい組織なんだ。」
ミアはその話を聞いて目線を落とした。
女性を利用するということに、罪悪感で埋め尽くされているように見受けた。
何かを作り出すということは、何かしらリスクがある。
その現実はどうなろうと消えやしない。
人の命を使い、生命を作り出す神様の真似事は、今や当たり前になりすぎて今更何も思わない。…思わないようにしている。
話を聞けばお涙頂戴のいい話のような気がするが、二人がしようとしている事は決して大声で堂々と言えることではない。
命を弄ぶことには変わりはないのだ。
“キレイゴト”では一切ない。
それでも自らの欲求を叶えようとするその気持ちは、私にはわからないことではなかった。ーいや、分かりすぎることであった。
人は皆、何かの犠牲の上に生きている。今この時も。そしてこれからも。
「それでも…。それでもやっぱり諦められないわ。」
ミアは強い意志で私を見た。
同じ気持ちできっとアルバートもいるのだろう。
私は二人の強い意志をしっかりと受け取った。
本当は、この二人を施設に招き入れて、話を聞いた時点で決まっていた。
ーいや、それよりもっとずっと前。アルバートと出会ってから、どんなことがあろうとアルバートの願いは叶えてあげたいと、ずっと思っていた。
私にとって、アルバートとは、それほど特別な存在だったのだ。
「…ケツァールの内容物などは冷凍のままこちらに運搬してもらうことになるけど…。普通の輸送業者は使わないで、我々が指定する業者を6社リストアップしたものを渡すから、そのリストの順番通りに輸送してほしい。手筈は絶対に間違えないように。ここの場所を特定されるわけにはいかないんだ。」
そう言って正規輸送業者と違法輸送業者が入り混じったリストを手渡した。
マネーロンダリングのように出どころをわからなくして運搬するのだ。
実際にレーガン夫妻がこの場所にたどり着くためには多くの時間を要し、実際に入所する際には手錠目隠しをされ、門を通過する際にはX線検査を受けた。
「…私たちの願いを受けてくださってありがとう。主神に感謝します」
ミアの瞳からは大粒の涙が溢れ、静寂の中に流れる薄膜の滝のようだった。
「そうだね。先に契約書と請求書を送らせていただくのでサインをして返送を頼むね。入金を持って契約成立。ということになる。」
アルバートは喜びで顔が崩れている。
まだ何も始まっていないのに、もう心はどこか遠くに行っている。
瞳の輝きは、いつまでものあの頃のままで、やっぱり昔からアルバートは何も変わっていない。
想像でどこまでも飛べる男なんだ。
「ちなみに現金での一括払いで前入金制。金融機関を通じての入金は絶対にやめてもらって、手持ちで頼むよ。ハンドキャリーでの空港利用は、色々と面倒だからお気をつけて。
経過は追って助手が連絡するけど、グレートマザー選定に早くて2年。長くて10年ほど時間がかかる。ケツァールのクローンはすぐにできるから、グレートマザー選定が決まったらクローンの製作を開始する手筈で行こうと思う。また、もし出産が長引いた場合にも追加で費用を請求することもあるので、その辺は契約書に記載してあるから、くまなくチェックしておいて。」
事務的に淡々と話す私とは裏腹に、夫妻は顔を赤らめ涙を流して喜んでいた。
それが、私にはくすぐったかった。
奇妙な感覚だ。クロスチャイルドのことで、ここまで喜ばれたのは初めてだった。
「それから、わかっているとは思うけど、この事は他言無用で頼むよ。契約書も弁護士にチェックは頼まず、君たち自身が確認するんだ。」
私は念を押すように、前のめりになる。
「クロスチャイルドをよく思わない人たちはこの世にごまんといる。君たち二人のような著名な人がクロスチャイルド作成に関与しているとなると、レーガン社の株価がどこまで下がるのかは分からない。
そして、私にだって私の研究を好奇の目に晒したくはない。養子として育てる予定であれば、この秘密は僕と一部のスタッフと、そして君たち二人で内密にしておく必要がある。生まれたクロスチャイルド本人にも内緒がいいかな。きっと空を飛べる子供が生まれてくるだろうから、薬で翼を抑えるしかないね。クロスチャイルドは兵器と考えている人がこの世には多すぎる。強すぎる兵器はいつだって排除の対象だ。水素爆弾や核がいい例だ。ケツァールの戦闘能力を考えると…きっとそんなに高くない。最悪、殺されてしまう。」
そこまで言って、私はふぅ、とため息をついた。
この生まれてくる子供のことを考えると、胸が苦しくなる。
どう考えても、普通の子供として生きられるとは思えないからだ。
今話している内容も気休めでしかない。
それでもこの願いを叶えようとするのは、アルバートが古い友人であるという事以外にも、どうしても他人事のように思えなかったからだ。
人の思いや欲というのはどこまでも尽きない。
本当に欲しいものは何振り構っていられないのだ。人間という生き物は。
私だってそうだ。誰だってそうなのだ。
「…ジェフリー、やっぱりあなたはとても聡明で素晴らしい人だ。君と出会えたことを神に感謝するよ。お金はいくらでも出そう。そして、注意事項もありがたく参考にさせていただく。本当にありがとう…」
夫妻は人目も憚らず涙を滝のように流して感謝を伝えた。
「本当に…アルバート。君は…いつでも君らしいね。」
少年時代のアルバートは、興味の対象を見つけるとそれにとことん集中し、周りが見えなくなるタイプの人間だった。
少年のようにいつまでも純粋で、そしてこの朽ち果てた世界に、いつだって希望を抱いていた。彼が作った世界は、人々に利便性とそれから一筋の希望を与えた。
そんな彼がこの年齢になり、誰かを愛そうとしているのなんて俄かに信じ難い。
「きっと、君のことだから、どんな子供が産まれても、君の全身全霊をかけて、まっすぐに愛していくんだろうね。」
そう確信していた。
いつか産まれるであろう近い未来、彼らはどんな家庭を築くのだろうか?
愛を知っている人間が、真っ直ぐにクロスチャイルドにぶつけたら、どんな子供になるのだろうか。
私はその想像の海に飛び込み、膨らませるのがとても楽しいのだろうと思っていた。
たとえそれが、気休めでしかないというのを知ってたとしても。
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