クロスチャイルド 第1章 ミラク編 5 [2/4]

大体のクロスチャイルドは戦闘能力の高さを最重要視する。


理由はクロスチャイルドは生物兵器としての目的で作られることが多いからだ。


人間と生物の掛け合わせであるのにも関わらず、ゲノム編集技術によってその相乗効果は高く、戦車100台分の強さに匹敵する者もいる。


人間の脳と生物の強さ。その両方を併せ持つクロスチャイルドは何よりも恐れられる殺人兵器として一部の裏社会での認知がある。


一人所有していればその国家の安全は守られる、言わば番犬のような立ち位置で、核兵器と並んで脅しの材料になることもある。


大国は所有しているのが当たり前、という暗黙の了解のようなものがあるが、クロスチャイルドの所有を巡っては、非人道的であるという理由から、理解されないまま、水面下で影に隠れて生息しているのが現状だった。


クロスチャイルドは都市伝説として巷に認知されているが、実際に私にとってもその方が都合が良かった。


オフィシャルという強みは、信頼を得る代わりに自由度を奪う。


そして施設のクリーン化は情報漏洩を生む。


それと同時に、世の中には【どうしても隠したいもの】というものが存在し、それらを陽の光に当てることになる。


隠れている方がいいものも世の中にはあるのだ。クロスチャイルドなどは特に。



「いや、私たちはクロスチャイルドを養子に迎えようと思っているんだ」


レーガン夫妻はお互いのアイコンタクトで確認を取るように微笑み見つめあい、手を握り合った。


愛玩用にと物好きの変態はこの世には少なからずいる。


実際に美しいクロスチャイルドのハーレムを作りたいと言ってきた資産家の変態はいた。


その時はもちろん丁重にお断りしたが、その時よりももっととんでもないことを聞いてしまった…-というような表情で二人を見つめ返した。


耳を疑った。-今何て言った?


「養子…?クロスチャイルドを養子に?正気かい?」


「もちろんだ」


アルバートの真っ直ぐな視線に、私はもはや意味がわからないという表情を隠しもせず、疑心の眼差しで見つめ返した。


するとアルバートの口角は上がり、してやったりの顔を見せた。


彼は、私が表情を出すととても嬉しそうにするのだ。


いつもはそれが悔しかったが、今回はそれどころじゃない。


「いいかい、アルバート、そしてミア。クロスチャイルドは人間ではないのは知っているよね?」


二人は同じタイミングで頷いた。


「生物と人間の掛け合わせで、ハーフと言う人もいるけれど、全く別の生き物として捉えてほしい。そして、F1種と同じで、クロスチャイルドには基本的に生殖能力がないんだ。よって、あなた方夫妻の孫は見られない。何より国によっては戸籍も用意されないし、結婚を認められない生き物だ。養子に迎えたいというのであれば、世界でも優秀な人間のみの遺伝子を集めたスーパーチルドレンを培養して生み出す機関を知っているから、そちらで普通の人間の子供を養子として迎えることをお勧めするけれど。」


アルバートは首を横に振った。


「生殖能力がない…か。そんなのはどうでもいい。私たちにだって子供は生まれていないから、生殖能力がないということになる。」


「……」


私は言葉に詰まり、何も答えなかった。


揺らめく瞳の中に本質を見極めようと必死に見つめ返した。


「ジェフリー。聞いてくれ。私たち夫妻はジャングルで出会ったケツァールを死なせてしまったんだ。」


「どういうこと?」


「私たちが彼の美しさに酔いしれ、ジャングルに滞在する間、彼の姿を何度も追いかけたんだ。動画も何時間と撮ったよ。本当に美しいものは語彙力を奪う。」


アルバートは続ける。


「だけど、我々以外にも彼を見ていた人物はいたんだ。密漁してどこかに売り飛ばそうとしたのだろう。かわいそうに麻酔槍で打たれてしまった。そして彼はよく飼いならされた鷹に連れて行かれてしまった。私たちは追いかけるためにチームを雇い、その密漁した人物を探し当てた。そして彼を買い取ると言ったんだ。もちろん法外な値段で。私たちはまたそのままジャングルに離してやろうと思っていたのだが、ろくに餌も与えられず、私たちが引き取った時には彼はとても弱っていて、そして1日を待たずに死んでしまったんだ。」


嘆かわしさを身振り手振りで伝えながら、アルバートは続ける。


「私たちは剥製にして、彼を常に家に置いておこうと決めた。絶滅危惧種であるがゆえに、剥製を作る際に取り出した内容物は一部冷凍保存で保管し、もし万が一絶滅してしまった時には、クローンを作るための遺伝子として残せないかと思ったからだ。」


「…なるほど。」


絶滅危惧種の再生など今のクローン技術をもってすれば簡単なことだ。


…もっとも、それを生業にしているのは私自身なのだが。


「ねぇ…ジェフリーさん。私たちのお願いを聞いてくださらないかしら。私たちは、家族に血の繋がりだったり生殖機能であったり、そういう普通の感覚は既に求めていないの。」


それまで隣で黙っていたアルバートの妻、ミアが口を開いた。


「私たちは彼を愛していて、彼を家族に迎えたいと思っていたの。でも、たとえクローンにしたとしても、法律的にも、彼を飼うのは難しいわ。それに彼には自然が似合うもの。そんな時にクロスチャイルドの話を聞いたの。生物兵器として使われているけれど、実際に交配して生まれた人間なら、私たちと一緒に暮らせるわ。私は、私たちは彼を迎え入れたいの。クロスチャイルドは兵器としてではなく、同じ人として扱われるべきだわ。」


あまりの熱の入りように、ミアの瞳には涙が溜まり今にも溢れ出そうだった。


しずかに寄せては返す波のように、光に照らされてゆらめている。


私の心もしずかに揺れた。それは、罪悪感からのものだった。


クロスチャイルドは基本的に人間には属さない。


たとえ生物図鑑に乗ることになったとしても、どこに属すのかは決められない。

哺乳類同士ならまだいいが、爬虫類や昆虫との交配種などになるともう規格外だ。


我ながら、とんでもない生き物を作っていると自覚していた。


それでも淡々と研究を進めている私は、どこかが既に欠陥しているのだということを理解していたのだ。そうでなければこの研究は進められなかった。


すべてはただ一つの目的のため。それ以外はすべて些細なことなのだ。


「ミア、クロスチャイルドには世界トップレベルの教育機関と同じ内容の教育と申し分ない生活環境が与えられている。マナーや教養も完璧に叩き込まれるので、非人道的と言われているけれど、世の中の平均的な普通の人間よりはとてもいい暮らしをしているんだ。」


私は何の感情も込めずに言葉を繋ぐと、何故かミアは哀れむような眼差しを返した。


その視線はチクリと私の心に刺さった気がしたが、それらはすぐに無視をした。


そうではないのだ。と言われているような気がしたからだ。


でも実際には、そうではない。というのは痛いほどに理解していた。


気づかないふりをしたかった。


「私はもっと人を愛したいのよ。人生は長いわ。一人のために使うのは長すぎる。だから家族が必要ね。もちろん、アルバートとも刺激的で楽しい日々を過ごしているわ。会社の社員たちも愛している。でもね、やっぱり心が彼を求めているのよ。」


ミアはまるでもう母親になったかのような顔で、微笑んだ。

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