クロスチャイルド 第1章 ミラク編 2 [4/4]

「ありがとう。では作戦についてだが…。」


そういってジェフリーはレーガンの屋敷の見取り図と写真を表示した。


本宅と呼ばれる屋敷は超豪華リゾート施設のような間取りだが、ミラクが住んでいるのは同じ敷地内にある離れで、自然豊かな森の中にあるこじんまりとした邸宅だった。


「今夜夫妻はこの屋敷で親しい人を集めてホームパーティーをする。」


そのパーティーでは50人程度の小規模なものだが、共同設立者や取締役を始め、不動産で財を成した人物や、IT関係の社長、世界的に有名な投資家や、ムービースターなど、豪華な顔ぶれが招待客リストに並んでいた。


ミラクの存在は公に発表されていないが、身内としてもちろん参加する。


人がたくさん集まった時を狙ってフェイ国のクロスチャイルドとその後ろに控える警察系戦闘組織による奇襲作戦。


及び、国から直接サイバー攻撃をかけレーガン社のサーバーを乗っとり、サーバーダウン。


レーガン夫妻が持っているという新システムのマスターキーコードを狙うという手筈だ。


その阻止をハダル。そして、ユキはミラクの救出と保護が役割だ。


「ちょっと待って。…ここまで作戦を知っているのは何故?あと、ここまで大規模な案件で、ハダルと僕しか任務に行かないの?」


大きな組織が関わる案件に関しては、表向きであろうと裏に紛れようと、クロスチャイルドの需要は多い。


決して表には情報が出てこなくても、知っている人は知っている。それほどにクロスチャイルドの戦闘能力は長けており、評価も高い。


それだとしても、国家クラスの案件となると話が変わってくる。戦闘機が束になってかかってこれば1体では敵わない。


クロスチャイルド単体でどうにかできるものでもないので、後ろに軍であったり戦闘集団であったりを控え、戦場に降り立つのだ。


また、ここクロスチャイルド研究施設も例外ではなく、ユキたち以外にも訓練された戦闘員は少ないがいる。


この案件の話を聞く限り、相手の突入部隊は戦争並みの規模を引っ提げてくるわけではなさそうだが、クロスチャイルド単体でどうにかなりそうな相手ではない。


クロスチャイルドはそれぞれ交配した生物により階級が存在する。


ユキは上位種ではあるので、近距離の戦闘ではほぼ敵なしなのだが、この規模感に対し単体で任務に出かけることはほとんどない。


「この案件は、元々はアイソン側からクロスチャイルド研究施設に直接依頼が来たんだ。レーガン夫妻の暗殺計画としてね。だけど断った。」


「なぜレーガン夫妻を?」


「要はレーガン社が邪魔だったんだよ。だけどアイソンは、タットルで一番時価総額が高いレーガン社を表立って攻撃できないんだ。レーガン社のシステムは世界政府御用達だ。アイソンもタットルも、世界政府に加盟しているだろう?だから表立って攻撃してしまっては、また世界大戦の呼水となりうる。そうするとアイソンは世界中から非難の対象となるだろう…そこでうちさ。アイソンとうちは今、キングコプラの子を共同で作っているから、完全に断りきれなかったんだ。だから代わりに、フェイ国はクロスチャイルドを保有しているから、それを借りてはどうかという話をしたんだ。」


「何だってそんな…どこの国がどのクロスチャイルドを持っているか、なんてトップシークレットじゃないか。教えていいのか?」


アーサーは目を見開いたまま、驚きの顔を隠せないでいた。


「まぁ、ダメだろうね。」


ちっとも悪びれないように、ジェフリーは淡々と話している。


「でもね、」とジェフリーは続ける。


「とにかくアイソンにとってはあの新プログラムが問題なんだ。色々な利権が駆逐されるからね。甘い汁を吸えなくなるお偉方は黙っちゃいない。ご馳走をいつまでも独り占めしていたいんだよ。そしてそれはフェイ国も同じさ。あのシステムができてしまうと本当に困るから…手を組むにはうってつけの相手だったんじゃないかな」


「フェイ国にそんな戦争を引き起こせるような軍事力があるとは思えないけど。」

アーサーがため息を吐くように言うと、ジェフリーは困ったように微笑んだ。

「そこはパトロンであるアイソンが武器でも戦闘機でもいくらでも横流しするさ。要するにアイソンは自分の代わりに特攻してくれる国があればそれでいいのさ。本当はクロスチャイルドを使って静かに終わらせたかったんだろうけどね」


「どうして、断ったの?」


ユキはどうしても聞きたかったことをジェフリーに聞いた。


「何でだろうね」


「わからないよ、そもそもこの案件はここまで大きくならなくて済む案件だよね。自分たちがレーガン夫妻を暗殺すればそれでおしまい。じゃないの?ここまで回りくどいやり方をする理由は?」


ジェフリーは静かに哀れみにもとれる色を見せた。


「…断った理由は一つさ。レーガン夫妻は古い友人だ。彼を死なせたくない。彼のクロスチャイルドも死なせたくない。そして、彼の悲願のプログラムを失いたくない。ただそれだけだよ」


ユキはわからない。という顔をした。


「現在進行形の取引が台無しになるかもしれないのに?」


そんな大変なリスクを冒してまで、レーガン夫妻を助ける理由がわからなかった。


ジェフリーもわからないだろうなぁと思った。


ユキは今まで生きてきた中で、誰かを助けたいという感情や、誰かのために無償で動くということはなかった。


「それでも君にこの件をお願いしたい。」


ただ確固たる決意のようなものが垣間見えると、ユキはただ一言「…わかった」とだけ言った。そこに納得の色はなかった。


アーサーはその空気にも気付かず、オーケー。そういう理由なら大歓迎。と言って楽しそうだ。


「だから、これは大規模に行うと我々の関与がバレてしまう。…まぁ、ユキとハダルが出た時点ですぐにバレると思うけど。レーガン社から先に要請があったということにするつもりだけど、どう事態が収集つくかはわからない。レーガン社も警備会社と更に契約をしたというし。どうにか書類上では誤魔化す予定だ。」


さらに続ける。その顔はどこか楽しげで、親にいたずらを隠している子供のようだった。


「クロスチャイルド研究施設の存続にも関わるから、できるだけ静かに内密に行いたいんだ…表向きは。アーサー、君は、まず参加者リストの一人として入れておいた。このパーティーに私も招待されているから、その代理人という形で中に入って欲しい。君達の服は…レグルス、君が用意してくれるね?」


レグルスは「すぐに用意します。」と言って、イヤーカフから画面を取り出し何かを打ち込み始めた。


「パーティなんて久しぶりさ。ガーランド博士、あなたは行かなくていいの?」


浮き足立つような声をしているアーサーに、ジェフリーは鼻で笑う。


「私がいくと思う?」


「愚問だね」


「そういうこと。18時スタートだから、最初からミラクはいると思う。ミラクの側にいてくれると嬉しい。そして、ユキは招待客ではなく、ミラクのボディガードとして潜入する。」


「ガーランド博士、ハダルは?」


「ハダルはすでにレーガン夫妻の側にボディーガードの一人として潜入している。もちろんレーガン夫妻もこの件を知っている。」


「ワォ。こんな秘密をレーガン夫妻にバラしちゃっていいの?」


陽気なアーサーも難しい顔をした。


「よくはない。完全にアウトだ。」ときっぱりジェフリーは言うと、

「だけど、僕は僕のやりたいようにやるからね。」と皮肉っぽく笑った。


アーサーはお手上げさ。というように両手を上げて「これを聞いた時点で共犯ってことだね。」と言った。


「そういうことだ。アーサー。ユキも。15時過ぎの便フライトだから、準備をしてくれ」


(この男はいつだって飄々ととんでもないことを言う。)


何だかもうやっつけ仕事というように、アーサーは両手をあげて惚けて見せるも、ユキは即座に立ち上がり「わかった」とだけ伝えると、足早に研究室を後にした。

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