クロスチャイルド 第1章 ミラク編 3 [1/4]

その重々しい巨体とはうらはらに、静かにロケットは離陸した。


ユキらを乗せたこの機体は、離陸から飛行までの時間はわずか3秒で音速まで到達する。


後方でソニックブームがアンテナのように薄く広がると、まるで元々いなかったかのように遥か彼方へと姿を消した。


その儚さと力強さを残す後ろ姿をレグルスは祈るように見つめていた。


「どうかご無事で…」


目の前には、薄暮に揺れる空があたたかい色を広げていた。


* * *


ロケットが着陸すると、滑るように走る無人のエアカーが軽快な機械音を小さく鳴らして出迎えてくれた。


空港は天地がひっくり返ったような場所だ。

縦横無尽にエアカーが空間上を行き交っている。


ちかちかと空に線を描くように光るライトは、何かを追いかけるように動いていた。


ユキとアーサーは目の前の車に乗り込んだ。


何の指示も出さずとも勝手に目的地をわかっている車は、物語のあらすじを辿るように、静かに進みだした。


車窓の奥を見やると、繁華街から閑静な住宅街へと移動していく。


世界的に有名な高級住宅地だ。飲食店一つなく、辺りは暗く静まり返っていた。


規則正しく整列している繊細な装飾の街灯が、優しい灯火を保ちながら道案内をしてくれているようだった。


フォーマルな出立に着替えたアーサーに「これ、レグルスから」と言ってイヤーカフとレーザー銃を手渡すと、アーサーは驚いた色を見せた。


「僕に?」


「うん。君が持ってて。」


クロスチャイルド研究施設の紋章が刻まれたそれらは、冷たい輝きを放ち、夜の光を浴びてきらりと輝いていた。


「これはクロスチャイルド研究施設と直通で繋がってる。2回タップすればいいよ。それから銃は護身用だね。君の命の危険が迫っていたら使うといい。」


「…。急にリアルになってきたね」


アーサーが陰気な表情をみせると、ユキは何でもないように、まるで天気の話でもするように話し出した。


「国家がらみの案件で、事は大きいのに対し、僕とハダルの二人のみ。勝算はそんなにない。良くて引き分けだと思う。」


ユキが唐突に、そして淡々と話すので、アーサーは一瞬呆気にとられてしまった。


何も返すことができなかった。ユキの声が遠くの方で聞こえたような気がした。


「ハダルはナイルワニだ。僕より上位種。死ぬ事はないだろう。だけど、今回この件に関わっている国の一つであるフェイ国は、シャチのクロスチャイルドを保有している。今現在、この世に現存するクロスチャイルドの中でも殺戮能力はトップクラスだ。まともにやりあったら、僕はここで命を落とすだろう。」


あまりにも何事もないように、いつもの調子で話すので、アーサーはユキの異常な精神状態に恐怖のようなものさえ感じていた。


「クロスチャイルド同士で戦うなんて…。せっかくの仲間、しかも世界に10体しかない貴重な個体じゃないか…」


アーサーがとても小さな声で呟いた。


「ミラクを合わせると11体だけどね。まぁ、数なんてわからない。もっといるかも知れないし、いないかも知れない。僕も全員会った事はないしね。でも、僕たちは戦うために生まれてきたから。」


アーサーはユキを真っ直ぐ見た。

何を言えば良いのかわからない。何が正解なのかわからない。そういう顔をしていた。


「ユキ…」


「君のことを…君たちのことを守るよ。僕の命に変えても」


君はいつもまっすぐで、悲しいよ。そうアーサーは言った。

…ふと、まるで小さい子をあやすように、アーサーはユキの頭をぽん、と撫でた。


「ユキ、君の命の価値を勝手に決めないでくれ。ユキが死んだら僕は悲しい。」


ユキは押し黙っていた。


「ユキ、僕の言葉は君に届いている?」


アーサーの瞳はうっすらと涙の反射できらきらと揺れ動いていた。

何か言いたいのに、言えない。言えることがなかった。


ユキの16年間は、クロスチャイルドとして…生物兵器として生まれ、育てられてきた16年間だ。


意味としての理解はできる。それでも咀嚼して腑に落ちることはない。


アーサーの言葉に、ユキはただ目線で返すだけだった。




ユキはまた車窓の先の宵の口を見た。オレンジ色に輝いていた空は、すっかり暗くなっていた。


今回の件においてはっきり言ってクロスチャイルド研究施設には、全くと言っていいほど何の恩恵もない。


クロスチャイルド研究施設において、国というのは大口の取引先だ。つまりその取引先との契約を反故にするようなものだ。


クロスチャイルド研究施設は利益至上主義の施設だと勝手に想像していたし、今もしている。それゆえにこの案件は、ユキには自殺行為としか思えなかったのだ。


もちろん最初に犠牲になるのは自分。そしてハダル。


何故こんな回りくどい事をして、自分の首を絞めるような事をして、ジェフリーがこの家族を守りたいのか全く分からなかった。


それとも、このレーガン社とのつながりを深める事で、何か裏があったり、別のメリットがあるのだろうか?考えれば考えるほどわからない。


…ユキは途中で考える事をやめることにした。


例え裏があったとしても、無かったとしても、自分には全く関係の無いことだからだ。


考えて仕舞えば路頭に迷う。雑念は全て取り払い、世界から思考ごと取り払わなくてはならないる


先ほどのアーサーの言葉は、はるか彼方に薄れて消えていった。

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