クロスチャイルド 第1章 ミラク編 2 [2/4]
アーサーは驚きを隠せずに口を挟む。
この世界の先進国に住んでいて、アルバート・レーガンを知らない者はいない。
この世界にネオIT革命の始まりを築き、今なお現役で新技術を生み出している生きる伝説のような男だ。
彼が仲間と作った既存の概念を覆す全く新しいプログラムは、擬似脳と言われ、まるで人が一人誕生したかのように、コンピューターが人格を持ち始めた。
オープンな環境下で人が、コンピューターが、それぞれの役割を持って広がっていた。
世界は新しい概念を求めていた。新しい世界を求めていた。その扉はアルバート・レーガンの手によって開かれた。
そんな、時代を揺るがす代物を作り出し、それが世界的に大ヒットし富を築いた。
それがMY FAMだ。
MY FAMはすべての家庭に、企業に、国に今や当たり前のように普及している。
それはロボットや家電であったり、人型ヒューマノイドであったり、はたまたエアカーや医療機器で利用されたり、公共機関、オフィス関連でのコンピュータや、プラットフォームとしてなど、世界中、様々な媒体で利用されている。
それらの全ての心臓部に組み込まれているものがMY FAMで、MY FAMの世界の中で、今世の中が動いているのだ。
レーガン社はハイテク業界のトップシェアを常に走り続けている一大企業であり、そのトップがアルバート・レーガンだ。
彼には長く連れ添っている妻がいるが、子供はいまだに出来ていない。というのが彼のパーソナルデータとして広く知れ渡っている。
「そう、公には子供がいない。だけど、彼女はレーガン氏の娘だ。」
「…だとしたら」
ずっと黙っていたユキが口を挟んだ。
「彼女はジェフリー、君の何?君がこんな回りくどく人払いをする理由は?」
「ユキ、察しがいいね。流石だ。そう、彼女は普通の子でない。正式に彼らの養子として迎えられていて、婚外子などでもない。でも…。」
ジェフリーは少し深呼吸をした。
「彼女はこの施設で認識も管理もされていない、普通の人間として生まれ育ったクロスチャイルドだ」
ユキは目をみはった。
「クロスチャイルド…?」
レグルスもアーサーも言葉こそ発していないが、驚きの表情を隠さなかった。
クロスチャイルドがこの施設の管理下の中におらず、普通の人間生活をしているなどあり得ないからだ。
基本的にクロスチャイルドの存在自体が違法だ。世界政府は生まれてくる人間や生物との掛け合わせなどの遺伝子操作を全面的に禁止した。
見つかれば極刑が待っている。
そして何よりクロスチャイルドは一見人間のように見えても人間とは全く違う生き物だ。
まず病院を受診したところで医者が対処できない。見たこともない血液型に、体の細胞のつくりが人と全く違う。
この写真の少女の属性も、種もパッと見ただけでは分からないが、生物兵器と言われるクロスチャイルドが人間として育てられるなんてあまりにも危険すぎる。
もし見つかったりすれば、確実に彼女は捕まるか、殺されるか、利用されるかどちらかだろう。野放しにするのはあまりにも危険すぎるからだ。
遺伝子操作に関しては、先の戦争が終わった時にしっかりと法整備が世界単位でされていた。
「彼女は、自分がクロスチャイルドだということは知らない。知らされないで生きてきた。」
「何故そんな危険なことを?」
アーサーは前のめりで口を開く。
「それは、レーガン夫妻の要望だよ。話せば長くなる」
「彼女のタイプは?」
「鳥だよ。ケツァールという種だ。」
「鳥?じゃあ羽が生えているはずだよね。それなら普通の人間の中で生活できるわけがない」
「羽は薬で成長を遅らせている。薬の投与をやめれば羽は普通に成長するかもしれないね。」
「では、能力が十分に出せないということ?彼女は危険じゃないか」
ジェフリーとアーサーの言葉のラリーが続く。
ユキはアーサーとジェフリーのやりとりを黙って聞いていたが、話が長くなりそうなので、口を挟んだ。
「…では、僕たちは彼女の護衛を?それとも彼女の暗殺?」
ユキにとって、この少女の生い立ち、生活などは全てどうでもいい事だった。
彼女に対して、ジェフリーはユキに何を求めるか。
そしてその任務を遂行すること。
それがユキにとって最重要課題であって、その身辺についてはあまり考えないようにしていた。
「…暗殺?こんなに若い女の子を?」
アーサーはまるで基地外でも見たかのような驚きの表情を見せて振り返った。
そもそもそんなに淡々と話すような内容ではない。それについても驚いていた。
アーサーは、ユキの仕事の全容を知っているわけではない。
行く場所、大体のルート、ターゲットの人数、戦った人の数-など記録や数字的なものをアーサーは確認し、トレーニングのメニューに反映する。
ターゲットの細かな情報などは入らないため、ユキがどんな人たちと戦い、そして暗殺してきたかは知る由もないのだ。
この少女よりもっと小さい子だって手にかけたことはある。しかし、そんなことをいちいち気にしていたら、身が持たない。任務の時の鉄則だ。心は置いていくことにしている。
何も考えず、何も感じず、ただ目の前の任務を全うすることだけに神経を集中させ、余計な雑念は全てないものとする。
そもそも、心の教育は生まれた時からされていない。
淡々と過ぎる毎日の中の一コマを、ただこなしていくだけがユキにできる唯一のことだった。
「アーサー落ち着いて。今回の目的の最優先は彼女の保護だ。ここに連れてきてほしい。そして、彼女のケアをアーサーに頼みたいんだ。君が適任だ。」
明らかにほっとした表情を浮かべ、「ケア?」と問うた。
「今夜、ある国のクロスチャイルドがこの夫妻を狙う」
ジェフリーの表情が、少し曇った。
「ある国とは?」
「…フェイ国だ」
その言葉にアーサーはゴクリと唾を飲み込んだ。
「そんな…悪い夢を見ているみたいだ。」
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