クロスチャイルド 第1章 ミラク編 2 [1/4]
ユキらは元来た道を通り研究室のロックを同じ手順で解除した。
アーサーはこの部屋に許可なく入ることはできないため、施錠を自動で外せるのはユキなどのクロスチャイルドらと、この研究施設の所長でもあるジェフリー。
そしてジェフリーの筆頭助手であるウララとという研究員とレグルスのみだ。
自動ドアが音を立てずに開き、先ほどと同じ光景が広がる。
違うところといえば、そこに家主が存在しているところだろう。
先ほどは静まり返っていた機械や道具たちが、命を吹き込んだかのように、忙しく命令通りに動いていた。
空中に浮かぶ様々な色の試験管は、整列して踊っていた。
まるで訓練された軍事パレードのようだ。
そのとなりで三角フラスコが湯気を立たせながら自身で揺れて、中のものを混ぜ合わせていた。
コンピューターは勝手に何やら出力している。魔法の世界に入りこんだようだった。
「やぁユキ、いらっしゃい。疲れていないかい?アーサー、レグルスもありがとう。そこにかけてくれ」
ジェフリーはユキらの来訪に気づくと作業を一旦取りやめ、近くにいた助手に手短に指示を出す。
ユキとアーサー、レグルスの近くにリクライニングチェアが寄り添うように移動してきたので、それらに腰掛けると、リクライニングチェアはゆっくりと宙に浮き始めた。
「さっきの培養したやつだけど。成功したものだけを増やすようにBラボに言っておいて。失敗は破棄して構わない。納期が近いからできるだけ早くに。いいね?」
ジェフリーの言葉尻はとても柔らかく優しい。
しかし、威圧的ではないが、有無を言わさない姿勢はいつもの如く崩していない。
「かしこまりました」
ジェフリーの助手は無駄のない動きで必要なデータをまとめ、一礼をしてジェフリーの研究室を次々に出ていく。
「助手をみんな出て行かせるなんて、珍しいね?ジェフリー。」
通常の任務ではあり得ない。
何やら不穏な空気を感じ、ジェフリーを見るー目が合った。
「流石、察しがいいね。ユキ…と、言いたいけれど、みんなじゃない。」
そういって、ジェフリーは彼の一番弟子であるウララに目を向けた。
ウララは鴉のように長く真っ直ぐな艶のある黒髪をひっつめて1本に結んでいて、少し幼い顔が印象的な若い研究員だった。
ユキやアーサーに比べるとのっぺりとした顔立ちで、どうやら東の方の島国の生まれというのを昔聞いたことがある。
顔は彫り深くはないが、鼻筋はしっかり通り、奥二重のまぶたがキリッとしていて知的な印象を与える。
ウララよりも年上の研究員は沢山いるが、彼女はとても聡明でよく気づき、口も固くしっかりとした女性で、ジェフリーの右腕のような存在だ。時折見せる儚げな優しい雰囲気が柔らかい印象を与えていた。
「ユキ、アーサー、レグルス。おはようございます。本日の任務について、私の方から説明させていただきます。」
「本日?」
「はい、3日後のスケジュールはダミーです。この日は完全にオフになります。というよりも、この任務がいつまでかかるか分からない。と言った方が正しいでしょうか。この施設の方々はユキのスケジュールを把握している方が多くいらっしゃいますので。今回の任務は、私と、それからガーランド博士、そしてアーサーとレグルス、そしてハダルの5人のみが知る案件です。」
ウララはイヤーカフに向かって何かを伝えると、研究室のドアを施錠した。
「…アーサーも関わっているとは珍しいね。」
「アーサーの場合は、毎日君の体の全てをチェックしているだろう?筋肉疲労などはすぐにわかってしまうから、秘密にしておけないんだ。…というのは建前で、アーサーが適任だと思ったからだよ」
ジェフリーはアーサーの方を向いてアイコンタクトを求めた。
「…僕は何も知らされていない。だからこの通りとても驚いている。それに秘密の案件なら僕が関わる意味はわからないけど…。まぁいいか、話を聞くよ」
アーサーは肩を竦める。
「ありがとう。では話に入ろう。くれぐれもこの話は内密に。外に漏らしてはいけないよ。アーサーには少し手伝って欲しいんだ。もちろん戦闘じゃないけど。それでもとても危険な任務ではある。参加するしないは君の自由さ。」
ジェフリーは真っ直ぐにアーサーを見る。
アーサーは一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに首を振り、
「問題ないよ。僕にできる事なら何でもやろう」と笑顔を見せた。
褐色肌に輝く白い歯は本当によく映える。
「本当にいいんだね?今回はレグルスはいない。」ジェフリーが何度も念を押した。
「もちろん。ここまで来ておいて帰れないさ。レグルスがいないのは寂しいけれど、その代わりに僕。という考えでいいのかな?」アーサーは屈託のない笑顔を見せた。腹をくくった表情だ。
「ありがとう。君ならそう言ってもらえると思っていたよ。任務に関していくつか保険にも入ってもらうよ。もちろん手当も出る。」
「アーサー、ユキ様をよろしくお願いいたします。」レグルスも礼を言った。
アーサーは再び頷いた。
その答えをしっかりと噛みしめるように、ジェフリーはアイコンタクトでウララを見ると、ウララはジェフリーの意思をすぐに察知し、とある少女の3D映像を映し出した。
それは、まるで彫刻のようだった。
色鮮やかな美しい少女が太陽の光を浴びて花のように笑っている…そんなさまだった。
「ワォ、なんて美しいんだ。まるで女神じゃないか。」
アーサーは感嘆の声をあげて少女を褒めた。
孔雀緑色をした艶がある長い髪をつむじの辺りで高く一つ結びにして、そこから絹のように流れる髪は腰のあたりまである。
毛先は紅を差したかのような美しい朱色が混じっていた。
黒目がちの瞳は今にもこぼれそうなほど大きいのに、対照的に小さな唇には珊瑚のように鮮やかな紅色をしていた。
顔の造形も今まで見た事がないほど美しく、まつげの影を目元に作り、その長さを物語っている。健康的な美少女がそこにいた。
「この少女は、ミラク・レーガン。IT王アルバート・レーガンの一人娘さ」
「…ん?待ってくれ、レーガンには子供はいないと思っていたけど?」
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