第18話 戦闘開始!

 久美子の祖父は元イギリスの将校だった。そして、彼がこの地に招待した者達は彼の元部下であり、特殊部隊経験者ばかりだった。


 「この迷彩服はアメリカ軍の奴かい?まさか、米軍兵になる日が来るとは思わなかったよ」


 屈強な体躯の白人男性が笑いながら米軍の戦闘服を着ている。それ以外にも自衛隊やドイツ軍などの迷彩服で彩られたイギリス人達。


 「すまんな。我らの迷彩服は手に入らなくてな」


 トムが笑いながら彼らに謝る。


 「ははは。面白いですよ。他国の軍服を着て、戦争ゴッコなんて」


 大笑いをする大男。手には東京マルイのブローバックガスガンの89式自動小銃が握られている。


 「しかし、驚いたな。本物みたいだ」


 外国人に渡されたのはガスガンの89式やMTR16、M4A1などが渡されている。


 その様子を見ていた郁美は感動したような目をしている。


 「やっぱり、白人・・・元特殊部隊がドイツ軍の軍服を着ていると似合うわー」


 「迷彩先輩はやっぱりソコなんですね」


 智佐は冷ややかな目で彼女を見る。


 「当然じゃない。こんな完璧なコスプレは無いわ。せめて、銃もG36に・・・私のを貸せばいいんだぁあああ!」


 郁美は慌てて、自分の装備を取りに走る。




 久美子の祖父がBBQの準備をしている間に軍人チームとサバゲサークルによるゲームが始まろうとしていた。


 「これがフィールドか・・・」


 麗奈の手には手書きの地図があった。だが、それは大雑把に描かれただけで地形も何も分からない物だった。


 「大雑把過ぎて・・・よく分からないが・・・これは何だ?」


 殆どが森を指すイラストの中で、何やら動物みたいな顔が描かれていた。


 「熊・・・かしら?」


 智佐が何となくそのイラストから熊を想像する。


 「熊が出るのか?」


 その一言にその場の全員が騒然とする。


 「ま、まさか・・・ここら辺で熊が出たなんて・・・聞いた事が無いわ」


 麗奈も不安になる。


 「まぁ、熊除けの鈴は持って行った方が良いな」


 今井がポケットから取り出した鈴を見せる。


 「サバゲで熊除けの鈴を持ってやるなんて・・・」


 とか言いつつ、麗奈はその鈴を受け取った。


 「戦場と言っても狭いもんだな」


 軍人チームも同じような手紙の地図を手に取り、大笑いをしている。


 「射程距離がまったく違うからな。アサルトライフルの形をしているが、こいつは50メートルぐらいしか飛ばない。ほとんど白兵戦の世界だぜ」


 「おもしろいもんだ。子どもの頃やった戦争ごっこを思い出す」


 「それの大人版だ。こんな実銃みたいな玩具で撃ち合いをするんだからな」


 和気藹々としながら彼等はすでにビール片手に作戦会議をしていた。




 最初のゲームはフラッグゲーム。


 互いの陣地に立てられた旗に先に到達した方の勝ちだ。因みに旗の所には防犯ブザーが置かれており、その紐を引いて、鳴らせば勝ちが厳密なルールだ。


 「何だか・・・久しぶりの本格的な野外フィールドで緊張するわね」


 麗奈は鬱蒼とする森の中でそんな事を呟く。


 「森の中のサバゲって、雰囲気が違いますね。何だか楽しくなってきます」


 智佐も森の中で興奮する。


 濃い森の中のサバゲは普段、都会で生活する者からすると、まったく違う環境が故に気持ちが昂る。


 「まぁ、森だから、足場も悪い。転んだりして怪我しないようにしろよ」


 今井が全員に注意を促す。


 「あと熊や蜂、蛇なども居るかも知れないから、注意するのよ」


 麗奈がそう付け加えると全員の顔色が青褪める。


 「蛇とか居るんですか?」


 「蛇も居れば、蜥蜴だって、虫だって居るわよ。だって森だもん」


 智佐は少し身震いをする。爬虫類や昆虫が苦手な都会人はそこそこ居る。


 「私、嫌いじゃないですけど」


 御厨が平然とそう告げる。


 「ほ、ほんとう?ミクリン、虫とか大丈夫なの?ゴキブリとか捕まえられるの?」


 智佐は驚きながら尋ねる。


 「ゴキブリは嫌ですけど、大抵の虫なら」


 御厨は智佐の勢いに気圧されながら、答える。


 「さぁ、ゲームが始まるぞ。準備しろ」




 ゲームの開始は時間に合わせて、麗奈の持つブザーで行われる。


 大音量のブザーが山に響き渡り、ゲームが始まった。


 麗奈達の作戦は麗奈、今井、美紀、郁子の4人が主たる戦力として、中央へと進出。智佐、御厨、久美子は左翼から敵の陣地への奇襲を掛ける。


 ゲーム開始後、5分足らずで麗奈達は接敵する。相手の数は不明だが、駆け足で突き進んだ四人はまるで待ち伏せていたような攻撃を受けた。最初の一撃は幸いにも誰も被弾せずに身を隠す事が出来た。


 「向こうの方が早く展開している?」


 麗奈は木々に身を隠しながら冷静に相手を探る。少しでも姿を晒せば、的確に撃って来る。相手は弾幕を張るような事をせず、最小限の発砲だけに留めている。


 「相手は無駄弾を撃たないですね。軍人だから火力で押してくるかと」


 隣の今井がそう告げる。


 「戦場じゃ、サバゲよりも携帯が出来る弾丸は少ない。無駄な発砲は相手に火点を悟らせるだけだ。相手はそれを心得ているだけ」


 郁子は茂みの中を匍匐前進していく。


 「美紀も郁子と一緒に向かって。相手も多分、こちらの側面を突こうと動いていると思うから」


 麗奈の指示が飛ぶ中、智佐達は相手の陣地に向けて、茂みを掻き分け、突き進んでいた。


 「智佐ポン。相手が警戒をしてないと思う。待ち伏せに気を付けて」


 久美子の指示に智佐は「了解です」と元気に答える。


 中央のコースに比べて、彼女達が進むコースは茂みが濃いのと、斜面である事から、侵攻には適さないとして、相手が戦力を投入しないと麗奈が判断したコースだ。




 茂みの合間から智佐達の動きを見つめる瞳。


 右手を微かに動かし、他者と意思疎通をする。全ては最小限の動きで且つ、正確だ。


 素早い意思決定と用意周到さが最大限の火力を彼らに与える。


 智佐と久美子は正確無比な射撃から身を隠すだけで手一杯となり、反撃どころか、相手の射撃位置さえ確認が出来ない有様だった。


 智佐は不安気に久美子を見る。経験値が高い久美子だが、流石にどうしたら良いか困惑している様子だった。


 「久美子先輩!匍匐前進で後方へ移動しましょうか?」


 智佐は大声で久美子に話し掛ける。


 「解った。智佐ポンが先に行って!援護する」


 久美子は手にしたガスブロのM4A1自動小銃を構える。


 激しいピストンの動きが反動となって手に響く。久美子の射撃は決して、相手を狙ったものでは無いが、適当にバラ撒かれる弾丸は相手を牽制する事も出来る。偶然にも至近弾となれば、相手も自らの位置が把握されたと勘違いして、攻撃の手が休まる事もある。


 双方に激しい銃撃戦となる。弾幕を張るように放つ久美子の弾丸は相手に自分の位置を曝す代わりに後方に下がる智佐から相手の視線を逸らす事が出来る。


 「ガスブロにせずに電動にすれば良かった。多弾数マガジンがあああ」


 弾切れになって、ポーチから予備弾倉を取り出す。ガスブローバックのエアガンはガスタンクと弾丸が一緒になっている物が多いため、電動ガンのような多弾数マガジンは少ない。ある意味では実銃に近いとも言えるし、エアガン特有のメリットを失ってしまっているとも言える。


 「くそっ・・・相手はどんだけいるのよ?」


 久美子は弾倉を叩き込むと再び弾をバラ撒こうとする。


 「ハーイ。久美子」


 背後から女性の声が聞こえ、後頭部にコツりと堅い物が当たる。


 「なっ!」


 久美子が振り返ろうとした時、その口が手で塞がれる。


 「ノンノン。本当なら、後頭部を撃たれて終わりよ」


 久美子が見たのは自動拳銃を片手に背後まで迫っていた敵だった。弾幕に紛れて、動いていたのは智佐だけじゃなかった。相手も同様に背後に回り込んでいたのだ。


 「こ、降参します」


 「OK」


 久美子は両手を挙げて、フィールドから去る。彼女を降参させた女性兵士は味方に合図を送ってから、先に離脱した智佐を追い掛ける。




 麗奈達は待ち伏せに対して、翻弄されていた。相手の弾幕は決して多くない。


 「相手は火点の間を広くとって、弾幕を薄く広くしているけど・・・数は想像よりも少ないわ」


 麗奈は相手の数が2人か3人程度と読んだ。だが、そうなると別の敵は何処にという事になる。


 「まずいわね。反対側か・・・まったく想像外のルートを通られたかも・・・」


 麗奈の言葉に今井が返事する。


 「どうする。フラッグガードは置いてないぞ?」


 「誰かを戻した方が良いか。数でこの場を強行突破して、先にフラッグゲットを狙うべきかね」


 麗奈は考えを巡らす。それは数秒の事だった。


 「弱腰は私の趣味じゃない。突破するわよ。今井、郁子、美紀。突撃!突撃!」


 それを合図に四人が一気に動き出した。


 同時に飛び出した4人に対して、相手は動揺している。的確だった弾幕も曖昧になる。


 「うおおおおお!」


 今井が叫びながら目の前の火点にフルオート射撃をしながら突っ込む。茂みが動き、相手は逃げ腰になりながら、反撃をする。互いの弾が交錯する。


 「ヒットオオオオオ」


 ヒットコールを上げたのは敵だった。今井は飛び込むように敵が居た茂みへと転がり込む。弾切れになった電動ガンの弾倉を交換する。彼は元々多弾数マガジンを好まない。


 そして、別の場所でもヒットコールが上がる。


 「美紀が相打ちした。このまま、一気に敵陣地まで突き進む。今井、先頭を」


 「解った」


 三人は息を切らせながら、森の奥へと駆け抜けた。




 智佐は後方から銃声が聞こえなくなったのに気付く。


 「久美子先輩、どうなったのかな?」


 智佐は走り疲れて、立ち止まる。手にした借り物のスカーが重く感じる。


 「この銃、軽いかと思ったけど、やっぱり重い・・・」


 智佐はアサルトライフルを肩に担ぎ、腰から愛用のPX4を取り出す。


 「どうしよう・・・陣地まで戻るか・・・代表の所に行くか・・・」


 智佐は悩む。


 カサリ


 僅かな・・・実に僅かな草の掠れる音。智佐は反射的にそちらに拳銃を向けた。


 「なっ」


 そこには先程、久美子を仕留めた女兵士が居た。久美子の時と同様に静かに迫り、仕留めるつもりだったのだろう。


 目の前に銃口を向けられた女兵士は完全に固まった。


 バシュ


 勢い余って、智佐は引き金を引いてしまう。弾は女兵士の額を撃つ。


 「ノオオオオオ!」


 彼女はそのまま背後に倒れていく。


 その瞬間、智佐に向けて弾が撃たれる。智佐は間一髪、それを避けながら、相手の位置を確認する。


 「ちっ、あのタイミングでノーマに気付くなんて・・・」


 発砲を続けながら、敵の二人は智佐を追い込む為に距離を置きながら狙いを定める。


 「こんな至近距離で相手を追い込むなんて、実戦じゃありえないな」


 男の1人が笑いながら言う。


 「あんまり相手を舐めるなよ。ノーマの接近に気付いて、カウンターを食らわせやがった。それに良い動きをする」


 二人は交互に位置を変えながら智佐に迫ろうとするが、智佐はただ、相手に狙われたくない一心で左巻きに逃げている。つまり、双方の位置関係は円を描くように追いかけっこになる。


 「こんな追い駆けっこになるなんて・・・」


 男達は笑っていた。彼等からすれば、これは戦闘訓練でも何でもない。ただの遊びだ。鍛え抜かれた肉体も身体に染み込んだ戦闘技術も意味をなさない。


 本当の戦場で培った事はここではあまり役に立たない。戦場を知っているから解る。もし、ここで本気ならば、手にしているのは拳銃だ。体の動きを制約される自動小銃じゃない。


 どうせ、弾数も威力も関係が無いのだから。


 智佐は必死に逃げた。多分、体力も身体能力も敵の方が遥かに上だ。手にした自動拳銃を前に向けながら走る。もし・・・何かが前に居たら躊躇なく撃つ。それだけだった。


 そう、それは唐突だった。多分、敵もまさか突然、側面から智佐が飛び出すとは思っていなかった。何故なら、自分が走る音で周囲の音を聞き分けれなかったのだから。


 目の前に敵。


 智佐は引き金を絞った。スライドが下がり、銃口から白い弾が吐き出される。それを躱せる程の距離は残されていない。


 「くそっ!ヒットだぁああああ!」


 男は慌てて身体を捻りながら地面に飛び伏せたが、体に弾が当たった事は解っていた。


 「マイケル!マジかぁ」


 もう一人は慌てた。新手か?相手が智佐だとまだ解っていない。だが、一人になった事で彼は慎重になった。


 「まずい。戦力的に劣勢なのか?後退すべきか?いや・・・そうだろう。敵の侵攻を遅延させながら陣地まで戻るのが正しいか。それとも敵戦力をここで足止めをするか?」


 彼は色々と考える。生き残る為には全ての情報を集め、考え抜く。そして実行する。それまでを如何に合理的に且つ、素早く行うかだ。


 「わぁああああああ」


 そこに飛び込んできたのは一人の少女だ。彼女は最大速度で駆け抜けて来る。手にした自動小銃を構える間など無い。そして、躱す間も・・・。完全に勢いにやられた。急襲という奴だ。対応が遅れただけで圧倒的に不利になる。これはもう戦力差や性能の差などではない。勢いに任せて、無茶した奴の勝ちだ。


 「うぅ・・・ヒット」


 身体に叩き込まれたBB弾は思いの外、痛かった。


 「あのチビッ子にやられるなんてな・・・」


 息を切らしてその場に崩れ落ちる智佐を見て、男は苦笑いをした。

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