第17話 軍人さんですか?

 バイトの賃金は月末締めの翌月10日払い。基本的な賃金の支払い方式らしい。


 「お金は来月かぁー」


 更衣室で私服に着替えた智佐は残念そうに呟く。


 「何かお金が必要な事があるの?」


 隣で着替えていた美紀が心配して尋ねる。智佐は照れ笑いして答える。


 「いえ、エアガンを買ったら、金欠になってしまって・・・」


 「そっか、これまでお小遣いだったもんねぇ。もし、ちょっとでも必要なら、マスターに頼んで、今月だけ日払いにして貰うと良いよ」


 「そんな事が出来るんですか?」


 「うん、短期のアルバイトの子なんかはそうしてるしね」


 「すぐにマスターに頼んできます!」


 智佐は着替えもままならぬまま、更衣室が飛び出た。


 「マスター!日払いでアルバイト料をください!」


 閉店準備をしているマスターの前に飛び出るように現れた智佐に驚くマスター。


 「えっ?・・・あぁ、いいよ」


 マスターは驚きながらもレジからお金を取り出す。


 「はい。今日のアルバイト料ね」


 裸の札で渡された4000円。


 「おおおお!」


 渡された札を両手で受け取った智佐は感動のあまり、頬擦りをする。


 「ははは。そんなに稼いだお金が嬉しいかね?」


 マスターは微笑みながら尋ねる。


 「はい。今日一日、大変だったけど、これのお陰で頑張れます!」


 「現金なもんだね。まぁ、お客さんにもウケが良かったし、売り上げアップしたら、ボーナスも出せるから頑張ってね」


 「はい!」


 智佐はすぐにお金を財布に入れて、その場から走り去った。


 「チサポンはお金は貯めるの?」


 一緒に帰る美紀に尋ねられて、智佐は嬉しそうに答える。


 「私も自分のメインアームとか迷彩服とか欲しいですから」


 「そうだね。まずは服だね。さすがにジャージは・・・」


 苦笑いをする美紀。


 「ジャージって・・・そう言えば、今度のゲームはコスプレをするんですよね?服は用意されてるんですか?」


 「そうそう。久美子が用意して来るわ。だから・・・ジャージは要らないわよ」


 美紀は笑いながら言う。


 「ジャージ、ジャージ言わないでください。動ける服ってアレしか無いんですから」


 「高校のマークが付いたジャージなんて、久しぶりに見たよ」


 「もぉー。次はちゃんとした服を着て行きますから」


 美紀にからかわれながら、家へと帰った。




 サバゲの前日。


 久美子の呼び掛けで男子以外、サークル全員が部室に集められた。


 「ふふふ。ようやく・・・今朝、コスが完成しました」


 久美子の叫びと同時にパラパラと拍手が起きる。


 「拍手なんてしなくて良いわよ」


 智佐と御厨に対して、麗奈が素っ気なく言う。それを無視して久美子が胸を張り、仁王立ちする。


 「ははは。このクオリティ。完璧だわ。皆、私に感謝しなさい」


 「面倒くさい」


 郁子が面倒くさそうにヘルメットの鍔を下げる。


 「郁子!ヘルメットで顔を隠さない!」


 久美子は郁子のヘルメットを取り上げる。現れた郁子の顔は明らかに不満そうだった。


 「さぁ、今日は試着よ。細かい調整をするからねぇえええええ!」


 久美子は完成したコスチュームを机の上に置いた。それぞれにタグが付いており、そこに名前が書かれていた。


 「お、思ったより・・・女子高生の制服ですね」


 3月まで現役女子高生だった智佐と御厨さえ、その制服にドン引きした。


 「無理。そんな短いスカートなんて履けない」


 麗奈は拒絶した。


 「おおお・・・うーん」


 美紀は困惑している。


 「思ったよりちゃんとドイツしてるな。うん」


 郁子は想像に反して、自分用のコスを手に取って、観察していた。


 用意されたコスチュームはジャケットとシャツ、スカート、靴下、靴と小物。それぞれに拘りを感じる。


 「でも・・・確かにスカートは短いけど、思った程、奇抜な感じじゃないですね」


 それぞれ、嫌々ながら、用意されたコスを着用する。


 「まぁ・・・普通の女子高生・・・みたいな感じね」


 麗奈は恥ずかしそうにしている。さすがに20歳を超えて、女子高生の恰好は恥ずかしいようだ。


 「大丈夫です!現役でいけますよ!」


 久美子がサムアップしながら褒める。それに麗奈は「余計なお世話だ」と怒鳴り返す。


 「しかし・・・やはり太ももがこんなに見えるのは・・・恥ずかしいな」


 美紀がスカートの丈を気にする。


 「これ、下にスコートや見せパンを履くのか?」


 郁子もそこを気にする。それに久美子が答える。


 「そうですね。その辺は御自身で・・・短パンやスパッツでもいいですよ。そういう需要も・・・」


 「目がエロい」


 久美子の表情に郁子がツッコム。着替えを終えた智佐がスカートの丈を摘まみながら尋ねる。


 「こんな格好で動き回れるんですか?」


 「アニメなら絶対にパンツの中身は見えません!」


 久美子の返答に全員がジト目で彼女を見る。


 「チサポン・・・ジャージの下は持って来ても良いよ」


 美紀は智佐の耳元でそう呟いた。


 「ジャージズボンはやめてぇええええ」


 久美子が悲鳴のように叫んだ。




 翌朝、再び、サークルメンバーは皆、大学に集まった。


 当然ながら、コスプレはしていない。基本的に迷彩服であっても、サバゲの服装は現地で着替えが基本だった。


 「あれ・・・今井先輩は?」


 唯一の男子である今井の姿が無い事に少し遅れて来た智佐が気付く。


 「今井先輩は車を用意してくれています!」


 御厨がそう言うと、キャンパス前の坂道を登って来る古びたハイエースの姿があった。


 「横に今井旅館とか書いてあるけど・・・」


 「実家で使っている車らしいわ。古いから殆ど、使ってないそうなので、みんなで移動する時に借りてきて貰ってるわ」


 麗奈はそう言いながら、前に止まったハイエースのスライドドアを開く。ハイエースではあるが、人を多く乗せるタイプの物らしく、全員で10人が乗れるそうだ。


 「今井先輩の実家って旅館なんですね」


 座席に座った智佐は珍しそうに運転席の今井に尋ねる。


 「あぁ、下呂の方でな。小さな温泉旅館だよ」


 今井はつまらなそうに答える。ミッションのシフトをローに入れて、車は発進する。


 朝早い峠道はそれほど、車は走っていない。でも今井は飛ばす事なく、安全運転で快適であった。


 「朝だと山の香りが気持ちいいですね」


 智佐は窓を開けながら入って来る空気にそんな感想を漏らす。


 「まぁ、今日のフィールドは有料フィールドじゃないからねぇ」


 「どういう事です?」


 麗奈の漏らした事に智佐が尋ねる。


 「簡単よ。私有地って事。元々、有料フィールドなんて、そんな数も無かったし、最近になってからの事よ。私も知らないけど、20年前なんて、みんな、河川敷や私有地の山とかでやっていたのが普通だったし、今でもそうしてゲームを楽しむグループは多いのよ。河川敷とかはちゃんと管理団体に申請をすれば、使わせて貰えるし、山を持っている人ってのも結構いるみたいだしね」


 「山を持っている人が居るんですか・・・」


 「山なんて、安いもんよ。ただ、管理するのが大変だし、売りたくても売れない事の方が多いから、大抵は相続したけど、どうにもならないって事の方が多いみたいだけど」


 麗奈は呆れたように言う。それに久美子が説明をする。


 「今回もそんな山の一つです。ただし、ここのオーナーさんはアウトドアが趣味なので、持ち山にログハウスを建てたり、ソーラーパネルなども設置して、山だけど、快適に過ごせるのですよ。サバゲも出来るのですが、キャンプもマウンテンバイクやモトクロスバイクなどの遊びも出来るのです。それを商売にしないところが凄い人なのですよ」


 「どんだけ道楽者なのよ」


 麗奈はやっぱり呆れたように呟く。


 一行は未舗装の山道を進み、開けた場所に到着する。そこには真新しいログハウスが建っていた。


 「おお、久美子。ようやく到着したか」


 そこには白髪の老紳士が待っていた。


 「グランパ。来たよ!」


 久美子が白髪の老紳士に飛び込む。


 「その人、久美子さんのお爺さん?」


 麗奈はその行動に驚きながらも尋ねる。


 「代表、そうです。私のグランパのトム・トールマンです」


 「あぁ、孫娘が世話になっているね。トムです」


 老紳士は丁寧にお辞儀をする。


 「あぁ、代表の仁科です。事前にお聞きしてなかったので・・・。今日はお世話になります」


 麗奈は令嬢だけあって、老紳士に負けない程に丁寧な挨拶をする。


 「ははは。今日は楽しみにしていたよ。私の仲間も集めたし、BBQも特上の飛騨牛を取り寄せたよ」


 老紳士はにこやかに話す。


 「大佐、そちらが今日の相手ですか?」


 奥から出て来たのは5人の男女だった。白人と黒人の取り合わせだが、皆、外国人だった。


 「が、外国の方」


 智佐は怖気づく。


 「お嬢さん、安心してくれ。こう見えても我らはロイアルマリーンズの軍人だ。どこの国よりも礼節を持っているよ」


 一人の白人男性がそう告げた。


 「ロイヤルマリーンズ・・・イギリス海兵隊」


 郁美がそう口にするとトムが笑いながら頷く。


 「そうだ。彼らは私が現役だった頃の部下達でね。今日は長期休暇をこちらで過ごして貰いたくて、家族と一緒に招待したんだ」


 その一言に麗奈はやっぱり呆れる。


 「久美子のDNAは確かにこのお爺さんから引き継がれているわ」


 「あの・・・ひょっとして皆さん、SBSですか?」


 郁美は鋭く質問をする。それにトムが代わった答える。


 「残念だが、皆、現役では無い。だが、私が現役時代、彼らは確かにSBSだったよ。一線を退いたとは言え・・・並のアーミーには負けない。なぁ?」


 トムの声掛けにその場に居た五人は苦笑いをする。


 「えぇっと・・・そうすると、今日、サバゲをする相手とは?」


 麗奈が久美子に尋ねる。


 「無論、あの方々です。あちらもサバゲは初体験なので、とても楽しみにしているそうですよ」


 「マジか・・・本物の軍人・・・それも特殊部隊とか・・・夢じゃね?」


 郁美が急にやる気を起こした。

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