第12話 ヒミツとバイト
空っぽになった財布。
手にしたエアガン。
それが意味する事。
満足感。
智佐は初めて、自分で買ったエアガンを眺めながら、自室で浸っていた。
銃の知識など皆無だった。しかし、帰ってすぐにネットで検索した。
ベレッタ PX4
コンパクトなスタイル。少し太めのスライドはロータリーバレルロッキング特有のスタイル。
イタリアのベレッタ社が生んだ新世代の拳銃。
ひんやりとしたボディの触感。
大きさの割にズシリとした重み。
14ミリのピストンカップは想像以上に強いブローバックを感じさせる。
これがガスブローバックエアガン。
智佐は本当に満足していた。
だが、同時にお金の心配があった。
「ネットで初めて知ったけど・・・ライフル銃を買おうと思うと・・・揃えるだけで凄い事に・・・」
これまで小遣いで済むぐらいの買い物しかしてこなかった。服などは親に買って貰っていた。だが、さすがにエアガンを買って貰うなんて言い出せない。
「アルバイト・・・しないと・・・」
智佐はそう思いつつも、これまでアルバイトなどやった事も無かったので、どうしたら良いか悩む。
ネットには確かにアルバイトについての情報も多く散見される。しかし、どれを選ぶべきか。その判断基準さえ無い彼女からすれば、ネットにある無尽蔵とも言える情報も無駄であった。
不意に郁子の顔が過る。すぐにSNSで彼女に連絡を取った。
智佐 ーアルバイトを探しているのですが、良いところはありませんか?ー
少尉 ーバイト?良いところあるよー
智佐 ーわたしでも出来ますか?-
少尉 ーあぁ、私は無理だけど、普通の接客業だから、大丈夫ー
智佐 ー?わたしには無理ってどういう事ですか?-
少尉 ーメイド喫茶だからよ。私、軍服以外はあり得ないからねー
智佐 ーメイド喫茶( ゜Д゜)?
少尉 ーメイド喫茶。この辺じゃ、珍しいけどね。都会みたいにミニスカじゃないからー
智佐 ーメイドなんて、わたしにも無理ですーー
少尉 ー大丈夫、大丈夫!ちさぽん、かわいいしー
智佐 ーかわいって"(-""-)"ー
少尉 ーとりあえず、お店に行ってきなよ。鏡ヶ原の国道の近くにあるからー
智佐 ーうーん。ありがとうございます。一度、行ってみますー
少尉 ーはいよー( `ー´)ノ お店のアドレス、送っておくからー
智佐はスマホを閉じてから、メイド姿の妄想をする。
「うーーーん。メイド服って」
少し苦笑い。
郁子から送られて来たアドレスを開くと、可愛らしいデザインのホームページが開いた。
「なんか、雰囲気の良い喫茶店」
そこはお店の外観がレンガ造りの建物のようになっており、洒落たカフェみたいな感じだった。
ホームページの中にはメイドの文字は無いが、写真に載っているウェイトレスの恰好は確かにメイド姿だった。よくテレビなどに出てくるようなフリフリのミニスカートでは無く、ロングドレスのちゃんとしたメイド服みたいだった。お店自体もメイド喫茶では無く、至極真っ当な喫茶店を売りにしているようでちょっと安心した。
翌日、大学の講義が終わり、夕方近くに喫茶店に向かった。
航空自衛隊の真横を通る幹線道路沿いに建つそのお店はレンガ造りで蔦が良い感じに壁を伝う雰囲気のある感じだった。智佐は店の前に建ち、周囲を見渡した。お店の横には車が20台ぐらい入る大きな駐車場があり、すでに10台以上が入っていた。
「もう夕方なのに、こんなにお客さんが入っているんだ」
週末の夕方でお店に客の入っている喫茶店だから、そこそこ人気があるのかと智佐は思った。そう思うと、少し不安になるが、まだ、アルバイトを始めるとも決めていないし、今日は様子見で客として来ているだけだから、そんなつまらない事を考える事自体が無意味だと、智佐は気付き、少し、恥ずかしくなったが、そのまま、木製の扉を開いた。
「いらっしゃいませ」
一人の腰まである長い髪を綺麗に編み込んで一本にしたウェイトレスが深々とお辞儀した。それは普通のお店では無い接客だが、決して、メイド喫茶のように露骨でも無い。礼儀正しい感じの接客だった。
メイド服はフリルなど無い素気のない黒のワンピースの上から少しフリルのあしらわれた白いエプロンを被っている。頭にはフリルと大き目のリボンが付けらえたカチューシャがある。足元は革製のショートブーツだった。
「お客様はお一人さ・・・」
頭を上げたメイドは決まり文句を言おうとして固まった。その様子に智佐も一瞬、止まる。
「失礼しました。お一人様ですね?」
メイドは言い直す。智佐も一瞬、何事かと思ったが、多分、噛んだんだろうと思って、それ以上、不思議に思わずに店内を見た。中世の家具などを置き、とても落ち着いた雰囲気であった。室内に流れる音楽は敢えて蓄音機を使って、落ち着いたクラシックが流れている。
ノイズ混じりのレコードを聴きながら、案内された席に座る。
「お決まりでしたら、こちらの呼び鈴でお呼びください」
メイドがそう告げると、机の上に置かれた柄付の鈴を指さす。
革製のカバーが付いたメニュー表を開くと、何故か、英語でしか表記されていない。
「英語」
一瞬、戸惑う。ただ、単なるメニューであるので、よく読めば、難しい英語などそれほどは無い・・・はずなのだが、パニックになった智佐はすぐに鈴を鳴らした。すぐに先ほど、案内したメイドがやって来た。
「お客様、お決まりですか?」
そう声を掛けたメイドに智佐は涙目でメニューを見せる。
「全部、英語なんですぅ」
それを見たメイドは少し呆れ顔で智佐を見下ろす。その時、智佐はメイドの顔をはっきりと見た。あまり初対面の人の顔をマジマジと見る事は無かったが、今、初めて、ちゃんと顔を見た。金縁の古めかしい眼鏡を掛けて、しっかりとメイクがされているが、その顔に見覚えがあった。
「周防先輩?」
智佐はメイドが美紀だと気付いた。いや、正確には確かめたくなる程に似ていたと言うべきだろうか。相違点は長い髪と眼鏡にメイクである。
「お、お客様・・・注文を」
明らかに動揺した事を隠すメイド。
「あの・・・メニューが英語で・・・」
智佐はその様子を伺いながらも英語が読めない事を告げる。
「はぁ・・・ではこちらのメニュー表をお使いください」
メイドはそそくさとその場から離れ、簡単な紙だけのメニュー表を取ってきた。
智佐はそれを受け取り、開くと、全て日本語で書かれていた。
「あの周防先輩、どれがお勧めですか?」
「あ、ウィンナーコーヒーかな」
不意に尋ねられて、答えてしまったメイド。それが全てだった。
「やっぱり・・・周防先輩だったんですね」
智佐の憐れんだ目にメイドはその場に崩れ落ちた。
「先輩がメイド喫茶で働いているとは思わなかったです」
コーヒーの上に生クリームが載ったウィンナーコーヒーがテーブルに置かれ、それをすする智佐は隣に立つ美紀に話し掛ける。
「まさか、ここに知り合いが来るとは思わなかった」
美紀も何だか諦めたような感じだった。
「でも、なんでメイド喫茶なんですか?お給料が良いからですか?」
「ここは普通の喫茶店だから、普通の喫茶店と変わらないぐらいかな。ただ、制服が可愛かったらか」
「制服が?」
確かにここの制服はちゃんとしたヴィクトリア風のメイド服であった。
「オーナーの趣味なの。なんでもヴィクトリア王朝時代に凝っているらしくて」
「よく分からないですけど・・・確かに雰囲気がありますね」
コーヒーの入ったカップもかなり高価そうな金縁のカップだった。
「ここ、サンドイッチなども有名なの。朝だとモーニングセットで付いてくるから本当に客で一杯だよ」
「へぇ・・・私、アルバイト探して、ここに来たんですけど、雇って貰えますかね?」
「うーん。それはオーナーに聞かないと・・・」
美紀は智佐の問いに少し、考えようとした時。
「いいよ。君なら全然、問題ないよ!」
真後ろから声がした。二人がそちらを見ると、モーニングにシルクハットの中年男性が立っていた。
「オーナー」
美紀がそう告げた事から彼がここのオーナーであると解った智佐は慌てて、立ち上がり、お辞儀をする。
「ははは。アルバイトは元々、増やそうと思っていたらかね。それに周防君の知り合いならば、こっちとしても安心だしねぇ。仕事の方は周防君から教わってね。で、いつから来れるの?」
口髭を生やしたオーナーは笑顔で尋ねる。
「じゃ、じゃあ、来週から・・・時間とは相談が出来ますか?」
「学生さんだろ?空いている時間をうまくやりくりしれくれれば良いよ」
「他にもアルバイトが2人居るから、上手く調整すれば、良いだけだ」
美紀に言われて、智佐は少し不安がなくなった。
帰り際に美紀から賃金や仕事の事が書かれたメモ、雇用契約書が渡された。
帰り路で智佐は少し興奮しながら、振り返っていた。
「驚いたなぁ。まさか周防先輩がメイドなんて・・・他の人には内緒って言われたけど・・・・んっ?」
不意に何故、郁子がここのバイトを紹介したのかと智佐は思った。
「あんまり深く考えないでおこう」
そう思いながら帰りのバスに揺られた。
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