第11話 サバゲとおかね

 結局、サークルの備品を買いに行ったはずの智佐と見学だけのつもりでついて来た御厨までがハンドガンを買ってしまった。麗奈の策略にまんまとハマったって事だろう。そんな二人に麗奈は尋ねる。


 「あなた達、銃は良いけど、ホルスターどうするの?」


 ハンドガンの箱を手にした二人は困惑する。


 「ほるすたー?」


 二人はその言葉の意味すら解らない状態であった。麗奈は仕方がないなと思いつつ。


 「ホルスターってのは銃を携帯するのに使う入れ物よ。まさか、ベルトに挟むなんてワイルドな事を言わないわよね?」


 麗奈の冗談混じりの言葉に智佐はこの間の事を思い出す。


 「そう言えば、この間、代表とかが太ももとかに装着していた奴ですか?」


 「そうそうあんなの。あれはレッグホルスターって言うんだけど。腰に装着したり、脇の下に吊ったりしているのよ。刑事ドラマとかで見た事あるでしょ?」

 

 そう言われて、智佐と御厨は顔を見合せる。


 「へぇ・・・どんなのがあるんですか?」


 御厨は想像も出来ないので素直に尋ねる。


 「じゃあ、あっちにあるから、見て行こうか」


 洋服などが並ぶ一角に三人が移動する。そこには普通のTシャツなどもあるが、ベストのような服に色々とポーチなどが着いた物もある。迷彩柄や濃い目の色合いが多い。


 「これがホルスターよ」


 代表が示す一角には様々な形の小物入れのような物が吊るされていた。


 「サバゲの定番って言えば、イーストAかしらねぇ。最近だとやっぱり流行りはカイデックスかなぁ。ただ、落としたくないとかだとナイロンや革製でカバーやストラップでしっかり固定が出来る物かしらね。後はどこに備えたいかぐらい?レッグなのか腰の横か、腰。お腹周りや脇の下ってのもあるし。すぐに抜きたいならレッグかしらねぇ」


 麗奈の説明に二人は楽し気に眺める。


 「色々あるんですね」


 智佐はホルスターを物色しながら近くで物色していた郁子に尋ねる。


 「迷彩先輩はお勧めとかないですか?」


 御厨は郁子の大学での一般名称を当たり前に使う。智佐はそれ聞いた瞬間、凍り付く。多分、きっとそれは蔑称に違いない。御厨はあまり考えずに聞いた事を口にしたのだろう。だが、郁子がどのように感じたか。どう反応するか。智佐は聞かなかった事にして、ホルスターの物色を続ける。


 「私はドイツ軍の装備で固めているからなぁ。P8用のナイロン製かP9、P1用の白い革製ぐらいかな」


 郁子は特に変わった様子も無く、御厨と話をしていた。その様子に智佐はホッと落ち着く。


 「まぁ、ホルスターなんて所詮は銃を持ち歩くための袋だから、気にしないわ」


 郁子はあまりホルスターなどに興味を示しているようでは無かった。そんな郁子を他所に麗奈が二人に話し掛ける。


 「ホルスターも良いけど、服装も考えないとね。まぁ、サバゲは軍装縛りとか無ければ、自由なだけどね」


 「それはこの間、聞きました」


 智佐の答えに麗奈は頷く。


 「自由だけど、やっぱりこの手の服の方が動き易いし、弾が当たっても痛くない。それに野外だと多少でも迷彩柄の方が効果があるからねぇ」


 「効果?」


 「迷彩効果よ。周囲の草木などに溶け込むような柄だと目の錯覚を起こしやすくして、相手に発見させ難くしたりするのよ」


 「なるほど・・・だから、こんな柄なんですねぇ」


 智佐は迷彩柄の入ったジャケットを手に取り眺める。


 「汚れても良いし、一着は持っておくと良いわ」


 「上下だと結構しますけどね」


 智佐は値札を見て、そう告げる。


 「米軍の払い卸の古着なら安いわよ」


 郁子がそう告げる。


 「古着ですか?軍人さんが着ていた奴でしょ?なんか臭そう」


 御厨が露骨に嫌そうな顔をする。そんな御厨を見て、郁子が笑いながら言う。


 「ちゃんとクリーニングされてるわよ。ワッペンを外した痕とかは残るけど、比較的、綺麗な物よ」


 智佐達は予算がそこまで無かったので服を別にして、イーストAのビアンキタイプのホルスターを買っていた。


 麗奈はサバゲをやる為に必要な物も二人に渡す。


 フロンのガスボンベ。土の上だと分解されるバイオBB弾。室内で遊ぶには散らばらないターゲットである。


 ターゲットに関しては定番は東京マルイのプロターゲット。裏がネットになっており、弾はそこに収まる。


 昔は啓平社が出していたBB弾が的にくっつく物も東京マルイは出しているがくっついた弾に当たると弾かれるとか、埃が付きやすいのでちょくちょく洗わないといけないとか面倒なので今回は止めた。


 二人はパンパンに張った紙袋を手に、店を出た。




 「それで代表、次はどうするの?まさか・・・このまま、帰るの?」


 郁子は助手席の麗奈に発車前にそう尋ねる。


 「そうねぇ・・・」


 麗奈はスマホを片手に考える素振りをする。


 「だったら・・・喫茶店でも行く?」


 麗奈の言葉に郁子はすぐに感付いたようだった。


 車はすぐに排気音を立てて、走り出す。


 どれだけ走っただろうか。車は街中をずっと走っていた。


 「ここはモーニング発祥の地よ。まぁ、何が発祥なのか解らないけど」


 郁子は呆れたように言いながら、一軒の喫茶店の駐車場に入った。


 「駐車場、広いですね」


 御厨が20台は入れるような大きな駐車場に驚く。


 「郊外型だからねぇ。これぐらいの駐車場が無いと客が入らないわよ」


 麗奈はそう言いながら店の入り口に向かった。


 扉を開くと中にはカウンター席と10席程の4人掛けテーブルが置かれていた。店内の雰囲気は洒落た感じで、壁には外国のポスターなどが貼られたりしている。


 「ここはランチもおいしいのよ。コーヒー付で500円のワンコインランチ」


 郁子はブックシェルフから本を手に取り、奥の席へと向かう。


 「あぁ、麗ちゃんか。久しぶり」


 「マスタ、一昨日来たばかりよ」


 麗奈は軽く笑いながら、禿げ頭にサングラスの黒人マスターに挨拶をする。


 「マ、マスター・・・インパクトありますね」


 智佐は驚きながら小声で郁子に言う。


 「あぁ、おもしろいおっさんよ。元ロス市警だって」


 「ロス・・・アメリカの?」


 「アメリカ以外にロスアンジェルスがあるとは聞いた事が無い」


 郁子は席に腰掛けると「ホット」とマスタに向けて注文をする。


 「ここは私の奢りだから、好きな物を頼みなさい」


 麗奈も座ると「モカ」と注文した。智佐と御厨も彼女達の前に座り、メニュー表を手に取る。


 「コーヒー一杯300円。安い」


 御厨が呟く。


 「ミクリンって出身どこ?」


 麗奈が不意に尋ねる。


 「東京です」


 御厨は即座に答える。智佐と郁美は軽く驚く。


 「東京のどこ?」


 「えっ?」


 郁子が続けて尋ねた時に御厨が固まる。


 「え・・・と、千葉の習志野です」


 「東京じゃないわね」


 「でも、東京とは目と鼻の先ですし、都会から近いと言えば、下手な東京都よりも遥かに近いですから!」


 郁子のジト目に対して、御厨は慌てて、抗弁する。


 「別に東京でも千葉でも愛知県民からすれば同じよ。そもそも、愛知県民だって、普通に出身を聞かれて、名古屋って答える奴多いじゃない」


 「麗奈もそうじゃない?」


 郁子が冗談っぽく答える。


 「私は純粋に名古屋よ」


 麗奈が笑いながら答える。


 その間に智佐達もアイスコーヒーとホットミルクを頼んだ。


 「まぁ、ミクリンがコーヒーが安いって言うのも解るわ。関東だと、スタバ並だもんね」


 郁子は解ったように言う。


 「はぁ・・・そうですね」


 すると先に頼んでいた先輩二人の前にコーヒーカップとプレートが並んだ。


 「トーストとサラダと茶碗蒸し?」


 御厨が驚く。


 「ここのモーニングよ」


 麗奈が軽く言う。それに御厨がツッコむ。


 「いや、今、午後3時ですよ?」


 「ここのモーニングは終日だから」


 御厨が冷静に答える。


 「いや・・・それは、すでにモーニングの概念じゃない気がする」


 御厨の言葉に三人が苦笑する。


 「まぁ、愛知県でも茶碗蒸しとか付いてくるのはこの街だからねぇ」


 麗奈は呆れたように言う。


 「なんで、ここに連れてきたんですか?」


 智佐はわざわざ、車でここまで走ってきたのに意味があるのかと思った。何故なら、ここに来るまでにも有名なコーヒーチェーン店もあったからだ。


 「ふふふ。ここのオーナーはバイクもサバゲも大好きなダメ親父なのよ」


 「誰がダメ親父だ」


 麗奈がそう告げた瞬間、奥から髭面の中年男性が現れた。


 「だって、遠征が決まると、店を閉じてまで行くじゃない?だから、奥さんに逃げられるのよ」


 麗奈が冷酷な一撃を事も無げに放り込む。


 「う、る、さ、い。あいつとは考え方が合わなかっただけだ」


 「まぁ、娘さんとの仲は良いからねぇ」


 おっさんは麗奈に散々、からかわれる。それがいつもの事のようだ。


 「ここのオーナーは代表の叔父さんだよ」


 郁子がそう告げる。そう言われて見ると、どことなく似てなくも無かった。


 「まぁ、サバゲの練習相手にもなって貰うかもしれないから、紹介したかったのよ」


 麗奈に言われて、おっさんが頭をペコリと下げる。


 「オーナーのテンチョーです」


 「?」


 智佐と御厨は一瞬、茫然とした。それに気付いた郁子が苦笑しながら説明をする。


 「テンチョーってのはオーナーのハンドルネームよ。SNSとかで使っている名前。サバゲとかの発信などがあるからサバゲ関係はテンチョーで通しているの」


 「はぁ・・・オーナーなのにテンチョーなんですね」


 「本当の店長は別れた奥さんだったからねぇ。今はトムだからね」


 智佐の呟きに麗奈が冷たい事を言う。


 「俺の事はどうでも良い。その二人は新しいメンバーか?」


 テンチョーは智佐と御厨を見る。


 「そうよ。なかなかの逸材でしょ?」


 麗奈が胸を張ってそう告げる。


 「逸材って・・・どこを見たらそうなる?」


 テンチョーが呆れたように言う。


 「良いじゃない。この手の趣味に飛び込んできてくれるだけで逸材よ」


 麗奈の言葉に郁子とテンチョーは苦笑する。


 「それで、装備は整えたのか?」


 テンチョーは智佐達を見ながら問い質す。それに麗奈が答える。


 「ハンドガンとホルスターはね。最初から一式を揃えるなんて、学生には不可能よ」


 「アルバイトすればいいじゃないか。少尉なんて、ガンガンやってるだろ?」


 テンチョーは郁子を見て、そう尋ねた。郁子はうんうんと頷きながら、「まぁ、お金を稼がないと趣味は続かないからねぇ」と当然と言わんばかりに答える。


 「やっぱり、大学生になったら、アルバイトをした方が良いですか?」


 智佐は郁子に尋ねる。


 「そりゃ・・・そうよ。だって、うちの大学の授業を見たら、解るでしょ?必要な単位を取れば、あとは暇な時間ばかりなんだから・・・」


 「学生なんだから、勉強しろよ」


 テンチョーがそんなツッコミをするが、郁子は軽く無視をする。


 「まぁ、アルバイトしないと、それこそ、何の遊びも無く、学生時代の4年間が過ぎるわよ」


 郁子は脅すように智佐達に言う。


 「お、お金・・・大事なんですね」


 智佐は自らの懐具合を想像して、現実感を持った。

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