第7話 ともだち?

 翌日から大学が本格的に始まる。


 一年生の場合、基礎課程なので必須科目が結構、多い。


 朝一番からの講義に出る為に高校時代と変わらないぐらいの時間にキャンパスに来ている学生達。


 岐阜市から大学までは大学が用意したバスが走っている。大抵の学生はそれに乗り、大学までやって来る。それぐらいにここには交通手段が無いからだ。


 智佐も同様に大学の巡回バスに乗って来た。


 キャンパスの下に設けられた駐車場にバスが停まると寝ていた学生も起き出し、バスから降りていく。キャンパスの下に設けられた駐車場からは階段を使って上がらないいけないが、それが結構な段数があった。


 皆、必死にそれを登り切り、キャンパスの前へと辿り着く。大学側のキャンパスは新しいが、隣にある短大の方は築40年以上あるだけあって、薄汚れていた。


 智佐は白を基調としたカトリック系の教会みたいなデザインの校舎へと入って行くと、一時限目の講義がある講堂へと向かった。


 大学1年生から2年生に掛けては、忙しい割に専門的な科目は殆んど無い。憲法一般や倫理学、キリスト教概論など、多くは概論的な話ばかりだ。大雑把な事を講師が説明して、大抵は終わる。中には世界的にも有名な大学教授が外部からやって来て、教えてもくれるが、それは目玉的な講義であり、だからと言って、殊更に専門的な知識がそこで教わるというわけでも無かった。


 故にある意味ではサボっていても単位が取れそうな科目ばかりが並ぶという事は誰の目から見ても解る事だった。文系の大学の全てがそうだとは言わないが、出席さえ何とかすれば、大いにサボれるとも言えるわけだった。


 そんな事は智佐は思わず、真面目に講義に出て、講師の曰く事をつぶさにノートに纏める。


 「次は中国語かぁ」


 大学の基礎課程には第二外国語というのがある。それは第一外国語が英語だと規定され、それとは別の言語を学ぶのである。因みにこの大学では中国語と韓国語しか選べないわけだが。智佐はドイツ語やフランス語が学びたかったが、その選択肢が無かったのが残念だった。その為、韓国語よりも使い勝手が良さそうな中国語を選んでみた。


 第二外国語とは言うが、そもそも初めて触れる人ばかりだから、授業はほとんど、小中学校で初めて英語の授業をやるみたいな感じで始まる。


 「イー、アル、サー、スー」


 数字の数え方から始まる。これでちゃんと覚えられるのか謎だったが、智佐は必死に声を出した。


 大学生とは思えぬ感じの講義がある中、昼になると食堂へと向かう。


 食堂は短大の食堂と一緒な為に、かなり古臭い感じであった。お盆を持って、列をなし、おばちゃんに注文をする。ラーメンが400円で玉子丼が350円なら安いと感じるところだろうか。こことは別に購買部があり、そこではサンドイッチなどのパン類が販売されている。


 「あぁ、智佐ぽん、こんちー」


 不意に後ろから声が掛けられた。そこには迷彩柄のジャケットをファッションっぽく上着として来て、赤いベレー帽を被った眼鏡娘が居た。


 眼鏡に腰まで伸びた黒髪を綺麗に編んでリボンをして、フリフリの黒いロングスカートに迷彩ジャケットというファッションはこれまでに見た事の無い感じだった。


 「あっ、先輩、こんにちわ」


 智佐は慌てて、郁美に挨拶をする。


 「私の事は少佐で良いわ。ほら、階級章がそうでしょ」


 郁美はジャケットに付けているバッチを指差す。


 「はぁ・・・少佐もお昼ですか?」


 「そうよ。おばちゃん、ごはんとみそ汁ね」


 「あいよ」


 そう言うと学食のおばちゃんは手慣れた様子でご飯とみそ汁を郁美のトレーに載せる。


 「先輩・・・少佐は今日は何を食べるんですか?」


 智佐は郁美と一緒にご飯を食べる為に尋ねる。


 「これだけよ」


 「はっ?」


 「ご飯とみそ汁で150円」


 「そ、それだけ・・・あぁ、何か持って来ているんですか?」


 智佐は他に食べる物を郁美が持って来ていると思った。


 「何を言っているの?これだけよ。私のお昼ご飯」


 郁美は訝し気に智佐に答える。


 「で、でも・・・」


 智佐が驚愕していると後ろから声が掛かる。


 「ふたりともどうした?」


 現れたのは美紀だった。


 「周防先輩・・・いや、少佐のお昼ご飯が・・・」


 「あぁ、ねこまんまか」


 「ねこまんま?」


 「少佐は金欠だから、よくお昼ごはんをそれで済ませるんだ。僕は玉子丼にしたけど、智佐ぽんは?」


 美紀に言われて、智佐は慌てて、学食の注文の列に並び、カレーライスを頼んだ。


 席には郁美と美紀がすでに座っていた。


 「待たせましたー」


 二人が待っていたのを感じて、智佐はそう言う。


 「いや、あまり待っていないよ」


 美紀はそう言ってから割りばしを割った。


 「うんうん、待っていない」


 郁美はご飯にみそ汁を掛けた。


 「みそ汁を掛けるんですか?」


 智佐はその光景に驚きを感じる。


 「だから、ねこまんまだから・・・少佐は見た目と違って野蛮だから」


 「野蛮ってどういう事よ。みそ汁でご飯が膨らむからお腹が結構、満たされるんだよ」


 美紀の白い目に郁美が反論する。


 「いや・・・周囲の目が痛いのですが・・・」


 郁美の行動は意外と目立つ。


 「一年生多いからねぇ。二年生以上は慣れたからなぁ」


 美紀が冷静に周囲を見渡して言う。


 「少佐はただでさえ、目立ちますから」


 智佐はねこまんま飯を掻き込む郁美を見る。


 「黙っていたら、美人だし、ミリタリーファッションもワンポイント程度なら良いんだけどねぇ」


 智佐は溜息混じりに呟く。


 「そう言えば、智佐ポンは友達出来た?」


 郁美はサラリと尋ねる。


 「初日ですからねぇ。まだ、同学年にどんな子が居るのかも分かりませんよ」


 「この一週間が勝負よ。それを超えると、グループが出来ちゃうから」


 郁美は真剣な眼差しで言う。


 「少佐は失敗した側じゃないですか」


 美紀はやはり溜息混じりに言う。


 「う、五月蠅い。だから心配しているんじゃない。とにかく、色々と話し掛けて、友達を作りなさい。そして、サークルに勧誘よ」


 「それが目的ですか?」


 智佐はそう答えるも、確かに、何もしないとボッチになるなと感じた。


 大学と言う場所は高校と違って、クラスというのが希薄だ。常に一緒の場所に居るわけじゃないので、なかなか初めての者同士が会話をするチャンスが無い。自分からどんどん、人と関わり合いを持とうとしないと、すぐにボッチに落ちてしまうだろう。


 「まぁ、とりあえず、友達作りをがんばりますよ」


 智佐はカレーライスを食べながら、そう答える。


 食堂で二人と別れた智佐は次の講義へと向かう。昼からは倫理学である。


 「病みつつなんとかって本・・・意味がよく分からない」


 テキストで使う本を手に取りながら、そう呟くと隣から声が掛かる。


 「私もそう思う」


 智佐は左を見ると、隣の席には眠たそうな目をした女性が座っていた。


 「あっ・・・どうも」


 智佐は何となく挨拶をする。


 「どうも。私、御厨桃子。よろしくね」


 「御厨さん・・・わたしは小鳥遊智佐です」


 「智佐ポンね。ふふふ」


 突然、ポン付けで呼ばれて、流行っているかと思った。


 「私、稲沢市から通っているんだけど、あなた地元?」


 「う、うん」


 隣の街だから、本当は違うとかと思ったけど、大学だと、他府県の人も多いから、ほぼ地元なら地元だと思い直した。


 「良いなぁ。通うのに1時間30分は掛かるんだよねぇ」


 「大変ですね・・・一人暮らしは?」


 「親が家賃や仕送りが高いから通える範囲の大学しかダメって言ったのよ」


 智佐はそういう事情があるんだと実感した。


 「御厨さんは・・・」


 会話を続けようとした時、講師が講義室に入ってきた。


 それから、90分、退屈な講義が始まった。


 まるで理解の範囲を超えたような話が続き、倫理とは何だったのかを自問自答させるような講義であった。


 講義が終わり、半分、居眠りしている連中も目を覚ました感じで休憩時間に入った。


 「次もここね」


 智佐は肩掛け鞄から次の用意を出す。


 「そうそう、智佐ぽん。サバゲサークルに入ったでしょ?」


 「よく知ってますね」


 まだ、始まって間も無いので、部活動だってまともに動き出していない。ましてやサバゲサークルはまだ、大学での活動をしていないと言うのにだ。


 「だって、あの迷彩先輩は有名だもん。目立つからね」


 少佐と一緒に居たからか。何となく智佐は理解した。


 「でも、あの先輩、凄い頭が良いらしいけどね」


 「そうなんですか?」


 「高校は旭日だったらしいよ」


 旭日高校はこの地方なら誰でも知っている進学校だ。


 「そうなんだ。なんで、こんな私学に?」


 智佐は不思議そうに尋ねる。


 「知らないわよ。だけど、あんな感じで変わってるからじゃない?」


 智佐は一瞬、ムッとする。サークル外の人に悪く言われるのはあまり良い気がしない。


 「あっ。ごめん。言い過ぎた。私、入学式の時に色々な部活やサークルを見学していて、その時、色々な先輩からこの大学の事を聞いてね。その中でもあの先輩は相当、目立っているみたいだから、色々と聞いたのよ」


 どんだけ有名人なんだろうと智佐は思った。


 「それで・・・御厨さんは何で私に声を掛けてくれたの?」


 「いやー。確かにあの先輩は目立つなぁと思って、興味が湧いた」


 「興味・・・別に普通ですよ」


 普通じゃないなぁとか心の片隅で思ったが、それを無視して、そう擁護する。


 「一度、サバゲサークルについて行って良い?」


 「良いけど・・・先輩ばかりだからねぇ」


 「解った。で、いつサークルやっているの?」


 そう言えば、そんな話はあまり聞いてなかった。


 「今日の終わりに覗いてみるけど、誰も居ないかも」


 「良いよ。ついてく」


 そんな感じで御厨がついて来る事になった。

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