第6話 先輩の家

 入学式が終わった翌日、智佐は美紀の家へと向かっていた。


 美紀の家は大学のある町から電車で15分程度の場所にある。


 元々、大学のある町自体が田舎という事もあり、15分程度、電車に揺られたぐらいで都会になるはずも無かったが、そこは切り立った山肌を切り崩して宅地化したようで、比較的新しい家が建ち並んでいた。


 その中の一角が美紀の家だった。坂道の途中に家が建っており、家を水平にするために余ったような基礎部分が駐車場になっていた。その上に庭付きの一軒家が建っている。


 インターフォンを押すとすぐに美紀の声で返事があった。そして、扉が開かれる。


 「よく来たね」


 スウェットにジーパンという姿の美紀はやはり美少年に見えた。いっそ、美少年の方が良かったような気もする。


 「教科書とかを入れるナップサックも持って来ました」


 「そうかい。じゃあ、どうぞ」


 美紀に招かれて、家へと入る。中も極普通の家だった。


 「エアガンとか無いですね」


 「ははは。大抵はあまり目立つような場所に置かないよ」


 智佐の問いに美紀は笑いながら答える。それから、応接間へと通された。


 「そこのソファに座って、部屋から取って来るから」


 一般的なソファなどが置かれたまったく普通の居間のソファに腰掛ける。どきにもミリタリー関係の物が並んでいない。


 「やっぱり周防先輩は普通なのかな」


 見た目は超ボーイッシュだが、中身は普通だって事はとてもありがたい事だ。


 「これが私が一年生の時に使っていた教科書とノート。先生は変わっていないと思うから全部使えると思うよ」


 紙袋に詰め込まれた多数の書籍やノート。


 「ノートも良いんですか?」


 「使わないからねぇ。でもキリスト教概論なんかは先生に提出しないと単位が貰えないから、要注意だよ」


 「はい」


 美紀は丁寧に説明をしてくれた。


 「まぁ、倫理学とかはよく解らないけど、何となく思った事をちゃんと書けば良いだけだしねぇ」


 そんな話を二時間程度した後、話はサークルの話へと移った。


 「まぁ、うちの代表も変わった人だからねぇ」


 美紀は麗奈について、智佐に尋ねられてそう答える。


 「うちの代表は根っからのガンマニアってのは聞いているわよね?父親譲りの趣味らしいんだけど、とにかく、銃の事を話し出すとグダグダと話し続けるのよねぇ」


 「周防先輩は嫌なんですか?」


 美紀の言葉尻を捉える。


 「嫌じゃないわよ。ただ、解らない事まで話しているから理解が出来ないだけ」


 「はぁ・・・周防先輩は銃に詳しくないんですか?」


 「まぁ、私は銃に関してはあまり興味が無いから」


 「じゃあ、何でサークルに?」


 「うーん。元々、私、バスケをやってたんだよね」


 確かに美紀は長身で運動が出来そうな感じだから、バスケットボールは凄く似合うかもと智佐は思った。


 「大学に入ってもバスケのサークルに誘われたんだけど、どうもここのバスケサークルはちょっとチャラくてねぇ。暫くは何も入らずに過ごしてたのよ」


 「チャラいんですか?」


 「まぁ、僕も驚いたけど、合コンとか、そんな事ばかりを中心にしている人たちって結構居るんだよねぇ。理系の大学に行った子に聞いたら、向こうは忙しいからそんな暇は無いって言うから、きっと文系の悪癖だと思うんだ。結構、暇な時間が多いからね。講義も大抵はレポで単位が取れちゃうし」


 「はぁ・・・そうなんですか?」


 「だから、あんまり変な虫が寄ってきたら、キッパリ断らないとダメ。文系大学で人生を踏み間違る子は多いんだから。下手したら犯罪に染まっちゃうとか聞くしね」


 美紀の話に少し怯える智佐。


 「まぁ、そうこうしていると1年の夏休み前に代表に出会ったのよ。代表って、口を開かないと、どこかのお嬢様みたいな感じじゃない?学食で話し掛けられても、警戒する事は無かったのよねぇ」


 「へぇ・・・代表って、その時は2年生ですよね。サバゲサークルはいつ頃、出来たんですか?」


 「えーと・・・確か、代表が一年生の時に作ったって話は聞いたね」


 智佐はそれを聞いて素直に凄いと感じた。同じ年の時に自分が好きなだけでサークルを作ってしまう行動力は自分に持ち合わせていないと。


 「まぁ、僕が入るまではメンバー数も少なかったら、チームで動くというより、みんなでサバゲフィールドに行って、混ざるって感じだったみたい。今はメンバー数が揃っているからチーム単位でやっているけどねぇ」


 「へぇ・・・ところでサバゲってググってみたんですけど、ようは戦争ゴッコなんですよね」


 智佐はすでにスマホでサバゲを調べていた。


 「そうだね。大人の戦争ごっこよ。だから遊び方も人によって、微妙に違うよ」


 「遊び方?」


 智佐はイマイチそれが想像が出来なかった。


 「そうだね。純粋に勝ち負けを競うのは基本だけど、例えば、相手をヒットさせる事だけに楽しみを感じる人も居るし、コスプレをする事が第一って言う人も居るしねぇ。装備自慢だとか、そもそもエアソフトガンじゃないトイガンでのサバゲってのもあるし。まぁ、楽しみ方は自分で見つけるしか無いね」


 「へぇ・・・そうなんですねぇ。なんか、他のスポーツみたいに勝つために練習とかってなるのかと思ってました」


 「ははは。サバゲはそこまでスポコンじゃないよ。昨日やったみたいなスティールチャレンジみたいな競技だと流石に練習しないと上達しないけど、サバゲは下手は下手なりの楽しみ方があるから大丈夫。ようは遊びだと割り切ればどんな風にでも楽しめるよ」


 美紀はそう言って、笑った。


 「周防先輩もエアガンはいっぱい持っているんですか?」


 「いや、僕はそれほどじゃないかな。いつも使うのはほぼ、決まってるしねぇ」


 「へぇ、先輩はどんな装備を持っているんですか?」


 「えっ?」


 突然、迫って来る智佐に美紀は予想外だと言わんばかりの反応を示す。


 「いや・・・まぁ、それは今度の土曜日に見れるから」


 「でも、私も装備を揃えるのに参考にしたいから教えてください!」


 「な、で、でもね」


 「教えてくださいよー」


 迫って来る智佐を無碍に断り切れない美紀は彼女を自分の部屋に連れて行く事になった。


 彼女の部屋は二階にある。階段を上がり、廊下を進むと扉があった。


 「あの・・・部屋の中はあまり見ないでね。その恥ずかしいから」


 「あっ、片付けがしてないのですね。安心してください。あまり見ないようにしますから!」


 智佐は平然とそう言い放つ。そして、美紀は扉を開いた。


 「あっ」


 智佐は扉が開かれた瞬間、一瞬、固まる。


 そこに広がる景色はピンク色に染まった部屋だった。あまりにも女の子以上に女の子な部屋。壁にはホワイトロリータなドレスなども飾られている。


 「えっっと・・・あの」


 智佐は言葉を失った。レースのカーテンの掛かった天蓋付きベッドなど、あまりにそこは美紀のイメージからかけ離れた女の子の部屋なのだ。


 「うん・・・大抵、部屋に来た人はそんな雰囲気だよ。解るよ。いつもの僕のイメージと大きく違うって事ぐらいは」


 美紀は智佐を見ながら言う。


 「あっ・・・あの、先輩・・・大丈夫です。一瞬、ちょっと自分を見失いましたが、先輩らしいですよ。うん、先輩は綺麗ですし。きっとフリルがいっぱいのドレスも似合います」


 確かに美紀は綺麗だ。ボーイッシュな雰囲気が前面に出ているから、どうしてもそうは見えないが、言うなれば宝塚の男役みたいなもんである。顔立ちはとても綺麗なのだ。きっと何も言わずにドレスを着れば、むしろ胸が無い分、似合うのではないかと思う。


 「あ、あんまり・・・フォローになってない」


 美紀は少し落ち込みながら答える。


 「そ、そうだ。装備はどれかなぁ」


 智佐はあまりここに触れてはいけないと思い、元々の話に戻そうとする。


 「あぁ、サバゲ関係はここに入れてあるんだ」


 美紀はベッドの下の収納を引き出す。中には迷彩柄の服やエアガン関係の道具が出てくる。


 「メインは電動ガンのMP5k。サイドはグロッグね。私はあまりこの手の物に詳しくないから、ごく一般的な物ばかりだよ。迷彩服もみんなみたいにデジタルとかじゃない普通の奴だしね」


 「迷彩服ってやっぱり必要なんですか?」


 「特にそんな事は無いみたい。動きやすくて、汚れても良い服装なら何でも良いよ。特に室内フィールドとかだと遮蔽物が多いから、迷彩ってあんまり意味が無くなるし」


 「そうなんだ。とりあえず・・・高校時代のジャージで良いですかね?」


 智佐がそう告げると「えっ?」と美紀が驚く。


 「ジャージは良いけど、あんな薄い生地だと、結構痛いよ。出来れば、厚めの生地の服にした方が良いよ」


 美紀に言われて智佐は考え込む。


 「動きやすい恰好で厚い生地のって無いなー」


 「まぁ・・・正直、僕みたいにスウェットにジーパンでも構わなよ」


 「そんなラフな格好で良いんですか」


 「まぁ、本格的な人たちは逆に言うとズタボロな人達ばかりだから、一般人の目からすと、こぎた・・・」


 何かを言い掛けて言い淀む美紀。


 「なるほど・・・解りました!しかし、この手の銃ってどこに売ってるんですかね?」


 「あぁ、そうだね。この辺の近所じゃ、なかなか買えないから。大きい模型専門店とかに行かないと」


 「そんなお店があるんですか?」


 「ここからだと車で行くか。名古屋まで行かないと行けないかなぁ」


 「結構大変ですね」


 「私はネット通販を使っているけど・・・便利よネット」


 「なるほろ」


 智佐はすぐにスマホを取り出す。そこで美紀に言われた専門店のネットページを開く。


 「色々あるんですねぇ・・・ただ、どれがどうなのかサッパリ・・・」


 智佐は画面にあるエアガンなどが全て同じに見えた。


 「初心者はやっぱり、お店に行って、実物を前にお店の人とかと話をして決めた方が良いよ」


 「やっぱりそうなんですねぇ。名古屋まで遠いなぁ」


 「そういう時は郁子に相談すると良いよ。あの子、うちのサークルで唯一、車を持っているから」


 「い、郁子さんって、あの迷彩さんですか?」


 「迷彩さんね。まぁ、代名詞になろうとしているけど・・・そうそう、あの子、車を持っているから」


 「お金持ちですねー」


 「そうでも無いらしいけど、バイトが車が無いといけないらしいって、言ってたわねー」


 「バイトですか・・・」


 「そうだよ。バイト。智佐ぽんはやらないの?」


 智佐はふと考えた。高校まではアルバイト禁止だった為に、考えた事が無かったのだ。


 「遊ぶにしてもお金は必要だし、文系の良いところは腐る程時間はあるって事だからねぇ。バイトはした方が良いわよ?」


 「周防先輩は何のアルバイトをしているんですか?」


 「ぼ、僕・・・!」


 美紀は一瞬、驚き、茫然とする。


 「僕は・・・普通の喫茶店のウェイトレスだよ」


 「はぁ・・・ウェイトレスも良いなぁ。紹介してくださいよ」


 「あっ・・・い、今は人が足りているから」


 狼狽えながら断る美紀。その様子が変だとは思ったが、それ以上は無理は言えないと思い、智佐は諦めた。


 「バイトは探してみます。今日はこれでお邪魔しまーす!」


 夕方が近付いたので、智佐は帰宅して行く。

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