第5話 負けられない戦いがここにある。

 何故か突如として始まってしまった智佐を掛けた戦い。


 謎の女性、白金紅刃しろがねくれはとサークル代表、麗奈。二人は激しく睨み合い、いつ、取っ組み合いになってもおかしくなかった。ただし、それを周囲で見ていたサークルメンバーや店の従業員達はいつも事と言わんばかりに穏やかではあったが。


 智佐は緊張感高まる二人を前にどうして良いか解らなかった。そもそも、なぜ、自分が賭けの対象になっているのか。全てが謎だった。


 「勝負はスチールマッチよ。ちゃんとホルスターぐらい持って来ているわよね?」


 紅刃は高笑いしながら麗奈に勝負方法をぶつける。


 「ちゃんとサファリのホルスターを持って来ているわよ!」


 麗奈は鞄からガンベルトに装着されたレッグホルスターを見せる。


 「ほほほ!スチールマッチでサファリ?笑わせるわね。マッチで使うホルスターと言ったらブレードテックのカイデックスホルスターでしょ!」


 紅刃は銃の形に成形されたホルスターを見せつけるようにする。


 「ちっ、しかもウェスタンアームズのSVIのスピードコンプにシーモアセレンディピティのダットサイト・・・やるじゃない。あんた、そもそもこの展開を狙っていたわね」


 「バカね。スチールマッチ用のセットが置いてあるシューティングバーなんてそうそう無いのよ。練習をしに来たに決まってるじゃない」


 紅刃の態度に今井が麗奈に声を掛ける。


 「代表ぉ。それじゃ勝ち目無いっすよ。だって、代表って、そもそもコルガバ系は苦手だって言ってたじゃないですか」


 「う、煩い!今日はこれしか持って来てないんだから仕方がないでしょ!」


 麗奈は今井に怒鳴る。それを聞いていた智佐はどうなるんだろうと気が気じゃない。そんな時、久美子がおもしろそうに麗奈に声を掛ける。


 「代表、私のを貸しましょうか?」

 

 だが、それにキレ気味に答える麗奈。


 「る、るさい。そんなブローバックさえ怪しいP230なんて使えないわよ」


 「だ、大丈夫です。ちゃんとピストンカップは替えたばかりですし、マガジンも中身はリアルにしてありますから」


 「それでも信用が出来ないわ。システム7にしてから持って来なさい!」


 「それは無茶ですぅ」


 久美子はその場に崩れ落ちた。この会話のどこにショックを受ける要素があったのか智佐に解らなかった。


 「とにかく、やってやるわ。そもそも、そんな重たいだけのレースガン、あなた、使いこなせているの?」


 麗奈は負け惜しみっぽい感じで紅刃に質す。


 「ふっ・・・悪いけど、うちの大学の学際でスチールマッチの大会を開こうと思っていてね。まぁ、うちはあんた達、サークルと違って・・・部活だからぁ。学校側からちゃんと施設利用の許可も下りるしね」


 紅刃は腰まである長い髪をかき上げながら麗奈を見下した目で告げる。


 「あぁ・・・やってやるわよ。この偽射撃部め」


 「ふふふ。本物を見せてあげるわ」


 麗奈と紅刃がバチバチになっている。


 彼女達が行おうとしているスチールマッチであるが、アメリカが発祥でスティールチャレンジと呼ばれる。鉄板の的を如何に早く撃ち抜くかと言う競技である。本場での歴史は意外と古く、それに続いて、日本でもエアソフトガンを使って同様の競技が行われるようになった。


 基本的には5枚の的を狙い撃つ。的一枚の大きさは主に直径100ミリの円形となっている。これを5枚撃ち抜くタイムを競うわけだが、実際には3から7のステージを1ステージ5回づつ行って、その内、良い方4回の合計で競うという事になっている。


 「まぁ、今日は遊びだから、1ステージだけで5回づつ・・・やりましょう」


 紅刃は余裕の笑みを見せる。


 「いや、うち、スチールマッチ用のブース狭いから、やれるステージが限られているのよねぇ」


 双葉がしみじみと言う。


 スチールマッチ用のブースは30メートルのシューティングレンジの奥にあった。理由はやる人があまり居ないって事らしい。因みにこのバーには他にもモデルガンで早撃ちが出来るブースとかある。


 順番はとりあえず、じゃんけんで決める事になった。


 「ふふふ。私はグーを出すわ」


 先に紅刃がそう告げる。心理戦に出たのだ。


 「それで私が動揺すると思って?私もグーを出すわ」


 麗奈も笑いながらそう応じる。


 互いに睨み合いながら、両手を合わせるように組む。


 「最初はグー・・・じゃんけんポン!」


 互いにパーを出す展開から始まる。


 「あいこでしょ!」


 再び、パーを出し合う。


 「あいこでしょ!」


 今度は互いにグーだった。


 「しつこい!あいこでしょ!」


 麗奈が渾身の掛け声で出したのはパー。そして紅刃はチョキを出していた。


 「ははは。私の勝ちね。私は後攻で良いわ」


 「くそーーーー!」


 麗奈は自らの右手を恨むように睨んでいる。とてもお嬢様には見えない光景だった。


 仕方が無しに麗奈はブースの前に立つ。足元には四角い枠が設置されており、そこから出てはいけないのがルールだ。


 5枚の的は高さ100センチから150センチの間で設置され、それが左右に広がるように設置されている。奥行はそれぞれ違っており、上下と奥行の違いで難度が変わってくる。因みに麗奈は今回、サファリランドのレッグホルスターを使うが、公式競技だと使えないので注意である。


 麗奈はレッグホルスターにMEUを突っ込む。そして両手を前に出すポーズで止まる。双葉がその様子を確認してから、合図を下す。それで計測が始まる。麗奈はホルスターから拳銃を抜き、構えると同時に向かって左端から的を順々に撃つ。プレートに弾が当たると独特の金属音が鳴るので、双葉はそれで判定する。まだ、双葉は慣れないのか、二枚目の的を二度外し、その後もぎこちなく、タイムを大幅に落とした。


 紅刃はその様子を見ながら含み笑いをしつつ、準備をする。その動きはかなり慣れた感じで、待っている仕草も麗奈以上に綺麗に決まっていた。そして、智佐は次にその動きに驚いた。まるで流れるような動きで彼女は次々と的を撃ち抜いていく。ホルスターから抜いて構えるまでの動き、そこから的を撃ち抜くまでの動きが滑らかで、一度も止まる事が無かった。


 はっきり言えば、5回やる必要性などまったく無いぐらいに優劣は決まっていた。圧倒的に紅刃の方が強かった。そのタイム差は20秒ぐらいはあった。正直、これは縮めようがない差であった。


 「ははは。麗奈。相変わらず、シューティングは下手ね」


 「こ、こっちはサバゲサークルよ!サバゲが本来の姿なの、あんた達みたいに根暗に一人でシコシコと的を撃っているのと違うんだから」


 麗奈は負け惜しみとも言える言葉を吐くのが精一杯だった。


 「まぁ、私が勝ったから、この子を一日、借りるわよ」


 紅刃は智佐を抱き寄せる。


 「智佐ぽんをどうするつもり?」


 麗奈は紅刃を睨みつけて叫ぶ。


 「そうね。この子を奪い返したかったら、今度の土曜日にCQBランドに来なさい。そこでこの子を奪い返すと良いわ。出来るもんならね」


 紅刃は上から目線で挑戦状を叩きつける。


 「あと、智佐ぽんは私とラインと携帯番号の交換ね」


 「は、はい」


 よく分からない内に紅刃はその場から去って行った。


 「くやしーあいつ何なのよ!」


 麗奈は泣きながらスペアリブに噛み付いていた。


 智佐はその様子を眺めながら、美紀に尋ねる。


 「あの紅刃さんって何物なんですか?」


 「あぁ、あの人は近くの国立大学の学生さんで、そこにある射撃部の人だよ」


 「射撃部?」


 「うん。うちらはエアソフトガンって玩具で遊ぶ部活だけど、あっちは本物の銃を使って競技をする部だよ。あの人も高校ではビームや空気銃でかなりの成績だったらしいよ」


 「はぁ・・・そんな人がなんで、玩具の方に?」


 「まぁ・・・大学に入って、オリンピックレベルとかを前にした時、完全に敗北したんじゃない。細かい事は知らないけど、射撃部の中でエアソフトガンでの競技をメインにしたグループを作っているみたい」


 「な、なるほど・・・結構な難儀な人なんですね」


 智佐は少し、紅刃に同情してしまった。


 「まぁ、悪い人じゃないから、付き合ってあげてよ。今回もどうせ、私たちとサバゲがやりたかっただけだと思うし。それよりも、折角だから、撃ってみて」


 美紀に言われて、智佐は拳銃を片手にシューティングレンジに向かう。ここのシューティングレンジは天井にレール設置されており、的を最大、30メートルから手元まで動かす事が出来る。


 「30メートルって・・・遠いですね」


 智佐は構えてみるも、30メートル先は的が何とか見える程度だ。


 「まぁ、エアガンだと厳しい距離だよね。無風とは言え、簡単じゃないよ」


 美紀が隣で構え方などをレクシャーする。今は両腕で二等辺三角形を作るようにして、真正面に銃を構える方法だ。つい、片目を閉じてしまいそうになるが、基本的には両目を開けて、片目で狙うようにするらしい。これが結構難しい。


 「さっきの代表達がやっていたゲームもそうだけど、銃はこれが基本だからねぇ」


 美紀に言われて、食事をそっちのけで智佐はシューティングを楽しんだ。最初は当たらなかった的も1マガジン程度、撃つとだんだんコツが掴めるようになっていた。的に当たり出すと、楽しくなるもんで、気付けば、100発ぐらいは撃っていた。


 「智佐ぽん・・・料理が無くなるよー」


 久美子がそう言わないと、止まらなくなる所だったと智佐は思いつつ、席へと戻って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る