第4話 新入生歓迎パーティー

 「よし!これから、青髭の兄弟に行くわよ!」


 麗奈が右の拳を振り上げて宣言する。それに合わせて他のメンバー達も雄叫びを挙げるように声を上げる。それが何の事か解らない智佐にとってはあまりに意味不明過ぎて、困惑する。そんな彼女に久美子が耳元に話し掛ける。


 「青髭の兄弟は代表が通っているシューティングバーでぇすよ。スペアリブとかが美味しいの。今日はあなたの歓迎パーティーをしようと思っているの」


 「そ、そうなんですか?」


 「あの人はそういうの大好きだからねぇ。今晩は帰れないかもぉ」


 久美子は冗談っぽく言うが、それが本当になる気がして、智佐は少し首を竦める。


 目指す店は大学からバスで15分程、市街地に向かった所にあった。それは雑居ビルの一階フロアを全て店にした広めのバーだった。扉を開くと、中は少しシックな感じの落ち着いた店だった。バーカウンターの壁には様々な酒のボトルが並べられ、洒落た感じだった。これだけ見れば、そこは普通のバーと言えた。


 「さぁ・・・ここで撃って、飲むわよ!オーナァあああ!5人、入りまぁあああす!」


 麗奈が店員らしき女性に声を掛けた。


 「あら、麗ちゃん。珍しくサークルメンバー全員で来たのね?」


 麗ちゃんって呼ぶ人が居るんだと智佐は思った。彼女は黒のスラックスと白のワイシャツ姿で首に赤い蝶ネクタイを巻いている。20代中ごろだろうか。少し大人な色香の漂う女性だった。


 「いらっしゃい。・・・そっちの子は初めてね。青髭の兄弟のオーナーの双葉よ。よろしくね」


 突然、挨拶をされて、智佐は慌てて、頭を下げる。


 「可愛らしいわね。未成年にお酒を飲ませたらダメよ。うちは厳しいからね」


 双葉は麗奈に軽くそう言い聞かせる。


 「解っているわ。それより、今日はその子の新歓パーティーだから、お願い!」


 麗奈が手を合わせて頼み込む。


 「そうなの。こんな早く新人が入るなんて珍しいわね。去年は夏休み前ぐらいまで、音沙汰なしだったのに」


 そのまま、双葉は厨房に向かって行った。


 「さぁ、あの席で騒ぐよー!」


 麗奈は店の片隅にある6人掛けのテーブル席に全員を連れて行く。


 「意外と・・・普通のお店ですね」


 智佐は意外と明るい店内を見て、少し安堵する。


 「まぁね。昼はカフェとしてランチなんかも出してるからねぇ」


 美紀が言うようにバーだけでなく、カフェのような雰囲気もあった。


 「よし!料理が出るまでに席決めシューティングをやるわよ!」


 麗奈がそう言って、小型のハードケースからエアガンを取り出した。


 「じゃじゃーん!見よ!東京マルイMEUのリアル刻印バージョン!」


 麗奈は自慢気に全員に見せる。唯一、今井だけがそれに驚く。


 「何が凄いんですか?」


 智佐はその凄さが解らず、隣の美紀に尋ねる。


 「限定モデルって奴だね。エアガンの世界ではメーカー側の都合って奴で、同じ金型を使って幾つかのバリエーション展開させる事が多々あるの。その中で生まれてくるのが限定モデルよ。色々な理由があって、生産数を決めて出されるが限定モデルね。代表が持っているのは刻印違いって奴で、よくある事なんだけど、リアル刻印とかってなると版権問題とかがあって、難しいから二度とモデル化されない可能性もあるから貴重と言えば、貴重よね。ただし、中身は一般販売されている物とまったく同じな事が多いから、それで高くなる事にどこまで購買意欲が高まるかが問題かな」


 「な、なるほど」


 智佐は解ったような解らないような、ただ、麗奈が凄く楽し気に見せびらかしているのを見て、それはそれでありなんだと思う。


 「智佐ぽんは自分のが無いから借りると良いよ。シューティングバーでも有料のサバゲフィールドでもレンタルのエアガンが用意されている所は多いから。オーナー、智佐ぽんに何かエアガンを貸してあげて」


 厨房で注文を出し終えた双葉が寄ってきた。


 「あら、あなた、本当に初心者なの?」


 双葉は笑顔で智佐に近付いてくる。


 「は、はい」


 「じゃあ、初心者向けの銃が良いわね。手を見せてみて」


 双葉は智佐の手を見た。


 「手相ですか?」


 智佐は本気でオーナーが手相で銃を選ぶのかと思った。


 「違うわよ。手の大きさとか指の長さを見ているの。拳銃って握って、人差し指でトリガーを引く道具だから、手の大きさに合ったのを選ぶのが一番良いのよ」


 「へぇ・・・銃って、そんなに種類があるんですか?」


 「そうね。現行で販売されているエアガン。拳銃だけ見ても数十はあるわよ」


 「数十?」


 智佐は一瞬、驚く。


 「中古市場などで流れている過去のモデルまで含めると数百とかってなるわ」


 「中古ですか・・・」


 「まぁ、初心者は中古に手を出さない方が良いけどね。特にガスガンはパッキンが弱っている事が多いから、買ってみたけど、弾が飛ばないとか、ブローバックしないとか故障している可能性が高いのよ。初心者はしっかりと新品を買って、楽しむ方が良いと思うよ」


 双葉はそんな事を言いながら、エアガンがストックされている棚へと向かう。その間にサークルメンバー達は各々のエアガンを取り出す。


 麗奈は東京マルイのMEUピストル(リアル刻印)。


 今井はマルシンのアンリミテッドリボルバー。


 久美子はKSCのP230モデッロT。


 郁子はタナカのP8HW。


 美紀はウェスタンアームズのショーティ40ブラック。


 それぞれがマガジンに弾を込め、ガスを充填する。その間に双葉が智佐の元へと戻ってきた。


 「智佐ぽんには」(ここでも智佐ぽんと呼ばれた)


 智佐は何となく、智佐ぽんが大学での呼び名として固定されるような気がしてならなかった。


 「このWEのPX4を授けよう!」


 それは全体的に丸みを帯びたデザインの少し全長が短めの拳銃だった。


 「はぁ・・・あれ?」


 持ってみると、さほど、重みを感じない。そして、握った感じも握り易かった。


 「このPX4は実銃同様、グリップの大きさを変える事が出来るのです。だから、手が少し小さい人でもグリップのバックストラップを小さめに変える事で握りやすくする事が出来るのですよ!」


 双葉は自慢気に言う。それを見た麗奈が声を掛ける。


 「グリップの大きさを変更する事が出来る銃って少ないからねぇ。智佐ぽんの手の大きさだとシングルカアラムのガバメントや中型以下のオート。またはリボルバーの方が握り易いとは思うのよね。無論、CZ75とかみたいにダブルラムでも握り易いグリップの拳銃はあるけどねぇ」


 「はあ・・・そうなですか。グリップってそんなに違うんですか?」


 智佐は不思議に他の人のエアガンに目を向ける。それで麗奈が説明をする。


 「そうねぇ。実銃の場合だと使う弾薬も違うせいもあって、大口径の弾丸を使う拳銃程、グリップが太くなる傾向があるの。それと弾丸の収納の仕方。さっき言ったシングルカアラムってのは真っ直ぐ一列に弾丸が入っているの。それに対して、ダブルカアラムは弾がジグザグになるように二列になっているのよ。こうする事であまりグリップを太くさせずに弾丸数を増やせるってわけね。現代オートはほとんどこちらが主流になっているのよ。だから、それをコピーしているエアガンも当然ながら、グリップが太くなるわけ」


 「太いとやっぱり撃ちづらいんですか?」


 「拳銃自体が外国のメーカーが主でしかも外国人しか対象にしていない。それと、実用性を考えるなら、弾薬数が多い方が良いって事で、撃ちづらいのは解っていても実用範囲内で太くするのは当然よね。ただ、最近はアメリカでも州の法律で10発以下の装弾しか認めないとか、コンシールド向けに敢えて、シングルカアラムにして厚みを抑えるデザインにしている銃もあるようよ」


 「麗奈さん・・・やけに詳しいですね」


 智佐は麗奈の話に少しヒク。すぐに美紀が耳打ちをした。


 「代表はただのガンマニアよ。何でも父親が旧月刊GUN誌を創刊から廃刊まで集めてたぐらいのガンマニアでその血を引き継ぐガンマニアのエリートとか」


 智佐はそもそもガンマニアという言葉自体を初めて聞いたので、何とも反応が出来ない感じでいた。麗奈はそれを見て、改めて、智佐に渡された拳銃について、説明をする。


 「PX4は良い銃よ。ベレッタ社が以前に開発したM8000クーガーで採用したロータリーバレルロッキングシステムを引き続き用いて、更にベレッタ社にこれまで無かった樹脂を多用した事が特徴の拳銃よ。ロータリーロッキングバレルは同じショートリコイルの中でも多く採用されているティルトバレルに比べて、銃身が上下に動かず、前後運動によって、動作する事で命中精度にあまり影響を与えないとか言われるわ。実銃においてはそれまでベレッタ社が採用していたロッキング方式と比べて、よりハイプレッシャーな弾丸にも耐えられる上にシステム上、全長を短くする事が容易になったのが最大のメリットね。エアガンでは東京マルイと海外メーカーであるWEがモデルアップしてるわ。コンパクトなデザインと握り易いグリップ、レイルシステムが現代オートの全てを内包しているともいえるわ」


 麗奈の説明に解らん状態の智佐だったが、手にしている拳銃は持っていれば、持っている程、手に馴染む感じがした。


 「まぁ・・・良いわ。最後は撃ってみて、気持ちが良い銃が自分に合った銃よ!野郎共、撃つわよ!」


 麗奈が気勢を上げると、全員がノリノリで掛け声を挙げた。


 「あら・・・楽しそうね」


 突然、そこに一人の女が姿を現した。それを見た瞬間、麗奈の表情が凍る。


 「白金しろがね・・・紅刃くれは


 一瞬、智佐はなにその名前と思ったが口には出さない。


 「ふふふ。麗奈・・・新人が入ったようね。まぁ、それでも弱小チームには違いないでしょうけど」


 紅刃は高飛車な感じに麗奈に言い放つ。


 「くっ、相変わらず気にくわない女ね」


 麗奈は相手を睨みつけた。


 「まぁ・・・今日はその子の歓迎もあるでしょうから、ここはひとつ、賭けといかない?」


 「賭けですって?」


 「そうよ。あなたが買ったら、ここの支払いは全て、私が持ってあげる。逆に私が買ったら・・・そうね。その子を一日、借りようかしら・・・」


 「なっ?」


 紅刃に指名されたのは智佐だった。思いっきり指で差された智佐は何故自分という感じに茫然とする。


 「う、うちの智佐ぽんを・・・だが、挑まれた勝負を断るのは私のプライドが許さない。あぁ、やってやるわ。今日の私は一味違うのよ!」


 麗奈は手にした拳銃を握り締め、そう叫んだ。

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