第2話 初めての発砲

 智佐は戸惑いながら、このあまりに普通じゃない部屋へと踏み入れた。


 中には5人ぐらいの男女が居る。壁には何やら銃や国旗などが飾ってある。


 「おお、本当に新入生だ」「すごい!可愛い!」


 次々に智佐に向けた声が上がる。だが、驚きの余り、智佐には届いていない。


 「まぁ、よく状況が掴めていないと思うから、そこに座ってよ」


 周防に言われて、智佐はキャンプ用品の折り畳み式ベンチに腰掛ける。


 「スーちゃんからメールが来た時は本当かと思ったわよ」


 黒髪でおっとりした感じのお嬢様系の女性がスマホ片手にほんわかした感じで周防に話し掛けた。そのお陰でようやく智佐も正気を取り戻す。


 「あ、あの・・・ここは何ですか?」


 目の前に座るお嬢様に智佐は声を掛けた。


 「まだ、スーちゃんから説明されてないのね。私はここのサークルの代表を務める仁科麗奈。気軽に麗ちゃんと呼んでくれて良いのよ?」


 「おい、2年も後輩にちゃん付けで呼ばせる事を強制するな」


 男子学生が笑いながらツッコむ。それを無視して麗奈が話を続ける。


 「ここはサバイバルゲームを楽しむ為に設立したサークルよ」


 「サバイバルゲーム・・・って何ですか?」


 智佐にとって、その単語は初めて耳にした言葉だった。サバイバルは生き残りである事は解る。それがゲームって事は何をするのかさっぱり不明だった。


 「サバゲを知らないか・・・女の子なら当然かな。サバイバルゲーム・・・略してサバゲなんだけど、例えばコレ」


 麗奈は突然、一丁の拳銃を取り出した。


 「鉄砲?」


 智佐は咄嗟にそう答える。映画などでよく見かけるような形をしているのですぐに分かった。


 「そうね。これは東京マルイのM9って定番のガスガンだからすぐにわかるよね。映画でも多く使われてるしね。実銃はベレッタ社のM92FSって言うのよ。アメリカ軍だって使っているんだから」


 「ガスガン?」


 「そう。これはガスの力で、弾を飛ばすの」


 「弾が出るんですか?」


 「そうよ。こんな小さな弾だけどね」


 麗奈はグリップからマガジンを抜いて、その先端に収まっている白いBB弾を見せる。


 「へぇ・・・それって、何か免許が要るんですか?」


 智佐の言葉にその場の全員が苦笑する。智佐は何を笑われているのか解らなかった。


 「これは玩具なの。本物の銃みたいな免許は要らないの。まぁ、条例などでは年齢制限があったりする地域もあるけど、基本的に所持するのに何の規制も無いわよ」


 「そうなんですか?でも凄い本物ように見えますけど」


 「日本は実銃が無いってのが前提だからね。モデルガン同様、すごくリアルに作られているわ。因みにこれは撃つ時も実銃みたいにこのスライドが後退するのよ」


 麗奈がスライドを引っ張る。その動きに智佐は興味津々で見ていた。その後、銃口からポロリとBB弾が零れ落ちる。


 「麗ちゃん、その子にいっぺん、撃たせてみたら?その方が理解が早いよ」


 別の女子学生がそう声を掛けた。


 「マオの言う通りね。よし、いっぺん、撃ってみよう」


 麗奈はそう言うと、傍らから、ガスボンベを取り出し、マガジンの底にある口にガスボンベのノズルを挿しこみ、ブシューとガスを充填した。それは数秒も経たずに白い冷気が噴き出す。


 「ふふふ。これはフロン0のガスだからね」


 「フロン?」


 智佐はその言葉に何となく聞き覚えたがあった。


 「温暖化ガスって奴ね。今、主流で使われているのも温暖化効果の低い物だけど、東京マルイはフロン0のボンベを出しているのよ」


 「へぇ・・・そうなんですか」


 智佐は特にそれがどういう事か理解など出来ていなかった。


 「フロン0は良いけど、初速が落ちるのがねぇ。それに高いし」


 男子学生がそう呟く。


 「そこ、もっと意識を高めにっ!サバゲは環境に優しいを訴えていかないと周囲から白い目でしか見られないわよ」


 眼鏡を掛けた女子学生がピシャリと男子に向かって言う。


 「いや、そもそも迷彩服を着ている段階で白い目だし・・・」


 「この学校の学生はファッションが解らいのよ」


 「迷彩さんって呼ばれているの知らないのかな・・・」


 男子学生はポツリと呟いた瞬間、眼鏡女子のアックスボンバーが炸裂する。


 「さて、銃は準備が出来たから、全員、ゴーグル着用!」


 麗奈がそう言うと全員がゴーグルやシューティンググラスを着用する。


 「小鳥遊さんだっけ、あなたもこのシューティンググラスを掛けてね」


 「はぁ・・・これは?」


 「目に当たらないようにするためよ。エアガンを撃つ時は必ず、着用する事ね。直接、眼球に当たったら潰れる事もあるわよ」


 そう言われて、智佐は少し怯える。


 「安心しなさい。ちゃんと安全対策をすれば、大丈夫だから」


 智佐は受け取ったシューティンググラスを装着した。


 「これからエアガンの撃ち方を教えるわね。エアガンには大抵、マニュアルセーフティが装着されているの。これはASGKの安全基準のお陰ね。因みに実銃だと、マニュアルセーフティが無い物も多いけど。使う直前にこのセーフティを外すの使わない時はすぐにセーフティをしてね」


 麗奈は手にしたエアガンのスライド後端にあるマニュアルセーフティを跳ね上げて、解除した。


 「トリガーは撃つ直前まで、決して、触れない。人差し指の置き所に困ったら、トリガーガードと呼ばれるこの周囲の枠の部分に置くのよ。それから左手は添えるようにしてグリップを包み込む。力を入れちゃうと銃がブレるから要注意。そして、真っ直ぐ前に伸ばすの」


 麗奈は銃を手にした腕を真っ直ぐに伸ばした。


 「構え方はウェーバーとか色々あるけど、基本的に真っ直ぐに手を伸ばして、スライド先端の照星をスライド後端の照門の間に入れるだけで良いわ。狙いを定めたら、いよいよ、トリガーに指を掛けて、引き切るだけね」


 それだけ説明をする麗奈はセーフティをしてから、銃を智佐に渡す。


 「重っ」


 智佐に手渡された銃は彼女が予想していたよりも重みがあった。


 「それでも実銃よりも軽いよ。特に東京マルイはヘビーウェイトじゃないし」


 周防が笑いながら告げるも、智佐からすれば、十分に重かった。


 「あっちがシューティングレンジだから」


 麗奈は立ち上がり、部屋の奥には空いた机が隅に寄せられた場所があった。その端の一角だけが空いていて、麗奈はそこに智佐を呼ぶ。


 「ここから、約15メートル。ようは部屋の端に設置してある的を狙うのよ」


 智佐の立つ反対側の机の上に置かれた丸が幾重にも重なったデザインの的が用意されていた。


 「あれは東京マルイのプロターゲットよ。的をちゃんと射抜けば、奥の籠部分に弾が入って、回収が楽なのよ」


 眼鏡女子が説明をしてくれた。


 「はぁ・・・外したら」


 「部屋の中を弾が暴れ回る」


 その言葉になにやらどんよりした雰囲気があった。


 「とにかく、外すのは気にせずにまずは撃ってみること。じゃあ、さっき教わったようにしてみて」


 眼鏡女子に言われて、智佐はセーフティを解除した。それから銃を手にした右腕を真っ直ぐに伸ばし、左手でグリップを包み込む。実際に手を伸ばしてみると、重かった拳銃は更に重く感じた。プルプルと震えだしそうになるのを何とか抑え込み、狙いを的に定める。


 「そのまま、トリガーを引いて」


 麗奈に言われて、智佐は人差し指をトリガーに掛ける。緊張感が高まる。これを引いたらどうなるのか。智佐は必死に想像力を高める。映画などでは凄い炎が出ていた。そんな事が起きるのだろうか?怖い。そう思うと引けなくなる。


 「さぁ、引いてごらんなさい」


 麗奈が背中を押すように言った時、智佐はトリガーを引き絞った。


 パスン


 と音と共に激しくスライドが後退した。その衝撃が腕全体に伝わる。一瞬、何が目の前で起きたか解らなくなる。だが、それはまさに一瞬の出来事だった。智佐は茫然としたまま、銃を構えた状態で止まっていた。


 「小鳥遊さん、危ないからトリガーから指を離す」


 麗奈に言われて、智佐は慌てて、指をトリガーから離した。


 「おっ・・・的に当たっているぞ」


 男子学生が的を見て、驚く。


 「えっ、初心者なのに、的に当たったの?」


 麗奈もその一言に驚く。智佐は何の事かよく分かっていなかった。ただ、撃った瞬間の衝撃だけが鮮明に手に残っていた。


 「端っこだけど、当たってるわぁ。凄いな」


 男子は的をまじまじと見ながら簡単としている。


 「へぇ・・・小鳥遊さん、才能があるかもね」


 周防の言葉に智佐は少し顔を赤らめる。


 「さ、才能ですか?」


 「そうね。一発目で15メートルの的に当てられる人なんて居ないわよ。凄い才能だわ!」


 麗奈が目をキラキラさせながら智佐に寄る。


 「あなたを歓迎するわ。あなたはこのサークルの6人目のメンバーよ!」


 麗奈ににじり寄られて何も言えない智佐はこの先、自分がどうなるかさえ、解らなくなっていた。

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