文系大学のサバゲサークル活動日誌

三八式物書機

第1話 入学式

 桜舞う季節になった。


 中部地方の少し田舎の小高い山の上に大学のキャンパスがあった。


 元々、カトリック系で保育系の短大しかなかった学園が設立した社会福祉学部しか無い大学。


 小鳥遊たかなし智佐はそこで福祉を|学ぶべく、期待を胸にこの大学に入学した。

 入学式の為に体育館に集められた新入生の数は100人足らずしか居ない。一学部しか無いのだから当然だ。

 

 学長の長い話しが続く。倒れる者は流石に居なかったが、うつらうつらと居眠りをしている者は多数だった。

 入学式が終わり、大学での事務的な事の説明を受ける為に大講義室へと移動した。そこで教科の取り方や単位についての説明などが行われる。高校とは違う大学特有のシステムに戸惑いながらも智佐は手にした資料を眺める。


 そして、午前中で全てが終わると、ようやく緊張した雰囲気から解放された新入生達はキャンパスへと放たれる。その時、彼らが目にするのはそれぞれの部活のユニフォームなどに身を包んだ先輩達だった。


 入学式の午後は新入生獲得の最大のチャンスである。この機にどれだけの新入部員を獲得が出来るかで、予算にも大きな違いが出てくる為に彼らは必死だった。当然ながら、大学の部活動に関しては一切が自由参加である。部活動以外にも大学側から予算の提供を受けない形のサークル活動なども多く存在する。だが、アルバイトなどに必死の学生はその両方にも興味を示さ無いと言う事も珍しくは無い。故に予算の掛かった部活の勧誘はまさにサバイバルの様相を見せる。


 智佐にもその獰猛な獣達の刃が向けられようとしていた。まだ、何も知らない新入生達は先輩という名の獣からすれば、ただの獲物だ。より多く狩った者が多くの予算を受け取れ、それが来年の実績へと繋がる。


 彼らにとって、校舎から校門へと続く、この広場こそ、戦場だった。昨晩から必死になって場所取りをして、入部届や資料を置いたブースが彼方此方に立つ。そして、女性部員を前面に押し出して、作り笑顔と本当か嘘か解らぬ厚遇をちらつかせて、新入生達を惑わす。


 高校の頃なら、こんな部活勧誘などは考えられなかった。大抵の高校においても部活動は完全に自主性を重んじている。余程、それが学校の売りになっているような部活では無い限り、入部する事に関してはここまで必死に勧誘されることなどなかった。だが、ここでは違った。まるで夜の商売の客引きのように新入生達が奪い合いに遭う。


 智佐の元に次々とチラシが配られ、勧誘の声が掛かる。そのあまりの凄さに気圧される新入生は多い。正直、大学に入ったのは好きな学部があったからに過ぎず、部活をメインに考えて入る奴はスポーツ推薦以外にはあり得なかった。故に部活の勧誘を受けても、あまり気乗りなどするはずも無い。


 広場は戦場になっている為に智佐はフラフラになりながら学食がある棟へと向かった。そこは昼以外ではあまり人の数は多くは無い。特に今日のように午前中で殆どの事が終わる場合などは人の姿などあり得なかった。疲れ切った智佐は学食前に置かれた缶ジュースの自販機の前に辿り着く。ここで敢えて、缶ジュースの自販機としたのはここには他にカップラーメンの自販機とハンバーガーの自販機、アイスバーの自販機が設置されているからだ。


 智佐はスカートのポケットからICカードの入ったカードケースを取り出す。


 「君、ここの自販機は電子マネー未対応だよ?」


 突然、背後からそう声を掛けらた。慌てて振り向くと、そこには宝塚の男役のような美男子の女学生が居た。彼女が女学生だと判明したのは胸元に大きな二つの白い桃を見たからだ。


 「そ、そうなんですか?」


 智佐は慌てて、カードケースをポケットに押し込む。その間にその女学生が自販機に小銭を入れた。


 「何、飲む?」


 「えっ?」


 智佐は突然の問い掛けに焦る。


 「折角だから、奢るよ」


 「い、いえ、大丈夫です」


 智佐は突然の女学生からの誘いに遠慮する。


 「遠慮は要らない。僕はここの2年生の周防って言うんだ」


 「す、周防・・・先輩ですか」


 「ははは。大学に入って、初めて先輩って呼ばれたよ」


 ガチャンと缶ジュースが落ちる音がした。


 「適当に選んだけど、コレで良かった?」


 周防が選んだのはスポーツドリンクだった。


 「はいっ・・・これなら飲めます」


 智佐は嬉しそうに受け取る。


 「飲めないのもあるの?」


 「缶コーヒーのブラックとか、無糖の紅茶とか飲めないです」


 「甘くないとダメか。解るよ」


 周防はミルクカフェオレの缶コーヒーを選んでいた。


 「そこ、空いているから」


 周防に勧められて、智佐は自然の流れ的に彼女と相対するように食堂の席に座った。


 「あの・・・周防先輩は・・・部活勧誘とかしないんですか?」


 智佐は周防が何かをしているようには見えないので不思議そうに尋ねてみた。


 「あぁ・・・僕、部には入って無いから」


 「じゃあ・・・なんで、今日、大学に?」


 部活勧誘以外だと、入学式の日は大抵、休みである。


 「あぁ、ちょっと用があってね。そうだ。君も一緒に来てみる。どうせ、大学の事、あんまり知らないでしょ?僕が案内をしてあげるよ」


 確かに渡り船ではある。まだ、友達も居ない身からすれば、これも一つの縁と言えるだろう。そう智佐は簡単に思い、周防の用事に付き合う事になった。


 食堂を後にした二人は大学でよく使う大教室などの施設を回った。周防は先輩風を吹かせつつ、智佐に丁寧に大学の事を教えてくれた。


 「そうだ。一年生で使う教科書とか、僕のをあげるよ」


 「いいんですか?」


 「まぁ、キリスト教概論とか、二年生以上だと使わないからねぇ」


 「ありがとうございます」


 教科書類でも買えば、結構する。それが貰えるとなれば、とてもありがたい話だった。


 「これで大学の事は殆んど、説明したから、今度は僕の用事ね。こっち来て」


 周防に誘われるまま、少し古めの棟へと向かった。


 「ここは昔、短大が使っていた棟らしいけど、大学設立の時に新しい棟に移ったから、丸々、部活やサークルが使っているんだ」


 「はぁ」


 そこは築30年は経っていそうな鉄筋コンクリートの建物だった。中は小学校や中学校のような造りになっていた。


 「先輩は・・・ここに・・・」


 智佐が尋ねようとした時、周防がとある扉のノブに手を掛けた。


 「ここだよ」


 彼女が扉を開いた時、激しい炸裂音が鳴り響いた。飛び散る紙テープなどに驚く智佐。


 「ようこそ!サバゲサークル『クレイモア』へ!」


 男女の声が重なる。智佐が驚いて閉じた目を開くと、そこには緑や茶、黄土の色合いに染まった人々が居た。


 「あ、あの・・・ここは?」


 何事か理解が出来ない智佐は隣の周防に助けを求める。


 「いや・・・ここまでやるなんて僕も聞いて無かったから・・・ここが僕の所属するサークルだよ」


 「サークル?」


 それが智佐とサバゲの初めての出会いだった。

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