⑩ 星が降るのを眺めるうちは
日本の冬、南の夜空にオリオン座は輝く。
7つの明るい星で構成されるオリオン座は、数ある星座の中でも最も見つけやすい星座の一つである。この広い空のキャンバスで、他の星座と比べてもかなり贅沢にスペースを取って、雄大に現れる。
オリオン座は、私が初めて覚えた星座である。家族か誰かに、三つ並んでる星が腰のベルトの部分だよと、教えてもらったのが懐かしい。
星座のほとんどは、名前は聞いたことはあるけれど、どの星とどの星で構成されているか分からない、というものが多い。
分かりやすい目印があるオリオン座は、子供にも覚えやすく、すぐ好きになった。
オリオン座は、幼い頃から、私の助けとなってくれた。灯りの少ない田舎道、オリオン座を見ながら歩くと自然と元気になり、すぐに家に辿り着くことができた。
少年サッカーの練習で怒られて泣きながら帰った日も、チームメイトとふざけながら帰った日も、オリオン座は家路のはるか上空で待っていてくれた。
退屈な塾をサボっては、公園の滑り台の上に寝転んで、寒空でも確かな存在感を放つオリオン座を眺めて時間を潰したりもした。
些細なことで気分が浮き沈みする自分とは違って、オリオン座はいつも変わらぬ雄大さでそこにいてくれた。
星座の名前の由来となったオリオンは、ギリシャ神話に登場する神であり、勇敢で強靭な体をもち、狩りが得意であったという。
その反面、好色で粗暴な面もあったらしい。誰かを怒らせたり、目をくり抜かれたり、アルテミスの兄アポロンに結婚を反対されたりと、散々なエピソードも多い。父とされるポセイドンもなかなかに荒々しい性格であったというから、オリオンの猛々しい性格も親譲りなのだろう。
星座になった経緯は諸説あり、サソリをけしかけられて殺されたとされる説や、結婚しようとしたアルテミスに誤って矢で射抜かれた後空に上って星座になったとされる説もある。ともにオリオンの粗野な性格が招いた悲劇である。
オリオンがそんな乱暴な神だったのなら、地上のちっぽけな人間を見守ってくれているはずがない。オリオンに見守ってくれていると感じるのは、私のひとりよがり以外のなにものでもないのだろう。
そんなオリオン座だが、天文学界では、ほぼ確実な割合で消滅するだろうという予測がなされている。オリオンの右肩部分にあたるベテルギウスが、超新星爆発で失われるということらしい。
人間と同じように、星にも命に限りがあるのだ。
いや、天体の存在の方が人間なんかよりもずっと前に存在しているのだから、人間が星と同じように命に限りがある、といった方が正確かもしれない。
ただ、目をくり抜かれたり様々なトラブルがあってもその都度乗り越えてきたオリオンならば、右肩くらい失われてもどうということはないだろう。
星座としても7個の星が6個になるだけで、オリオン座の存在がまったく無くなってしまうことはないのであろうし、そもそもいつ爆発が起こるかも分からない。
人間の理解を遥かに越える天体の世界の話だから、もしかすると、人類が生きている間は、オリオン座は変わらぬ姿で存在し続けるかもしれない。
オリオン座には、どんな姿になっても、これまでと同じように贅沢に夜空を駆け抜けていて欲しい。
私の心は少年の頃のように若々しくはなくなってしまったけれど、オリオン座を眺めることができる内は、また前向きに歩んでいける気がするのだから。
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