美しく最期まで


 信が手術した日から、もう3ヶ月。私の余命は1ヶ月だ。もうすぐ死ぬのか、なんて実感はないまま、時間は過ぎていった。



 信は、あれから姿を見せていない。無論、手術が成功したのか、今入院しているのか、何もわからない。だけど信が、1回くらいなら来てくれるかもしれないと思って、毎日ここに来ている。


 ひとりぼっちに戻った廃屋は、以前よりも静寂をひどく感じられた。あんなに輝いていた太陽も、雑草も、今では美しく見えなくなって。退屈な気持ちで土遊びをしながら、1日を終えていく日々。


 テーブルの上の花瓶に目をやる。信がくれた花はすっかり枯れ果て、水の中に茶色い葉が沈んでいた。


――俺、手術に成功したらさ、高校生としてたくさん遊ぶんだ。


 あの日、信は言っていた。全く過ごせていない高校生活を楽しみたいと。たくさんの願望を聞かされた。どれだけワクワクしているのか、どれだけ望んでいるのか、聞いているだけで丸わかりだった。


 だから、信は生きている。


 生きていて、高校生として過ごしている。新しい友達を何十人も作って、カラオケとか、遊園地とか、水族館とか、そんな素敵ところで盛り上がっている。私との思い出は頭の片隅にでも置いて、今を楽しんでいる。


 死んでるはずがないんだ。浮かんだ涙を、汚れた袖で拭った。ふとした拍子に、信の声が聞こえたような気がして、なのにそこに信はいなくて。そんなことを何度も繰り返してきた。ひとりぼっちが、こんなに楽しくなかっただなんて、初めて知った。


 地面に文字を書く。丁寧に、なるべく大きく、想いを込めて、信、と。だけどそれは、なんにも楽しくなんかなくて、胸の奥がじゅくじゅくと痛んで、すぐに消した。



 元気でいてね、信。







 幸せそうに、慈しむように、花を見つめた少女は、笑って息を止めた。


 白い花はとっくに枯れ果て、ぼろぼに朽ちていた。少女も、過去はそれを分かっていた。だが最期、少女はその花を美しく見た。この廃屋に、圧倒的な存在感を持つものとして。この廃屋の、膨大な思い出を持つものとして、目を向けた。



 白い花は『夢でもあなたを想う』という花言葉を持つ。眠りについた少女は、夢を見ることだろう。永い永い夢で、誰かと再会することだろう。



 その白い花の名前は――――

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