第11話 その時を夢見て(5)


「また辻斬りか……」


 禁止令が出ているというのに、ここ最近、町に多くの辻斬りの被害があった。

 その切り口から、同一犯であることは明らかなのだが、中々犯人を捕まえることはできていない。

 目撃者も少ないし、中には奉行所の者や、名だたる剣豪までその被害にあっている。



「今回は、目撃者がいたんでしょう?」

「あぁ、それが……犯人は女人だと…………」

「女人……?」


 吉次郎は、その話を聞いて俄かには信じられなかった。


「女人に切られるなど……そんな馬鹿な話、嘘に決まっている」


 辻斬り討伐のために集まっていた武士達も、その話を信じる気にはなれないようだった。


 しかし、今宵は満月の夜。

 月明かりに照らされた犯人の姿が普段より見やすいはず。


 多くの人が見回っている中で、堂々とした犯行。


 足取りが掴めない。手がかりがまるでない。

 筵に横たわる死体を見ながら、吉次郎は憤っていた。

 だがしかし、彼はあることに気がつく。


「この人が切られたのは、いつ頃ですか?」


 傷口に、少しだけ、黒いもやのような、影のようなものが見えた気がしたのだ。


「ほんの、半刻ほど前だ」



 * * *



 一方、八百比丘尼は吉次郎の家族達に手紙をしたためると、誰にも何も言わずに荷物をまとめて家を出た。

 遠くの山で、狼の遠吠えが聞こえる。


「さて……出て来たのはいいが、これからどこへ行こうか?」


(夏も終わることだし、南の方へ行こうか? 冬は北へ行くと、寒いからな。食い物も少ない。いや、しかし、鍋料理は美味いからな……)


 何も言わずに出て来たことに、罪悪感もあり、気を紛らわす為に、わざと食べ物のことばかり考えていた。

 気がつくと吉次郎と過ごした日々を思い出して、涙が出そうだったからだ。


(…………今日が新月だったら、泣いていたかもしれないな)


 橋の上を歩いていると、緩やかに流れる川の音とは別に、足音が聞こえて来た。

 その足音は、一人分なのに、もう一人分、気配を感じる。


(なんだ……?)



 足音は段々と八百比丘尼の背後へ近づいてくる。

 そして、橋の上でピタリと止まった。


 月明かりに照らされて、振り上げられた刀が光る。

 勢いよく振り落とされた刀は、彼女が後ろを振り向く前に背中を斬った。


(斬られた…………!?)


 血しぶきが飛ぶ中、八百比丘尼のその青い瞳に映ったのは、緋色の瞳をした女が、恍惚とした表情でこちらを見下ろす姿。


 八百比丘尼は橋の上に倒れる。


 女は橋の上で奇妙な笑い声をあげたかと思うと、その場から立ち去ろうと踵を返した。


 しかし、彼女は不老不死だ。

 この程度の傷、すぐに元に戻る。


 女が握っているあの刀は、明らかに妖刀であった。

 妖刀に体を奪われているのだ。


(辻斬りの正体は……妖刀だったか————)


 妖刀が相手となれば、普通の人間には太刀打ちできない。

 このまま死んでいるフリで隙を見て、取り抑えようと思った時、最悪の事態が起こる。


「尼様!!!」


(吉次郎……!?)



 黒い影を追っていた吉次郎は、橋の上で八百比丘尼が斬られたのを目撃していた。


「待て……吉次郎!! そいつは————」


 八百比丘尼が叫んだのが先か、吉次郎が女に斬りかかったのが先か…………



 そのどちらよりも先に、妖刀が吉次郎の腹を裂いた。



「吉……次郎?」



 橋の上にまた、血しぶきが飛ぶ。






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