第13話 月下の憂鬱(1)


 八百比丘尼は、命を助ける代わりに、その人物の体が器になるという事を繰り返して、終わらない時を過ごして来た。

 起きている間は器本来の人格、寝ている間は八百比丘尼の人格が現れるようになり、意識がない時間を八百比丘尼に渡す事で、寿命が伸びていた。

 しかし、器自身は普通の人間のため、歳をとるし、本来の寿命が尽きるとその器に残るのは八百比丘尼の人格だけになる。


 八百比丘尼は、何人もの器の人生を経験していた。

 幕末の志士と剣を交えることもあったし、オリンピックに参加して、外国へ行ったこともあるし、戦争も経験している。

 男として生きたり、女として生きたり、時には、初めから老人として生きることもあった。

 それのどれもが、器の人生が終わりを迎える頃で、まるで自分がその人物の人生そのものを最後に奪ってしまったような、罪悪感を感じることもあった。


 そんな中、八百比丘尼が次の器としたのは、胎児だった。

 雪山で遭難しかけた時に、助けられた寺の住職の娘が双子を妊娠したのだが、その内の一人が病気にかかり死ぬ直前だったのを、彼女が器になることで救ったのだ。


 そして、双子は無事に生まれた。

 双子の器となった姉の方はあかね、妹の方はあおいと名付けられる。

 偶然にも、双子は父方の祖母がイギリス人であった為、遺伝により、青い瞳を持って生まれ、一卵性の為、黒子の位置もほとんど同じだった。

 特に、両方の目の下にある黒子は特徴的だ。


 しかし、茜は元々短命だったようで、本来の人格はすぐに消えてしまい、八百比丘尼は赤ん坊の時から、七瀬ななせあかねとして人生を歩む事になった。

 それはまるで、新しい人生を一からはじめるような感覚だった。



 可愛い可愛いと育てられ、受けた愛情は、暖かく、幸せなものだった。

 世間では、経済が崩壊してから不景気だと呼ばれ続けている時代ではあるが、茜の家は比較的裕福な家で、家には常駐の家政婦もいるくらいだ。


 妹の葵も、すこし怖がりなところがあるが、心の優しいい子だった。


 そして、双子が幼稚園に通い始めてしばらくした頃、事件が起きる。






「茜ちゃん!!」


 茜は幼稚園の遊具から転落して、顔に大きな擦り傷ができる。


「茜ちゃん、大丈夫!?」


「だ……大丈夫!! 平気だよ、先生!!」



 これはまずいと思いながら、急いで顔を手で隠したが、小さな茜の手は、教諭によって簡単に顔から剥がされる。


 周りにいた園児も、先生も心配して茜の顔の傷を見た。

 しかし、心配とは裏腹に、茜の顔の傷は、見る見るうちに治っていく。


「え……?」


 この世のものとは思えない、茜のその様子に、幼い園児達も、教諭も恐怖を覚える。

 その日から、皆の茜への態度が変わった。



「ば……化け物!!」



 幸せだった、新たな人生は、たったの5年で崩れ去った————



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る