第14話 月下の憂鬱(2)
茜の傷が治る様子を見ていたのは、その場にいた新任の教諭と数人の園児だった。
すぐに傷が治ったという話は、見ていなかったものは信じられるわけがなく、そんなわけがないと、その教諭の方が咎めれる事になる。
その教諭は自分は間違っていないと、茜にわざと怪我をさせて、他の教諭達にその様子を見せようとした。
しかし、その教諭は葵と茜を間違え、怪我をさせられたのは葵の方。
茜と違い、普通の人間である葵の傷が治ることはなく、その教諭は幼稚園を解雇された。
普通の子供として、新しい人生を送ろうとしていた茜にとって、その事件が自分が人とは違う断りの中で生きているという現実を叩きつけた。
「茜ちゃん、幼稚園行かないの?」
「いかない。行きたくない」
パジャマのまま、自分のベッドに入ったまま動かずにいるにいる茜とは対照的に、葵は幼稚園の制服着替え終えている。
「どうして?」
「どうしてって……」
茜のベットに腰掛けて、首をかしげる葵の頬には、教諭に傷つけられた跡がまだ残っている。
幸い、深い傷ではなかった。
茜の治癒能力を使わなくても、人間本来の自然治癒力でやがて傷跡はなくなるものだった。
それでも、茜は自分が人と違うせいで、葵の顔に傷をつけてしまったことは、悔やんでも悔やみきれない。
茜は上体を起こして、消えかけている頬の傷を舐めた。
傷が綺麗になくなっていく。
「アタシは……みんなとは違うから、一緒にいない方がいいんだよ」
茜の傷が治る姿を見ていた園児達の多くは、幼いながらも、その異様な光景を目にしたことで、本能的に茜が異質なものであることを理解し、まるでそこには存在しないもののように、関わってはいけないもののように接するようになっていた。
今まで、一緒に遊んでいたけれど、その輪の中に、茜はもう入れてもらえない。
「痛かっただろう? アタシのせいで……」
「茜ちゃんのせいじゃないよ。悪いのは先生だよ。それにね…………」
葵は、壁にある鏡に映る自分たちの姿を指さして言った。
「見て。葵は、茜ちゃんと同じだよ。茜ちゃんは、みんなと違わなくない。葵と同じだよ?」
青い瞳に、両目の下に黒子。
同じ顔をした双子の姉妹は、鏡の中でも、鏡に映したかのように、そっくりだ。
(あぁ、これじゃ、どっちが姉かわからないな————)
葵の言葉に、茜は救われる。
茜は何があっても、この子を守ろうと心に決めた。
* * *
今の幼稚園いづらくなった茜は、両親が別の幼稚園を探している間、病弱なふりをして、あまり部屋から出ないようにしていた。
ところが、残念なことに元気だった葵が原因不明の病に罹る。
地方にある大きな病院に入院することになり、その準備の為、両親は茜を家政婦の佐藤に預けて、3日ほど家を開けることになった。
「茜、ママ達は少しの間お家を留守にするけど、ちゃんと佐藤さんの言うこと聞くのよ?」
「うん、わかった。行ってらっしゃい」
父に抱かれながら辛そうな表情でぐったりとしている葵と、荷物を抱えた母親に手を振る。
本当は、ついて行きたかった。
何が原因かわかれば、こっそりと両親の目を盗んで、茜の治癒能力を使えたかもしれないが、そうはいかず…………
いつも隣のベッドで寝ていた葵がいない。
静かすぎる夜を迎えたが、葵の体が心配で、中々寝付けずにいた。
(……? なんだ?)
夜だというのに、何かが窓の外で光った。
茜はカーテンを開けて、外を見る。
はらはらと雪が舞う中で、前方の大きな湖の中から見たことのない青い光の柱が、天高く伸びていた。
(あれは…………確か————)
その湖は、玉藻前が封印された、殺生石のある玄武の湖畔と呼ばれている場所だった。
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