相合傘

口一 二三四

相合傘

 雨の日はどうにも気分が沈む。

 降水確率十パーセントが当たった時は特に。

 折り畳み傘を持ってきてないならなおさら。


「……普通さ」


「ん?」


「こういう時ってどっちかが持ってたりしないものなの?」


 ザーッザーッとすごい音を立てて振り続ける雨粒は、落ちれば落ちるほど地面を削り、抉れたそこに水溜まりを作る。

 どんより流れる曇天はいつ止むのかの判断を狂わせ、どうしようもない事実がため息となって肺から滑り出てくる。


「あー、そんなことオレに言われてもなー」


 理不尽な文句に間の抜けた表情を覗かせるのはアタシの彼氏だ。

 付き合い始めたのは一年前。知り合ったのだと二年前。

 入学したてで指示された教室がわからずオロオロしていたところを助けてくれたのが最初。

 もっとも、当時はまだ彼氏でも無かった彼も道に迷っている最中で、助けてくれたと言うより一緒にあちこち歩き回ったっていうのが正しい。

 そこからなんとなく顔を合わせて、なんとなく話しをするようになって、なんとなく連絡先を交換して、なんとなく他愛ないやりとりをして、なんとなく遊ぶようになって。

 なんとなく、付き合うことになっていた。

 切り出したのは確か、彼からだったと記憶している。


「こうさ、「いや~ん雨降ってきた~傘持ってないどうしよ~」「ほら、オレの傘に入れよ」みたいな流れで小さい折り畳み傘の下お互い肩濡らしながら寄り添って帰るみたいなの、あってもいいと思うんだけど」


「えっ、なにそれ。そういうのやりたいタイプだったの?」


「そういうわけじゃないけどさ。なんか、恋人同士っぽいかなって」


 アタシの小芝居を呆れたような、心底どうでもいいような顔で眺めた彼は、フッと鼻で笑うと「今どきドラマでもねーわ」と呟いた。

 恋人になったのがなんとなくならその後の距離感もなんとなくだ。

 二年前出会った頃から今までなにも変わっていない。

 顔を合わせ、話しをして、遊ぶ。

 キスも無ければハグも無い。

 ましてやさっき話した相合傘のような、恋人同士で盛り上がるような出来事。

 アタシ達には皆無だった。


「……ねぇ」


「ん?」


 別にそれが不満と言うわけじゃない。

 話は合うし一緒にいると安心する。

 でも時折ふと不安になってしまう。


「アタシ達ってさ……付き合って……るんだよね?」


 彼の言った関係と、アタシが思い描く関係は、違うんじゃないかって。

 アタシだけがなにか勘違いをしていて、彼はそれに合わせてくれてるだけなんじゃないかって。


「…………」


 沈黙の中、雨の音だけが響く。

 学年ごとの下駄箱が置かれた場所には誰もいない。

 その片隅でアタシ達二人は、何かを確かめるように向かい合っていた。


「……熱でもある?」


「無いわよ!」


 それも一瞬で、彼の空気が読めない発言でぶち壊しとなる。


「いやだってそんなのわかりきってることだろ?」


「わからないから聞いたんだけど!?」


「オレ告白したじゃん」


「だから! それが! その……」


 どういう意味での、告白だったのか。

 聞こうとして口ごもってしまう。

 このまま続きを言えば今の関係が崩れてしまいそうで、急に恐くなった。


「……あー、じゃあさ」


 俯くアタシを気遣うように、彼は軽い口調で話しかけてくる。

 けれどそこにいつものやる気の無さとか、気の抜けた様子は無くて。


「そっちはオレのこと好き?」


 真面目に、真摯に。

 さっきアタシが聞いたことへの返事みたいに問いかけてきた。

 少しの間、言葉の意図がわからなかった。

 そんなの好きに決まってる。

 そうじゃなかったら一緒にいないし、こんなモヤモヤもしない。

 それぐらいわかってよ、と。

 文句の一つでも言おうとして、気がつく。


「……好き、だよ」


 人のこと言えた義理じゃない。

 アタシだって、この二文字を。

 今まで彼に、ちゃんと伝えていなかった。


「オレも好き。つまり両想い。告白は済ましてるから恋人同士。わーおハッピーエンド」


 茶化すように拍手をする彼を直視することができない。

 初めて口にしてみると、積もりに積もった想いが一気に押し寄せて来て、それがなんだか、苦しいけど嬉しくて、満ち足りていて。

 とてもとても、恋人同士っぽくて。


「……おっ、雨止んだな」


「……うん」


「それじゃあ帰るか」


「……うん」


 恥ずかしくて恥ずかしくて。



 傘の無い空の下。

 彼の隣で寄り添うぐらいしかできなかった。

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