九話 唇を奪った
「分かった、分かった。確認すりゃいいーんでしょ!」
勇が話をしてるのは二十代前後の若い女の子の店員さんだ。勇と会話してる時の笑顔が可愛らしく、夏らしく肌が日焼けしていて髪を染めている。
わざわざ見に行くのがちょっと面倒くさそうだったが、半パンに半袖姿の彼女は、海の家の近くにある女子トイレに走って確認しに行ってくれた。
暫くした後、彼女はまた走って戻ってくる。
「んー、別にいなかったよそんな子達。今頃ナンパでもされてるんじゃないの? 彼氏なんでしょ! せっかくの海なんだからずっと一緒にいたら良かったのに」
「まぁ、そうなんだけどね··········」
はっきり彼氏であるとは言えない状況であるのだが。
──苦笑いをするしかない。
そりゃずっと一緒にいられたら良かったが、なんせ女子トイレに迄着いていくなどという変態なことはできっこ無い。
男子とは違い、女子トイレには行列ができていたが、その列に並んだことは知っている。
「根暗、じっとしてても時間の無駄だからその辺探しに行こうぜ」
「うん、そうだね自分達で探そう!」
やっぱりあんだけ可愛いくて美人だったらナンパされてるのかもしれない。
そう思ったらいても立ってもいられなくなり、彼女達のことを探しに急いで海の家を出る。
辺りを見回してもそれらき子がいない。あんだけ可愛くて美人だったら目立つんだけど··········。
二人で海の家周辺を走り回って探す。確かこっち方面にコンビニもあったよな。もしかして買い物でもいったのか? 僕はコンビニ方面に向かい、反対側を勇が探す。
陰キャな僕は一人になるのが不安だったけど、二人で手分けをして探すほうが早く見つかると思ったから左右に別れて探すことにした。
「もう、辞めてってば!」
走り続けていたら突然聞きなれた声が聞こえてきた。
──明美だ。
「触らないで、腕離してよ!」
桃花の声も聞こえてくる。
(何処だ?)
立ち止まり辺りを見回していると、コンビ二から此方に横断歩道を渡りながら歩いている明美と桃花を見つける。
ところが二人は男三人組からナンパされているのが分かった。
(これはめちゃくちゃヤバいぞ!)
最悪な展開である、陰キャな僕に男三人を退治できるのか不安になりながら勇がこっちに気付かなか振り返るけど、遠くに行ってしまったのだろう姿が全く見えない。
(くっそー、頼りになる男がいないなんて)
目の前の光景を目の当たりにしながら固まる僕だったけど、何がなんでも彼女達を守ってやらなきゃいけないんだ!
そう思い、僕は握り拳を作るとそのままナンパされている明美と桃花の元へ駆けつける。
「その手を離せ!」
僕は勇気を出して声を発した。
「なんだてめぇ?」
男達が僕を囲む。筋肉質のマッチョな男達に囲まれキョドりながら、僕は一人の男として覚悟を決めた。
「早く此処から離れて」
僕はアイコンタクトをしながら彼女達にそう伝えると、明美と桃花はうんと頷きその場を立ち去っる。
「オイオイ、兄ちゃん何してくれてんの? わかってるよな!」
そう言われた後、一人の男が僕に殴り掛かろうとしてきたのだ。
喧嘩なんかしたこともないのだからどうしたらいいのか分からない! 怖くて目をつぶった瞬間、頭を下げたのは間違いない! 僕はその拳を運良く交わす。
ところが二発目は全然交わせなかった。思い切りみぞおちにパンチを食らい、身体が飛んだ。
僕はその直後息が出来なくなりうずくまるしか無かった。そんな僕を見て笑いだす三人の男達。
(もう勘弁してくれよ)
そう思っていると、僕の目の前に勇がやってきて、身構える
勇はキックボクシングのジムに通っているのを、こっそり教えてくれたことがある。
蹴りを繰り出すとヤバいと思ったのか、男達はいなくなりナンパ男を追い返していた。
勇はやっぱり流石だなと思いながら、自分が情けなくなりつつ、歩けるようななってから海の家に戻ると、明美と桃花に一番初めにお礼を言われたのは僕だった。
「さっきは助けてくれてありがとう」
モジモジして頬を赤らめながら明美が言ってきた。
「根暗がいなかったらどうなってたことか。本当にありがとう」
桃花も照れ臭いのか。顔を下に向けながらお礼を言ってくる。
「うん.......無事で何よりだよ。でも、僕は弱いからパンチを食らっちゃってね。厳密に言うと、二人が逃げた後、ナンパ男達を撃退してくれたのは勇なんだ! 僕も助けてもらったからね」
僕は事実だけを話して伝える。
「でもさ、あん時は根暗くんしかいなかったでしょ。その時逃げてって言ってくれたのは根暗くんじゃない。全然弱くなんか無いわ! とろで私達の為に受けたお腹は大丈夫?」
明美が心配そうにお腹をさすってくれると、桃花も心配そうに僕を見つめる。
「もう大丈夫! パンチを食らった直後は、全然息が出来なくなって死ぬかもって思ったけど、もう良くなったから」
「それなら良かった。 親友に死なれたら困るもん」
明美が口にした『親友 』という言葉を耳にして、僕の頭の中はポカンとなり、やっぱり亡失したんだと確信する。
「明美は根暗と付き合ってるじゃないのかよ!?」
僕が聞こうとしていることを勇が先に聞いてくれた。
「付き合ってなんか無いわよ! 私と根暗くんはずっと前からの親友だもの」
ニコッと笑みを浮かべながら話す明美は、本当に今までの事を忘れてしまっている。
「それなら、明美は自分が事故にあって入院していた記憶はあるのか?」
勇に聞かれると、明美は入院したことだけは覚えていると話した。お見舞いに僕が来てくれたことも覚えているという。
更に、それならばと、その後引っ越して根暗くんの家で暮らしていることについても勇が伺うと、その事も知っていた。
「でも、何で根暗くんの家で三人で寝てるんだったかしら!?」
何故かの部分だけ抜けてしまったせいで、理由が分からずにいる明美は、困惑した表情をしている。
「根暗と明美が付き合ってたからよ! 忘れちゃってるみたいだけど。これは事実よ」
ずっと話を聞いていた桃花が、明美にズバッと話して伝える。
「私が一緒に寝てるのは根暗くんが好きだからよ。彼女デある明美にお願いして、寝るの一緒にしてもらったんじゃない」
羨ましそうに話しを聞く勇がいるが、構わずどんどん話を進めていく。
「明美は色々忘れちゃってるみたいだけど、根暗くんの事を思い出せないなら、私が彼女になってもいいのかしら?」
グイグイ聞いていく桃花に圧倒されてなのかな、明美は頭を傾け暫く考えた後、ゆっくり話し出した。
「私亡失しちゃってるみたいだけど、事実だった事を聞てもどうしたらのか分からないわ。だから、桃花が根暗と付き合ったとしてもそれは仕方ないわね」
僕は仕方ないという明美の言葉を聞いて悲しくなる。あんだけ僕の事を好きでいてくれたからだろう。
その出来事を全部僕は忘れていないんだから、明美と離れるなんて考えられなかった。
(親友になんか戻りたくない! 好きなんだ··········)
「ごめんね、なんか私のせいで変な空気にさせちゃってるみたいで、早く海入って遊ぼうよ! せっかく遊びに来たんだもん。今は楽しもうよ。今度はペア変えて海入ろう?」
僕は動揺してるのに、明美が急にそういうと、まだ明美が好きな勇と、僕が好き桃花はそれに賛成し、さっきとはペアをチェンジして海に入ることになった。
「えへへ、根暗を独り占めできて嬉しい」
そういうと、浮き輪を取りに行ってきた桃花が、浮き輪を持ったまま僕の腕にくっつき絡みついてきた。
「いいじゃん、ちょっとくらい優しくしてくれても」
僕が怪訝そうな顔をしていると、桃花が急に怒りだした。
「ごめん。そうだね··········」
僕は自分のせいでせっかく遊びに来たのに、それを全部ぶち壊してしまいそうになり謝った。
明美だって楽しもうとしている。今は楽しもうと言ってくれていたんだから、そうしないと··········。
僕は気持ちを切り替え桃花と一緒に海に入ると、代わる代わる浮き輪を使い、海に入って楽しんだ。
少し離れた場所にいる明美も楽しんでいるのだろう。表情を見て笑顔になってるのが分かる。
こうして、また暫くするとペアを変えて海に入っているのを繰り返していると日が暮れてきたので、僕達は旅館に戻ることにした。
シャワー室で身体を洗った後、明美と桃花は女将さんに呼ばれて別の部屋に行ってしまったので、自分達の部屋まで僕達は部屋に戻ることに。
「なぁ、根暗」
「··········ん!?」
今日はこれから花火大会を見に行くことになっているのだけど、そこでもう一度自分の気持ちを伝えたらいいんじゃないかと提案された。
もう一度告白するなんて考えてもなかった。頭中が真っ白になり、何も考えられなくなる。
でも、なんて言ったら良いんだろう! 焦ってるからだろうか、なんて言えばいいのか分からない。
「うわぁぁぁ、なんて言えばいいんだろう! 勇どうしよう!」
僕は目の前にいる勇に助けを求める。後数時間したら花火大会始まってしまうのだ。
「根暗、そんなこと自分で考えろよ!」
当たり前の事をいわれる。でも、そんなこと自分だってわかってるんだけどね。
「へへへ··········わかってるけどさ」
僕は明美になんて伝えたらいいのか、考えれば考える程、よく分からなくなりため息をついた。
「はぁ··········」
勇がそんな僕をみて少し呆れている。
「いいか、考えちゃ駄目なんだ! 自分の思ってる事を伝えたらいいんだから」
そういうと、僕の目をじっと見つめ、大丈夫だから自信持てと言われた。
普段の会話なら、素直に「はい」が言えるのに、緊張からなのか上手く返事が出来ない。
「しっかりしろよ! なるようになるさ」
「うん」
僕は勇の真剣な眼差しに頷き返した。
「大丈夫、失敗したら何度でもアタックしたらいい。明美は他にすきな人がいるわけじゃないだろ、俺が告白した時は根暗のことが好きだったから諦められたんだ」
「ううっ··········」
その時のことはもう気にしていないという。実際、失恋してからも今日までずっと好きだという気持ちは抱いたままだけど、他にすきな人が現れたらまた変わるだろうから、頑張れと背中を押してくれた。
「なんだ、心配そうだな! 告白の練習でもしとくか?」
「れ、練習··········あわわわっ」
「そうだよ、俺を明美だと思って練習したらいいじゃんか?」
練習に付き合ってやってもいいと言われたけど、ちょっと··········いや、かなり恥ずかしい。
「だ、大丈夫だよ! 勇ありがとう」
なんだよ、それはないだろって、言いながら、脇腹をくすぐられた。
「ははははっ、勇くすぐったいから辞めろよ!」
良かった! 根暗が笑ってるから、これなら大丈夫だろって安心してくれた。
でも、本当はそう言ってくれたのが嬉しかったし、本当は練習したい気持ちでいっぱいになり感謝している。
でも、陰キャな僕は、人前で練習なんて考えたら、可笑しくなりそうだった。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
☆
「お待たせしましたー」
桃花の元気そうな声がしたかと思うと、部屋に入ってきたのは浴衣を着た明美と桃花だった。
「か、可愛い! 何より美しい」
目の前にいる二人を見て僕の胸はキュンキュンと高鳴る。
でも、明美は恥ずかしそうな顔をして照れ臭そうにしている。
「ど、どうかしら?」
ドキドキしてるのだろう。明美がモジモジしながら聞いてきた。
「すっげー可愛い!」
僕はそのまま自分が思った事を口にする。
「えへへ」
恥ずかしそうな顔をしたまま明美は照れ笑いをする。
「二人共凄く可愛い、とても似合ってるじゃん。でも、どうしたんだよその浴衣?」
勇は気になるようだ。
「うん、女将さんがわざわざ私達の為に用意しておいてくれたんだよ! 根暗のお母さんから女の子二人来るって言われて、すぐ用意しておいてくれたんだって。着付けも全部してもらっちゃった」
髪型も可愛くまとまっている。僕が髪型についても二人に聞くと、まとめてくれたのも女将さんなのだという。アップにまとめて可愛いい髪型も出来るだなんて、とても器用な人なんだなと思った。
丁度そこへ女将さんがわざわざ部屋に足を運んで来てくれたので、僕からも御礼を言う。
「二人共とても似合うわ。帯締めしてるけど苦しくないかしら!?」
「はい、大丈夫ですよ··········えへへ。実は初めて浴衣を着たんです。苦しいかと思ってましたが全然大丈夫みたいです」
明美は初めて着た浴衣姿を部屋にある姿見で見て嬉しそうにしている。
「私も大丈夫です。前にも着たりしてるので慣れてますから··········」
桃花は何度か来たことがあるのだという。桃花も姿見で確認して照れながら答える。
「良かったわ。上手く気付けることができて。娘みたいなもんだから、二人共可愛くて仕方ないわ。男の子用の浴衣も用意してあるから、良かったら来てみない?」
僕は勇のほうを見ると、うんと頷いているので、僕も浴衣を着させてもらことにした。
「いってらっしゃい。私達はお部屋で待ってるからね」
僕達は明美と桃花に見送られながら、着付けをしてもらいに部屋を移動する。
「女将さん、ところで浴衣はどうしたんですか?」
勇が聞くと、女将さんは、浴衣は何着か元々旅館にあり、希望される人に着付けをしてあげているのだと教えてくれた。
今回僕達が泊まりに来ると言うので用意しておいてくれたのだという。
僕達も急いで浴衣に着替えてから部屋に戻る。
「へぇー、根暗は浴衣似合うんだね」
桃花が浴衣姿の僕を褒めてくれた。
普段着ることなんて無かったから、似合っているのかなんて鏡を見てもよく分からないが、似合っていると言われて安心する。
明美にも聞いてみると、似合ってるよと言ってニコッと笑ってくれた。
花火大会は目の前の会場で行われる為、花火大会が始まってから出発するんでも間に合う訳だけど、屋台が出ているのが部屋の窓から分かると、早く行きたくなってきたらしい、皆が早く行こうと口々に言い出し始める。
そういえば、夜ご飯は屋台で食べるってことになっていたのを思い出す。
「そうだね、お腹すいたし何か食べに行こうか、僕が奢るよ」
僕は父さんから貰った小遣いの入った袋を取り出すと、財布に入れ直す。
根暗におごって貰えるなんてラッキーじゃんと勇に感謝される。
明美と桃花も嬉しそうだ。明美はこのお金が父さんから貰った小遣いである事も忘れちゃっているらしい。
☆
外に出ると、美味しい食べ物の匂いで充満している。
──ぐぅーっと明美のお腹が鳴った。
「えへへ」
すると僕の、お腹もぐぅーっと鳴ったので 、明美に見つめられ二人して大笑いしてしまった。
「じゃあ、お二人さんまた後でな。俺達は二人で屋台回ってくるから、花火始まったら此処に集合な。今度ラーメンでも奢れよ」
「うん、分かった」
桃花は僕と一緒に居たそうたったけど、勇が桃花の腕を掴むと少し強引に連れて行ってしまった。
「じゃぁ、一緒に見て回わろうか」
「うん、そうする。えへへ」
歩き始めると、すぐに明美が腕に絡まり付いてきた。
(あれ、今までま通りに戻ったのかな?)
腕に明美の柔らかいそれがぶつかり、僕は勝手に戻ったんじゃないかって思った。
「えへへ」
明美の顔を覗き込むと照れている。
会場には焼きそばやたこ焼き、お好み焼きやフランクフルト、じゃがバタにりんご飴やかき氷、あるもの全部僕と明美が好きなもので溢れている。
「ねぇ、明美どれが食べたい?」
僕は明美に選んでもらう。
「んー、沢山あるから迷っちゃうなぁ! えへへ」
沢山ありすぎて目移りしているようだ。
「いいよ、お腹に入るだけ奢ってあげるから」
「本当に! ひゃっほい」
子供のように覇者いで嬉しそうだなと思いながら、僕は幸せそうな明美と一緒に大勢の人混みを掻き分けて前に進む。
「ねぇ、お腹空いてるから先ずこれ食べようよ!」
そういって指さした先はお好み焼き屋さんだった。行列が出来るほどなのだから美味しいのだろう。
味に期待しながら並ぶ。暫くしてから後ろを振り向くと僕達の後ろに物凄い行列が出来ている。
「根暗くん、こんなに並んでて凄いよね! ワクワクしちゃう」
そうこうしていると僕達の番がやって来た。
「いらっしゃい、お二人さんはカップルだね。正解だろ!?」
屋台のおじさんにそう言われた。
その質問にイエスもノーも答えないうちに、おじさんが、「カップルにはおまけしてやるよ」と言って少し多めに入れてくれた。
二つ注文しようとしたけど、明美が色々食べたそうだったから一つだけ注文してなかったのでとてもラッキーだった。
「ねぇ、私達カップルに見えるんだね··········」
「あははっ、そりゃ男女でいたら見えるよ! 明美も僕にくっついてたし」
(あれ、戻ったんじゃないのか)
「えへへ··········、前に付き合ってたって言ってたからくっついてみたんだよ! 前はこんなだったのかな?」
「あ、うん··········そ、そんな感じだったよ」
「屋台でおまけして貰えて良かったね。このままカップルしてるといい事また起こるかもね!」
「う、うん、そうかもね」
一緒にお好み焼きを食べた後、また腕に絡みつく明美。僕は胸のドキドキが止まらなかった。
それにしても、いつ告白したらいいのだろうか、今は良いことがあるかもしれないからカップルの振りをしている明美··········。
前に付き合ってたからと言って、告白したらまた恋人同士に戻れるという保証は何も無いのである。
(やっぱり今すぐ告白するのは駄目だよな!)
メインの花火が上がってもいないのに、早く気持ちを伝えたくて仕方が無いのだけど··········。
今気持ちを伝えたとしてもし断られたら、花火を見る前から気まづくなってしまう。
花火のことよりも、いつ自分の気持ちを伝えようかってことばかりが頭の中をぐるぐる駆け巡る。
陰キャな僕は結局勇気が出せなくて、花火が始まる迄の間に告白することは出来なかった。
仕方が無いので、今はその分屋台を楽しむことにする。
腕に絡みつく明美と一緒に、焼きそばを食べ、フランクフルトやかき氷、どれも一つ頼んで分け合って食べたので色々食べた。
「お腹いっぱいになっちゃったね」
満足そうな明美が僕を見て微笑む。
「うん、そうだね、でもまだ時間あるよ、もう食べなくて大丈夫?」
「うん、私は大丈夫だよ。根暗くんはまだ何か食べたら?」
「僕も良いかな! 明美が食べないなら辞めとくよ」
早めに人混みを掻き分けながら集合する場所まで戻ると、先に勇と桃花が戻ってきていた。
「あれ、もう居たのね。二人は戻ってくるの早かったの?」
明美が聞くと、桃花が未だ戻ってきたばかりだと答えた。
「あのね、びっくりするかもしれないんだけど、私達今日から··········たった今から付き合うことになりました。てへへ」
頬を赤くしながら桃花が突然言ってきた。
今は恋する女の子の顔になっている。
「ええーっ! 何がどうなってそうなったんだよ!」
僕は突然の出来事にあまりにも驚いてしまい、驚きの声をあげる。
「ま、なんだ、その、成行で··········ね」
勇も少し照れながら言う。
僕は二人の距離は縮まることなんか無いと思っていた。お互い思っている人がいる二人にとって、距離が縮まることなんて無いって。
このままずっと同じ距離を保ったまま突き進んでいくんだとばかり思っていたのに、まさかの展開が訪れ少し羨ましかった。
僕達はいったいどうなっていくんだろうか。明美とはこれから先もずっとこんな感じなのだろうかと思ったら少しばかり辛くなる。
「勇くんと桃花ちゃんおめでとう。お似合いのカップル誕生だね。えへへ」
突然のお似合いのカップル誕生で、明美は二人を見ながら嬉しそうにしている。
「明美はさ、根暗のことが好きなんじゃないの?」
桃花に言われて明美は困った表情をしている。
「だって付き合ってたんだよね? キスだってしてたよね··········」
桃花は、明美が困っていることに気付いているだろうに話を続ける
「こら、記憶忘れてちゃってるんだから、そんなこと聞くなよ!」
勇に言われてはっとする桃花。
そんな中、色々言われて困惑する明美は、気付いたらこの場から走り去っていた。
僕は走り去る明美を引き留めることが出来ず、全力で走り去る明美を追いかける。
「待てってば··········、明美待ってよ!」
僕より体力があるだろう明美との距離がどんどん開いていく。
浴衣姿で、下駄を履き走りずらいはずなのに、全く追い付かないのが悔しくて、距離を縮めようと必死に走って追いかけた。
大分走ったであろう··········僕は息切れがしてもう走れなくなってしまい立ち止まる。
──はぁ、はぁ、はぁ··········。
喉がカラカラになりその場に座り込見ながら、もっと遠くに走っていったであろう明美を探すように視線を送ると、目の前に現れたのは水の入ったペットボトルを持った明美だった。
「これ飲みなね」
そう言うと、持っていたペットボトルを僕に差し出してきたので、受け取るとゴクゴク喉を鳴らしながら一気に飲んだ。
走った後だからだろう、水が凄く美味しい。僕は潤って生きた心地がした。
「あ、明美ありがとう」
「ううん、こちらこそありがとう」
僕が明美に御礼を言うと、明美からも、追いかけできてくれたことに対してありがとうと御礼を言われた。
「まさか根暗くんが追いかけて来るとは思っていなかったから、追いかけて来てくれたことがとても嬉しかったよ」
「そっか、へへへ 、でも、さっきは嫌だったろ! でもな、桃花も悪気があって言ってるんじゃないと思うんだよ。だから許してやってくれないか?」
うんと頷く明美。どうやら、桃花の言っていることが悪気があっての事ではないということは理解しているようだ。
「何かごめん··········やっぱり私のせいなんだよね」
泣き出しそうになる明美の肩に両腕を回して抱きしめると、頭を撫でてやる。
「気にするな! 僕は全部受け止める」
明美が、悪いわけじゃいんだから、今はそれしか僕にできることは何も無い。だから何もかも全部受け止める。そう思ったからその気持ちを素直に伝えた。
「ところで、下駄で走ったけど足は痛くなってないのか?」
履きなれてない下駄で足を痛めていないか確認してやる。
少し痛いけど、歩けるから大丈夫だよ! と言ってくれた。
「根暗は嫌な思いしてるはずなのに、怒らないし、何も文句も言わない! ずっと優しいね」
「そっか··········」
優しいと言われて何だか急に照れくさい。
そろそろ花火大会が始まる時間が迫ってき
た。
「なぁ、明美、花火が始まるけどまた元の場所に戻るか?」
「··········」
顔を横に振りうんとは頷こうとしない。
今は戻りたくないのだろう。僕は無理に戻るのも嫌だったので、明美と此処で二人きりで楽しむことにした。
とりあえず、ポケットの中に折りたたんで入れてあった小さく折り畳んであるスーパーの袋を取り出すと地面に敷くと明美を座らせる。
「ほらせっかくだから此処に座って花火みようよ」
「うん、ありがとう」
座った途端に、丁度時刻は七時半になり、放送と共に花火大会がスタートした。
二人きりでみることになった花火大会。花火は水面にも映しだされ、それがとても綺麗でロマンチックだ。
「こんなの初めてだよ! とっても綺麗」
明美は花火が打ち上げられる度に空を眺めながら綺麗だと口にする。
飛び出した星が、パッと点になって広がるタイプの「匊」や、広がった星が尾をひくのが特徴の「牡丹」等、色々な花火が打ち上げられる。
「私この花火が好きだなぁ」
牡丹花火が打ち上げられた時、ポツンと呟いた。
「うん、この花火綺麗だね。でも明美の方がもっと綺麗だよ」
耳元でそっと伝えると、明美は頬を赤く染め、照れながら恥ずかしそうにしている。
「もう、根暗くんったら、お世辞が上手なんだから」
「でも、本当の事だよ」
「ありがとう」
明美は照れているのだろう。下を向いているけど頬が赤いからわかる。やっぱり可愛いなと思いながら、そんな明美の頭をポンポンして撫でてやる。
肩を抱き寄せ、カップルのように二人で一緒に見る花火も中盤に差し掛かかった時、僕は最後の花火ラッシュの時にもう一度告白しようと心に決める。
その時、いきなり肩ら辺をツンツンしてくる明美。
「ねぇ、根暗くん」
こっちを見つめながら明美が真剣なまな差しで声を掛けてきた。
「私、根暗くんのことが好き!」
「あわわっ、本当に?」
何故か聞き返してしまった。
明美は僕の目をしっかり見ながらうんと頷く。
まさかの明美からの告白で僕は嬉しいのに戸惑う。
「私達付き合ってたんだよね。これからもずっと一緒にいて下さい。私、色々なこと忘れちゃうから、旅館に戻ったら自分の手帳にちゃんと日記付けるね」
そういうと明美は小指を差し出す。
「ねぇ、私忘れたくないの! 日記つける約束破らないように指切りしよう」
僕も言われた通り小指を差し出し、明美と指切りげんまんをした。
「··········なぁ、明美」
「··········ん!?」
「僕も明美が好きだ。ずっと前から好きだったし、今も好き」
「えっ?」
花火の音でかき消されて僕の声が届かないのだろう。キョトンとしている明美ののとを僕は抱きしめると、明美の唇を奪った。
陰キャな僕だけど、明美しか目に入らないせいで人目なんて気にならない。
その後、花火は終盤に差し掛かり、フィナーレを飾るスターマインが次々と打ち上げられるのを二人で眺めた。
──Fine──
陰キャな僕は異性の親友に恋してる 東雲三日月 @taikorin
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