八話 頼りになる男友達

 お腹の音がなってしまい、部屋の時計を見ると十二時になる頃だった。


 僕達は三人で一週間レンタルで借りていた怖い系の映画を観ていたが、明美はまだ隣の部屋から出てこない。


 怖がりな桃花が、途中叫んだりしていたのだけど、その時でも起きてこなかった。


 しかも、隣の部屋からは何も物音が聞こえてこないのだから、明美はまだ寝ているということなのだろうか?


 今日は、貰い物のレトルトカレーが沢山あるから、お昼はそれを自分達で用意して食べるよう、僕は母さんから言われていたことを思い出す。


 十二時を過ぎたあたりで映画も終わった為、そろそろ食べようという事になった。


「根暗、明美はどーする? 全然起きてこないぞ!」


 勇に聞かれたが、このまま寝かしておくべきなのか迷う。


「ちょっと、根暗が起こしに行って来てあげなさいよ。もうお昼なんだからさ」


 どうするべきか迷っていると、桃花が視線をこちらに向けていった。


「そうだよな! 俺はまだ根暗達の寝室入った事ないし、彼氏である根暗が起こしに行くべきだな」


 勇にもそう言われ、僕は一人で隣の部屋に行く。


 ドアの目の前に来ると、ノックはせずに静かに部屋に入り、ベッドの所までゆっくり忍者のように忍び足で歩いて近づいた途端、服も着ずに薄い掛け布団だけをかけて寝ている明美が目に飛び込んで来た。


(ぐはぁっ、ど、どんな格好で寝てるんだよ)


 思わず釘付けになってしまったが、どう声を掛けて良いか分からなくなってくる。


 突然寝返りをうつ明美、僕の方を向いた瞬間少し掛け布団がズレて何も身につけていない胸元が見えてしまった。


 僕は慌てて目を逸らそうとしたのだけど、明美の其れが視界に入ってしまった。興奮て高鳴る僕の胸の鼓動。


「きゃっ!」


 急に目覚めた明美が僕の方を向いたまま、慌てて布団を持ち上げると、胸元を隠すようにしながらベッドに上半身を起こして座った。


「驚いたじゃない! 何、貴方はえーっと……」


 ──まさか僕のことわすれちゃってる?


「僕は根暗だよ! 陰堂根暗」


 名前を告げると、思い出したかのようにまた話し出した。


「そ、そう、そう……ちょっと根暗くん、私のこと襲いに来たのね?」


 そりゃ思春期真っ只中、襲いたくもなるが、今はそんなこと絶対出来ない。というか、勇気が無いからそんなの無理に決まっている。


「ち、違います! お昼だから起こしに来

 たんだよ。どう? 少しは眠れたかな?」


 目を丸くして、ちょっと驚いた顔しながら

 首を傾げる。


「えっ、嘘でしょ? もうお昼って、私ってそんなに寝てたの?」


 えええっ! そんなに寝てたならもっと早く起こしてくれたら良かったじゃんと、怒られてしまった。


「んんん……くぅっ……」


 せっかく声を掛けたのに怒っている明美だったが、突然頭をかかえ唸り出したものだから、僕はそんな明美の側に寄り添い、背中を擦ってやる。


「ん? 急にどうしたんだよ! 明美大丈夫なのか?」


 心配そうに聞くと何故かうんと頷く明美。


 僕は床に落ちている下着やら服やらを掴んで拾うと、明美にわたしてやる。


「とりあえず目のやり場に困るから先にちゃんと着替えろ」


 明美は渡された服を片方の手で受け取り、唸っていたはずなのにニコッと笑う。


「ありがとうね。直ぐに着替えるから」


 それならこの部屋から出て待ってると伝え、部屋を出ようとすると、寂しいから行かないで欲しいとお願いされた。


「あのさ、根暗くん、寂しいから後ろ向いて待っててほしいんだけど」


 寂しいと言われてしまったら待っててやるしかないだろう。


「分かった、此処で待っててやるからさっさと着替えろよ」


 僕は明美のことを見ないやうに、背中を後ろにすると、床にあぐらをかいて座わった。


「なぁ、さっき唸っていたけど本当に大丈夫なのか?」


 直ぐにケロッとしだしたものだから、さっきの起こった一瞬の出来事が何だったのか心配で仕方がない。


 本当はまだ辛いんだとしたら、着替えが終わったらやっぱり病院に連れてかなくては行けないのだろう。


「うん、大丈夫みたい! 急に頭痛みたいなズキンとする痛みが襲ってきたんだけど、もう治まったから平気」


 それでも、何だか心配な僕は、一緒に付いてってやるから一緒に病院に行った方が良いんじゃないかと提案する。


「えへへ」


 笑ったかと思ったら、着替えの終わった明美に思いっきり後ろから抱きつかれた。


「本当にもう大丈夫だから、いっぱい心配してくれてありがとうね」


 そう言た後、ずっと僕の背中から離れずくっついたままの明美。


「なぁ」


 背中に柔らかい感触を感じ、たまらず声を掛ける。


「ん? どうしたの何だか根暗くん顔赤いよ」


 一緒に暮らしているけど、こればかりは慣れない! 心臓が一気に跳ね上がりバクバクしだしておかしくなりそうだ。


「……」


 答えられずにいると、今度は僕の目の前に来てちょこんと女の子座りをする。


 その仕草が可愛いらしくて、目の前にいる彼女に見とれてしまい僕は固まってしまった。


 そのうち僕の顔に近づいてくる明美の顔。


 つややかな唇が吐息を漏らしながら僕の唇にゆっくり近づいてくるのがわかる。


 ──ゴクリ!


 僕が唾を飲みんだと同時に彼女の唇が僕の唇に触れた。


 そのうち明美から舌を入れ絡ませてきた。お互いの唾液を交換し、舌を吸い合う。驚く程に気持ち良い濃厚なキスをんん堪能する。


 その間、僕の胸の鼓動が高鳴だし、聞かれたら恥ずかしいのだけど、心臓の音が増していくのが感じられた。


 暫くし、唇が僕の唇から糸引きながら離れると、明美が目を細めて僕を見つめる。


 その視線がなんだかエロくて惹き付けられた。目線程エロいものはない!


 それから二人で部屋を出てキッチンへ向う。部屋を出る時、何故か部屋のドアか少し空いていたのだけど、自分が閉め忘れただけだったのだろうか? 少し気にななった。


(誰か部屋に来たのか……?)


 お昼を食べるためにキッチンにあるテーブル迄行ってみると、桃花と勇が僕達のことは待たずに先に席に着いて食べている。


 キッチンにある時計を確認すると、桃花の部屋に入ってから三十分も経過しているのが分かった。


 待っていて欲しい気持ちもあったけど、そんだけ待たされていたら空腹感は持たない! 先に食べているのも仕方のないことだろう。


 僕達に気づいた二人が此方を振り返る。


「すまん、俺のお腹が待てなくて先に桃花と食べてた」


「気にしてないよ! 二人を待たせちゃったんだから」


 勇と話をしていると、まだ食べている途中のはずなのにスっと席を立つ桃花、僕達に座っててと言ってご飯の準備をしに行ったらしい。


 キッチンに行ってから袋を開けてる音やレンジの音が聞こえてくると、明美もキッチンに向かった。僕も代わろうかと思い着いて行こうとしたのだけと、明美に待つように言われる。


「ありがとう、本当は私達がやらなきゃいけないのに。準備してくれて」


 テレビも消してある静かなキッチンの為、明美が桃花に話してる声が聞こえてくる。


「良いのよ、気にしないで! 私がパパっとやった方が早く食べれるわよ。だから、コップとかスプーンとか必要な物を運んでおいて」


「うん、分かった」


 キッチンから戻ってきた明美が僕の飲み物を持ってこっちに来ると、ニコッと微笑んでから手渡すと、

 また、キッチンに行ってしまった。


「ちょっといいか根暗?」


 未だ残っているカレーを口の中に頬張りながら、勇がはなしかけてくる。


「明美が普通に戻ったような気がするんだけど?」


 さっき明美が起きていた時は子供に戻ったかのような彼女だったのだが、どうやら起きてきてからは普段通りの明美に戻っていると感じられたらしい。


 確かにさっきまで可笑しいと感じていたけど、僕の唇を奪ってしてきたキスの時は普通の明美だったと思う。


 心配していたのだけど、心配して損をしたというのだろうか、要するにそんな必要なんて無かったのかもしれない。


「そ、そうだね、普通に戻ったのかもしれないね!」


 勇と話をしていると、キッチンからカレーを手にした明美が先に戻ってくるなり、僕にカレーを渡しながら何の話してるのか気になる様で聞いてきたので、大した話なんてしてないと済ませてしまった。


 その後、包丁の音も聞こえていたキッチンから戻ってきた桃花は、リンゴの入った器を手にしている。


「切って来たから皆で食べて!」


 なんだか歪な形なものも混ざっている。まさか、隣にいる明美が切ったのか? と思い聞こうと振り向くと照れ笑いをした。


 ということは、普段料理なんてしてこなかった明美もリンゴを切ってきてくれたということなのだろう。


「ありがとう! リンゴ美味しいね」


 気付くと、僕は目の前に置かれたカレーよりも先に、リンゴに手を出して食べていた。


「デザートは後よ! もう早いんだから!」


 桃花に突っ込まれると同時に、良かったわね! とウインクされた。


 一瞬ドキッとしてしまっまけど、桃花も明美の様子のことを言っているのだと直ぐに理解する。


 僕は明美には気づかれない程度に、小さく頷いた。


 食べ終わると食器を流しに運ぶ、今度は四人分ある食器を僕が片付けると言って食器洗いをする。


 でも、その前に勇と明美、桃花に僕お手製の珈琲を入れてあげた。


 今度はキッチンでは無くリビングのソファーに腰かけてもらい、寛ぎながら飲んでもらう。


「根暗の入れた珈琲お店のじゃん」


 勇が一口飲んだ後、珈琲を手に取ったまま話す。


「本当に美味しいよね! お金払ってもいいって思っちゃう程だよ」


 桃花も珈琲を飲んで笑顔で話す。


「根暗くん、お代わりできる?」


 明美がもう一杯お代わりしたいと言ってきたので、食器洗いが終わったらまた入れてあげると伝えると、勇と桃花からもお代わりが欲しいとお願いされた。


 急いで食器を洗っていると、僕の隣に来たのは桃花だった。


 テーブルに置いたカップに手がぶつかり、少しばかり珈琲をこぼしてしまったから、台拭きが欲しいくて取りに来たという。


 そして、こぼしちゃったことを申し訳なさそうに謝ってきた。


「せっかく入れてもらったのにごめんね」


「服汚れなかったか? また、入れてやるから待ってて」


 台拭きを渡すと、何故か直ぐには行かず僕のことを見つめてきた。


 なんだかわからないけど、そんなに見つめられたら、変に意識してしまう。


 それは、案外桃花も明美に負けて劣らず可愛いからだろう。


「ねぇ」


「……ん?」


「私見たわよ」


 突然そんなセリフを言ってきたので、僕の頭の中はまさか? まさか? まさか……とぐるぐる回り出した。


「な、なんのことかな? へへへ」


「うん、さっきの事だよ! ベロチュウしてたよね」


 僕の耳元でリビングで寛いでいる二人には聞かれないように、静かに話してきた。


「……うん」


「ほら、やっぱり。当たった、当たった」


 桃花が嬉しそうに言った。


「さっきドア開けて見たのかよ?」


 そんな彼女に、僕は突っ込んで確認する。


「ふふふっ、だってずっと来ないから気にになっちゃたんだもん! そしたらキスしてるから驚いた。まさかベロチュウしてたとはね。明美が羨ましい」


 そうか、後ろからそっと見ただけだからキスしてることしか分からなかったのか……。それなのに、質問に答えてしまったからキスだけじゃないことがバレてしまった。


「でも、諦めてないからね」


 ぷっくりした口からそう言うと、ふふふっと笑いながら、桃花はリビングに戻って行く。


 ──ゴクリっ!


 また、僕は唾を飲み込む。


 そんな状況を見ても諦めないだなんて、どんだけ好かれてるんだろうか! 桃花も諦めるということをしてくれないんだからどうかしている。


 なんだか嬉しいよう、早く諦めて欲しいような複雑な気持ちになりつつ、残りの食器を片付けると、お代わりの珈琲と共に、自分の珈琲も入れて一緒に飲んだ。


 ✩


 次の日、待ちに待った旅行当時!


 僕たち四人は、僕の両親に見送られながら駅へと向かった。


 ──こうして、電車に揺られながら景色を楽しみつつ、旅館に到着したのはまだお昼前。


「陰堂くんとそのお友達ね、ようこそいらっしゃいました! お待ちしていましたよ」


 事前に到着時刻を伝えていたからだろう、女将さんが直ぐに出てきて対応してくれた。


「これから部屋に案内するんだけど、荷物置いたら早速お掃除手伝ってもらって良いかしら……」


「……はい、手伝います!」


 僕以外の三人がキョトンとしながら僕を見つめる。


 部屋に案内されると同時に三人が僕に説明を求めてきた。


「おい、根暗、一体どういう事になってんだよ」


 勇が怒りながら聞いてくる。何も知らせて無かった僕が悪いのだが、そんなに怒らなくても良いじゃないか。


「根暗くん、私手伝いのことは何も聞いてないからね。私やらないわよ。だってせっかく来たんだから海入りたいじゃない」


 桃花にはやらない宣言をされてしまった。


「あ、あの……これには色々と事情がありまして……その、えぇっと」


 僕は上手く説明出来ずもごもごしだした。


「皆でお手伝いしましょう! 何か理由があるのよね……根暗くん?」


「あ、うん……」


「それなら仕方ないじゃない。きっと忘れられない旅行の思い出になるからやりましょう。海にはお手伝いの後行けるようにお願いしたら良いじゃない」


 明美だけが怒らず、手伝いすることを飲み込んでくれた。


「明美ありがとう! 僕がきちんと説明してなくてごめんなさい。皆も手伝いして貰えると助かります」


 僕は、今回母さんの提案に賛成して無かったら、今日の旅行が中止になっていた事を伝える。


 手伝いをする条件を飲んだことで泊まりを許して貰えたこと、その代わり旅館代が無料で泊まれることを伝えると、三人は納得してくれた。


「やっぱり理由があったのね!」


 明美が僕の肩をポンと叩いた。


「しゃーない、そんなら頑張って手伝いやろうぜ」


 腕まくりをして、勇はやる気満々になってくれた。


「根暗の話をきいたからね、お泊まりの許可貰うの大変だったわけか……それなら私も我儘言わず手伝いするわ」


 手伝いをしない宣言を出していた桃花も、僕の話をきいてから手伝いすることを飲み込んでくれた。


 旅館の三階にある部屋に案内された僕達は皆納得の元お手伝いをしに一階へと階段を降りていく。


 すると、一階にいたのは義人よしとさんだ。僕は皆に義兄を紹介する。


「この人は僕の親戚の義人さん、喫茶店のマスターをしていて、珈琲の入れ方を教わってる人だよ」


 僕が話終えると三人が義兄に挨拶をした。


「皆こんにちは、これからお手伝いもすることになってるんだろうけど、その後はゆっくりしていってね」


 義兄は、久しぶりに根暗に会えるからと家族で出かけがてら此処に寄り道しに来てくれたのだという。


「ところで、今日は友達と泊まりに来たんだろ! もしかしてこの中にお前の彼女が居たりするのか? ふへへ」


 義兄が興味津々で聞いてくる。


 ほら、ほら、と勇が明美のことをツンツンツンツンしてるのが分かったが、明美は何も言ってこない。


 普段なら前に出てきて、自分が彼女だの、婚約者だのと言ってくるくせに。


「この子が根暗の彼女ですよ」


 いきなり紹介しだしたのは桃花だ。それなのに明美はなんだか不機嫌そうな顔をしている。


「違います。私は根暗くんの親友ですよ」


(えええっ!)


 何故そう言ったのかは分からなかったけど、明美が親友だと答えるものだから、僕は一瞬耳を疑った。


 もしかすると、他の人には知られたくないのかもしれない。そう勝手にに解釈した僕は、明美の言葉は気にせず、彼女何てまだいないのだと伝える。


 この場にいる勇と明美も、口をぽかんと開いていたが、何も言わなかった。


「はははっ。変なこと聞いてごめんね!」


 義兄が謝った。その後も、僕達が一階のロビーで話をしていると、パタパタ走って来る足音が聞こえてきて、女の子が義兄に抱きついた。


「パパー早くお買い物行こう! お菓子買ってくれるんだよね」


 義兄には五歳になる一人娘がいる。


「うん、そうだね。でもその前に此処にいるお兄ちゃんとお姉ちゃんに挨拶をしようか。百合ゆりの従兄弟の根暗くんもいるよ」


「お兄ちゃん一緒に遊んでよ」


 百合は僕を見つけると、パパから離れて今度は僕のところにパタパタ突進して抱きついてきた。


「ほら、ほら、遊んでもらうのはまた今度だよ。今日はお出かけ行くんだからね!」


 ムスッとしたけど、またねと言ってパパのところに戻る百合。


 こうして、義兄から、夜の花火大会で会えたらまた会おうと告げられて別れると、僕達は女将さんのお手伝いをすることに。


 廊下やロビー等お願いされた箇所の掃除をすること一時間ばかり、ときどき時計を見ながらやっていたけど、時間が早く過ぎ去ったように感じる。


 怠けずに作業をしていたお陰で女将さんから皆が褒められ、お昼をご馳走して貰う。


「お肉もお代わりあるから遠慮なく食べてね! 」


 そういうと、カツ丼定食なる物を出してくれた。お昼用にと女将さん自ら作ってくれたという。


 そんな、料理上手な女将さん曰く、メイン素材である豚肉は、北海道にある希少なブランド豚を使用しているのだと教えて貰った。


「うはっ、めっちゃ上手いい」


 遠慮のない勇は、白米だけでなく味噌汁にカツもお代わりして食べている。


(勇は良くそんなに沢山良く食べれるな! しかも太らないんだろ、胃袋どーなってるわけ)


 勇が大食いであるということは知っている癖に、食べている姿を見て改めて驚く。


「ちょっとタンマ、勇はそれ流石に食べ過ぎだよ! もうお代わりおしまいね」


 桃花に突っ込まてれ、勇は食べるのを辞めた。


「そっか、根暗、俺ってそんなに食べ過ぎなのか?」



「う、うん……」


「本当に食べ過ぎなのか?」


「ま、まぁな!」


 自覚が無いのか何度も残念そうに聞いてくる。そんな僕の隣で……はなく、珍しく離れた場所に座っている明美が顔を下に向けて笑いだした。


「ふふふっ」


 笑いを堪えてるのか、小さく笑っている姿が可愛らしいくて仕方がない。愛おしいというのが正解なのだろうか。


 それよりも、何故僕の隣に何時も通り座らないんだろう? 僕は普段隣にいることに慣れてしまったせいか、いないということだけで寂しい気持ちになっていた。


「おい、明美、俺のことそんなに笑うことないだろ!」


「だって可笑しくなっちゃってさ、普通そんなに食べないじゃん。根暗くん見てみなよ」


 僕のをみたって仕方がない! 僕はお代わりなんかしないから、普通の男子より食べていない方だと思うからだ。


 僕達が食べ終わった頃、また女将さんが来てくれて、お手伝いはもう充分だから、この後はずっと好きに過ごしていって大丈夫だと言われる。


「せっかくの旅行だもんね、青春時代が羨ましいわ! 海には行くんでしょ。シャワーは自由に使って貰って大丈夫だから気おつけて行ってらっしゃい」


 目の前にある海、此処から数メートル歩くだけで入れてしまう。僕達はシャワー室の脱衣所を借りて水着に着替えて来ると、先に着替えが終わった僕と勇が日焼け止めを塗る。


 背中も塗りやすいようにスプレータイプにしたから、野郎同士でかけ合っていると、眼前に現れたのは、豊乳を携えた女の子二人、そう、明美と桃花だ。


 普段の制服姿から、二人共以外と胸があることを知っていたし、何より水着を買いに行った時に一度ばかり見ているはずであるが、これはヤバい!


(た、堪らん!)


 男であれば、その姿をひと目みたら誰しもがイチコロといった感じである。そこら辺に可愛い子は沢山いるが、美人でもあり、更に豊乳な女の子と言ったら数少ないだろう。


 鼻血が出そうになって慌てて興奮を抑えようとするが、興奮か収まらない


 二人とも明美は白、桃花はピンクで、花柄が散りばめられている大胆な水着姿にエメラルド色のパレオを身に纏っているが、豊満すぎる胸がいまいち隠しきれていない。


 勇はその姿にヘラヘラしているが、僕は興奮しつつも、二人がナンパされないか心配で仕方なかったが、当の本人達は何も気にしていない様子だ。女同士で日焼け止めを塗り終えると、早速海へと向かって歩いていく。


 目の前にある海の近くに海の家が設置されており、女将さんがそこを借りてくれたというので、名前だけ伝えると自由に使えるようになった。レジャーシートを持ってきていたけど、此処なら暑さも凌げるし、何より快適だ!


 二つ大きな浮き輪を持ってているので、明美と桃花がそれを使い、僕と勇が浮き輪に捕まりながら海に入りプカプカしていると、僕だけは視線を感じまくった。


 そう、その視線は明美と桃花に向けられている男達からの視線である。彼女が一緒にいるであろう男までもが此方を見てくるのが分かる。


(あっち向け、見てるんじゃねーよ)


 と言いたい気持ちだったが、何より陰キャな僕にはそう思うだけで行動が及ばない。


 頼りになる勇だが、今はデレデレしており、視線のことは気になっていないのだろう、全然頼りにならそうだど分かる。


 勇が桃花とペアを組んで、一応僕が明美と一緒にプカプカしているのだけど、桃花の視線も感じる。多分それは嫉妬なのだろう! 痩せ我慢してくれているのが痛い程分かのだが、そればかりは仕方がない。


 ところがまた、先程から明美の様子がおかしい。僕と一緒にペアになったけど、最初から僕と一緒に組もうとはしてくれなかったからだ。


「なぁ明美?」


「··········」


「明美ってば、聞こえてるだろ?」


「··········うん、どうかしたの?」


 海にプカプカしながら僕は気にっていることを尋ねることにする。


「その、僕達の関係なんだけどさ」


「うん··········」


 ──ゴクリと唾を飲み込む。


 僕は聞きたいのに言葉が詰まって直ぐに言い出せないでいたからだ。


「僕達って付き合ってるよね?」


「えっ?」


 明美は少し驚いたように答えた。


(う、嘘だろ··········何で驚愕するんだよ)


「あのさ、僕達··········キ、キスしたよな」


「··········ええっ」


 おどおどしだす彼女、何故か困惑しているようだ。


(どうしたって言うんだろう、まさか今までのこと全部忘れちまったのかよ?)


「ごめんね」


 一言、たった一言絞り出すように放った言葉なのだろう。


 それから暫くの間、僕達は会話することも無く静かにプカプカと佇む。


「私、何か大事なことを忘れちゃったみたいだね! 本当にごめん.......急にトイレ行きたくなってきちゃったから。一旦出ていいかな?」


 明美がそういうので、桃花と勇にも声を掛け、トイレ休憩にすることにした。


 女子トイレは混んでいるのだろうか、海の家の休憩スペースに勇と戻っていたが、未だ戻って来ない。


「なぁ、また明美可笑しくなってないか?」


 突然勇が心配そうに聞いてきた。


「うん、そうなんだ」


 僕はプカプカ浮きながら明美と会話したことを伝える。


「そうか、記憶が亡失したって訳か.......なんだか辛いな」


「うん」


 だからといって、どうしたらいいのか何て分からなかった。明美だってどうしたらいいかななんて分からないだろう。だから謝ってくれたんだ。


 せっかくの旅行で、楽しいことして、楽しい思い出ができると思っていたのに.......。


 こんなことになるとは想像が出来ていなかった。入院していた明美、退院した時、僕が明美の親友であるにも関わらず、僕のことを彼氏だといい出し、婚約の約束なんかしてもいないのに婚約者であると話した彼女。


 こんなことになることも想像出来た筈なのに、今迄一切してこなかった。幸せ過ぎて、この状況が一生このまま続くと良いなと思ったからだろうか、考える事をしてこなかった。


「ど、どうなるのかな? 僕達の関係」


「どうなるって、何とかして思い出して、貰うしかないよな!」


 勇に聞いたって、どうするといいかなんて分からないのに、答えてくれた。


(でも、何とかしてって··········一体どうしたら思い出せる物なんだろうか?)


「と、とりあえず愛してると伝えるしか無いだろ!」


 勇が少し照れながら答える。


「根暗がさ、明美のこと好きで離れたく無いならさ、何回でも愛してるって伝えてあげろ。そうすることで自分のこと思ってくれてるってなるだろ!」


 勇に背中を押してもらう。勇だってまだ明美のことが好きな筈なのに··········。


 俺にはこれくらなさいしかしてやれない、してやれなくてごめんと言われた。


「ううん、嬉しかった。勇の言う通りにしていくよ。アドバイスしてくれてありがとう」


 心の底から勇にお礼を伝える。そして、僕は僕の出来ることを全力ですることを決意する。陰キャな僕だけど、明美のことが好きなんだ。明美と離れるなんて想像ができない! 失いたくないと思った。


「それにしても二人遅いよな! 根暗、今何分なんだろう? 」


 僕達がここに座って相談に乗って貰っている間に時間だけが過ぎていったが、未だに二人が戻って来ない。


 その事に違和感を感じ、席を立ち二人を見に行くことする。


 と言っても、女子トイレに入って確認何かできやしない! どうするべきか悩んでいると、勇が海の家の店員さんに頼んで見てきてもらおうと言いだし、直ぐ店員さんのところへと行く。


 こんな時、やっぱり頼りになるのは勇だ。僕は思わず自分が男の癖に勇に惚れそうになった。

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