三話 二人の関係

 授業が始まってからも、僕はずっと明美のことが心配で仕方がなかった。


 昼休みになり、弁当を机の上に出しながら、男の癖に独りぼっちは寂しいなと思っていると、勇が来て、無理や僕の隣の席に座った。


「根暗の隣に座っても大丈夫だろ! 一緒にお昼食べようぜ……」


「うん、良いけど勇お弁当は?」


「俺はお弁当だったり、購買で買ってきたり色々なんだよ……今日は持ってきてないから買いに行くんだけど、根暗も着いてこいよ」


「ええっと……」


「ほら早く行こうぜ! じゃなきゃ俺の昼飯無くなっちゃうからさ」


 そう言われて、僕は勇に着いて行くことになった。


 普段、僕も明美もお弁当だから、購買でお昼を買うことは無かった。利用したことの無い購買部に行くのは始めてだったせいか、少しワクワクしながら勇の後ろをついて行く!


 購買部に着くと、お昼の時間帯だから凄い人だかりが出来ていた! 人混みが苦手だったけど、僕は人混みで揉みくちゃになりそうになりながら、必死で勇の後ろをついて歩いていた。


「根暗はそこの階段付近で待っててくれよ!」


「えっ……?」


「俺だけで買ってくるからさ、根暗絶対そこで待っててくれよな」


「あっ、うん、了解!」


 僕が階段付近で待ってると、少ししてから勇が女の子と仲良く話をしながらこっちに来るのが分かった。


 近づくにつれて、一緒にいる子が、クラスで明美と仲が良かった橋本桃香 はしもとももかだと直ぐに分かる。


「こんにちは……根暗くん」


 勇と一緒に近づいてきた橋本さんが僕に声を掛けてくれた。


「あ……あの、橋本さんこんにちは」


 橋本さんが明美の友達だと言うことくらい知っているけど、同じクラスなのに、普段話すことが無い彼女から声を掛をけられて緊張してしまった。


「おい根暗、俺が聞いてみたら、桃香が明美の入院してる病院先を知っていたぞ!」


 勇にそう言われたので、僕は橋本さんに入院先を教えて貰うことに。


「えっと、橋本さん明美の入院してる病院知ってるって本当なの? もし、知っているなら教えて下さい」


 僕は普段他の子と話さないので、勇気を出して聞いた。


「うん、良いよ。根暗くんは明美の親友だもんね! 特別に教えてあげるね。他の人達には秘密よ。絶対に誰にも教えないでね」


 橋本さんに念押しされた。


「わ、わかった、誰にも教えないって約束するよ! でも、どうして橋本さんは明美の入院先を知っているの?」


 その事がどうしても気になるので聞いてみる。


「病院の事だけど、其れは、私の母が看護師をしていて、たまたま母の勤務先に明美が入院したから知ってるのよ」


 そう言って、近所にある総合病院に入院してることを教えて貰った僕は、橋本さんに頭を下げて御礼を言う。


「それにしても、橋本さんのお母さんが看護師をしていたなんて知らなかったよ。教えて貰えて良かった! どうもありがとう」


 一応僕の母さんと明美の母親は知り合いらしいので、帰ってから、明美が入院してる病院のことは母さんに聞こうと思っていたけど、勇が橋本さんに聞いてくれたお陰で、もっと早く知ることが出来た。


 教室に戻り、勇とお昼を食べている時、僕は勇にも御礼を言った。彼女の入院先を教えて貰えたのは、勇のお陰だからである。自分から誰かに声を掛けるなんて出来っこなかっただろうし、ましてや女の子なんて無理に決まっている。


「根暗は俺の友達だからな! こんなことくらいして当然だよ」


「……当然……」


 仲良くなったばっかりなのに、当然と言われて驚いていた。


「だから、友達だろう! 俺達。俺の大切な友達何だから色々してやるんだよ」


「そっか、勇どうもありがとう」


 それにしてもこの量……勇は購買で買いすぎ何じゃ無いのか? おにぎり4個にパンも4個……どんだけ食べるんだよ!


「よ、良くこんなに食べれるな?」


「えっ……そっかぁ?」


 勇は食べ過ぎてるって自覚無しか!? こんなに食べるやつだったとか全然知らなかった。そういえば何時も弁当もデカかったな……。


「そういえば、根暗は明美に好きだってことは伝えてたのか!?」


「嫌……その……まだ言えてなくて……」


「そっか、明美に伝えられないままこんなことになっちまったのか……明美、早く目覚めると良いよな!」

「うん……」


 ☆


 放課後になり、僕が帰ろうとしていると勇が門のところ迄走って追いかけて来た。


「明美の病院、今日行くのか!?」


「そりゃ行きたいさ、でも行って大丈夫かわかんないから、先ずは確認しないと駄目かなって……」


「俺、根暗が心配で。何かあったら連絡しろよな。病院一人で行きづらきゃ一緒に行くから」


「うん……ありがとう」


 家に帰ると母は明美の状況を知っていた。今朝方、僕の母に明美の母から連絡があったらしい。僕が病院に見舞いに行きたいことを伝えると、明美の母から見舞いに行って大丈夫だと言われていることを母から教えて貰う。


 総合病院迄は自転車までも行ける距離ではあったので、僕はタクシーやバスは使わず、そのまま自転車で行くことにした。


「気をつけていってらっしゃい!」


「うん……分かった」


 僕は病院に向かう時、勇にはわざわざ連絡をしなかった。僕一人で行きたかったからというのもある。どんな状況であれ、早く明美の姿が見たかったので、急いで自転車を漕いだ!


 病院に着くと、受け付けで事情を説明する! 明美の母が僕の名前を伝えてくれていたお陰で、僕は明美の病室を待たずに案内して貰えた。


 明美の入院している病室は、一人部屋だった。入口に明美の名前しか書かれていないので直ぐに分かった。ノックするも、何の返事も無かったので明美しか中には居ないのだろうと思いながら僕が中に入ると、中には明美と同じ位の女の子がいる。


「ちょっと……あんた一体誰よ!?」


 中に入ったとたんその子は振り返ると、僕のことを警戒する様な眼差しで見つめながら聞いてきた。


「あの、僕は明美の……」


「明美の何なのよ!? まさか彼氏なわけ!?」


 そんなわけがないだろうと言う、驚きの表情を浮かべながら、ぐいぐい彼女が聞いてくる。


「えーっと、その……」


「何なのよ!? 早く答えなさいよね」


 僕は緊張のあまり、直ぐに答えることが出来ずにいた。こんなことなら勇も連れてくれば良かったかもしれないと思いつつ、僕は答えた。


「あの、僕は明美さんの親友です」


「ふふふふふふふふっ、まさか、そんなの絶対嘘でしょ!?」


 そういうと、彼女は突然笑いだした。僕は凄く不愉快である。何で知りもしない相手にこんなにも笑われなければならないのだろうか? 失礼にも程がある。


「いえ、本当なんです。明美さんとは中学生からの親友です」


「へー! 異性の親友ね……本当かしらね……」


 彼女は僕と明美の関係を信じてはくれなかった。異性の親友なんて有り得ないと言った感じで聞いている。


「なら、貴方はどちら様ですか? 明美の友達?」


「言っとくけど、私は明美の友達なんかじゃないわよ!」


「えっ……なら一体誰なんですか?」


 僕は明美にお姉ちゃんがいると知っていたのに、この時は、全く似つかない彼女のことがお姉ちゃんだとは思わなかったのである。


「……私は明美のお姉ちゃんよ」


「お姉さんだったんですね! 気付け無くてごめんなさい」


 僕はお姉ちゃんだと知って驚いた。これは一体どういうことなのだろうか!? 双子なのに似ていないってこともあるのか? それとも整形……僕はじっと見つめてしまった。


「ちょっと……ジロジロ見ないでよね……変態! 警察呼ぶわよ」


「其れだけは勘弁して下さい! ごめんなさい。僕が謝ります」


 僕は変態呼ばわりされてしまっていた。まだ明美の姿を見ることも出来ていないのに……。


「で、貴方の名前ってもしかして陰堂……だったかしら? そういえば、お母さんから今日病院に明美の親友が見舞いに来るって聞いていたかも!」


「はい、陰堂根暗です」


「まさか、明美の親友が女の子じゃなくて男の子だとはね……母から聞いたのに、下の名前を全然覚えてなかったのがいけないけど、てっきり女の子が来るんだとばかり思っていたわ! それにしても、こんな変態の何処が良いのよ?」


「嫌……別に僕は変態なんかじゃないです! 本当に! ところでお姉さんの名前は?」


「私の名前は真奈美 まなみ! お母さんが忙しくて病院には来れないっていうから、私がわざわざ様子見に来たんだけど、全く迷惑な子よね……夜もずっと付き添いなんて有り得ないんだけど……」


 酷いことを言う真奈美に対して、僕は腹が立って仕が無かったが、ここはぐっと堪えて我慢する。


 僕はこんなことをしに来たんじゃない。

 明美に会いたくてここに来たんだから。


「あの、真奈美さん、明美に合わせてもらっても良いかな?」

「良いわよ! そこのベッドに寝てるからどーぞどーぞ」


 僕が明美の側に行くと、そこには静かに眠っている明美が横たわっていた。本当に目を覚まさないのだろうか? だだ寝ているだけなのではないのか!?


 そんな風に思ってしまったけれど、明美はずっと起きることは無かった。


「あの、私は明日も朝が早いので先に帰りますね! 陰堂さん後は宜しくお願いします。もし、陰堂さんが帰るまでに何かあれば連絡して下さい」


 そう言って彼女は自分の携帯の電話番号を書いたメモを僕に渡すと、病室を出て行った。


「ごめんな! 俺のせいでこんなことに……もし、あの時寄り道なんかして無かったらこんなことになってなかったかもしれない。だからごめんな」


 僕は明美の手を握りしめながら謝る。謝ったって足りないくらいだ……。


「目を覚ましてくれよ明美……僕は明美が目を覚ましてくれたらそれだけで生きていける。僕は責任を持って明美のことを一生面倒見るから……」


 悲しくて涙が止まらなくなった。普段笑いかけてくれる彼女は、今日は一切笑わない。僕の胸は苦しくなった。


 数時間そのまま一緒の病室で過ごした。その間、明美は身体を動かすこともしない。


 そのうち、僕のスマホに着信が入る……確認すると父さんから電話だった。


「根暗……母さんから聞いたぞ! 病院にいるんだろ……明美ちゃんの様子はどんな感じだ?」


「ちっとも目覚める感じがしない……ずっと寝てるんだよ。僕はずっとこの場所で彼女を見守っていたんだけど……まだ側にいても良いかな?」


 僕の瞳には明美しか映っていなかった。目の前にいる彼女のことをひたすら見守り続けていた。


「良いか根暗……よく聞けよ! 彼女は急には目覚めることは無いだろう。でも、絶対目覚める……だから大丈夫! とりあえず今日は帰ってきなさい。明日から三連休だろ! また明日病院に行けば良い……無理するな」


「うん……父さん分かった。とりあえず帰るね」


 僕は、本当はずっとこのまま家に帰らず、この場所に居てやりたかった。最初眠ったままの明美を見て涙が出そうになったけど、それを我慢して見守っていた。


 でも一度家に帰ることにした。そもそも、家族でもない高校生である僕が、夜一緒に病室に泊まることなんて出来ない。分かっていたけど、病室から離れたくなかったのである。


「また、明日になったらすぐに会いに行くからね」


 明美の手を握りしめてそう伝える。明美のことが気が気で仕方が無いのだ。それにしても、どうして明美の家族はいてやらないんだろうか? 姉ちゃんも帰ってしまった! 僕は嫌な気持を胸に抱えたまま病室を後にした。


 ☆


 次の日、気が気で仕方がない僕は早起きをしてしまった。リビングに行くと、母さんが僕の弁当を用意してくれている。しかも二つ……。


「あれ、何で僕のお弁当なんか用意してくれてるの? 今日は学校休みだよ!」


「そんなこと知ってるわよ。だって根暗はまた明美ちゃんの所に行くんでしょ?」


「うん……また病院に行くよ」


「だったら、このお弁当持って行きなさい。お昼の分と夜の分よ! でも夜はちゃんと帰ってくること……分かったわね」


 母さんはそういうと、僕に弁当を二つ手渡してきた。


「どうもありがとう! わざわざ作ってくれて……。今日は勉強道具も持って行ってくるよ」


「気をつけて行くのよ! 病院の前の道今日は混むだろうからね」


「分かった! 行ってきます」


 僕は勉強道具もしっかりリュックに入れるて準備を済ますと、朝早くから明美のいる病室に向かった。


「明美……おはよう! また来たよ」


 明美に向かって挨拶をするものの、明美からの返事は何も無いまま……だったけど、僕は明美の手を握りしめてやった。


 少しカーテンを開けると、窓の外から日差しが差し込んできた。僕は少し窓を開けて空気の入れ替えをしてやる。


 ふと窓の下を覗くと、ちょうどそこは病院の庭らしく、病院の入院してる患者なのだろうか? 天気の良い日差しの中を散歩をしている人が見えた。


「気持ち良い天気だね!」


 僕は、眠ったままの明美に伝える。窓からは散歩をしてる人が見えたことも話して伝えた後、学校でのことも話して伝える。


「もう時期テスト何だよ! 明美と一緒にテスト勉強したかったな……僕は頭が良くないから、中学ん時見たく勉強教えて貰いたかったんだけど、今回は自分で頑張ってみるよ!」


 そういうと、病室にあるテーブルの上に教科書やノートを広げて勉強を開始する。


 今日は土曜日……きっと明美の家族の誰かしらが来るのだろうと思いながら、僕は明美の横で勉強をして過ごしていたのだけれど、午前中は誰も来ず··········。


 僕は明美の母さんにまだ会ってはいない。娘が入院してしまい、心配何じゃ無いのだろうか!? 僕は疑問に感じていた。


 お昼になり、明美はチューブに繋がれ栄養を取っている横で僕だけがお昼を食べる。


「いただきます! 僕だけがちゃんとした食事でごめんな……」


 そう言うと僕はゆっくり食べ始めた。ところが食事が喉を通らない。途中迄頑張って食べては見たものの、僕は箸をつけるのを辞めることにする。


 それからは、相変わらず動くことの無い明美のことをただひたすら眺めていた。


 何時目覚めるか分からない明美の奇跡を信じて……ただひたすら、僕は明美が目覚めることを信じて見守りつづける。


 心配でトイレ以外ずっとこの場所にいるけれど、午後になっても明美の家族は病室に来ることは無かった。


 僕に、明美の入院先を教えてくれたのは、明美の女友達である橋本さんだったけど、彼女は僕以外に教えていないのだろう。


 僕以外で、他に見舞いに来る人もいないし、橋本さんのお母さんが僕がずっとこの場所にいることを話しているのだろうか? 橋本さんも遠慮してなのか、病室には来なかった。


 午後になると急に雨が降り出した。雨の音が聞こえてきたので、僕は窓の外を眺めると、散歩中の患者なのだろうか? 病院に戻っていく姿が見える。


 僕はそんな些細なことも、全て明美に話して伝えた。


「明美、今日は天気が悪くなるなんて思ってもみなかったよ! この間みたく今は土砂降りの雨が降っているよ! ごめん……この間は本当にごめん」


 僕はまた泣きそうになるのをぐっと堪えると、明美の手を握りしめながら、また謝った。


 暫くすると、土砂降りのように降っていた雨が上がり、外が晴れ出す。


「明美、外が明るく晴れてきたよ! 雨も病んだみたいだ」


 窓から暖かい日差しが差し込み、もう一度窓の外を見ると虹が出ている。


「ほら、明美、外に虹が出てるよ! とっても綺麗な虹が出てる。明美の方が綺麗だけどね」


 そういうと、僕は明美の頬にそっとキスをしていた。


「あ、あの……ごめん……私ごめんなさい」


 眠ったままの彼女に咄嗟に謝る。そのまま僕が何度も謝っていると、僕は視線を感じて後ろを振り返ってみると、入口には明美のお姉ちゃんである、真奈美が居た。


 僕が明美にキスをしてしまったところから見ていたのかもしれない……そう思ったら、急に恥ずかしくなり、何か言われるんじゃないかと緊張してきた。


「真奈美さんこんにちは……えっと……その、何時からそこにいるの?」


「ちょっと前からよ! ところで陰堂くん何を謝ってるの?」


 何か言われると覚悟していたのに、何も言われなかった。どうやら、僕が明美の頬にキスをしてしまったことは、お姉ちゃんには見られてはいないらしい。


 僕は見られていなくて良かったと、胸を撫で下ろしほっとするのだった。


「あ、えっと……この間のことを……」


 そういうと、真奈美は不思議そうに僕を見つめながら、「陰堂くんのせいではないでしょ! 悪いのはトラックの運転手よ。だから、陰堂くんが謝る必要なんて何にも無いわよ」彼女は、僕の目を見るとそう言ってきた。


「うん……悪いの運転手かもしれないけど……でも僕のせいもあると思うんだよ! あの日寄り道しなければ何も無かったんじゃないかって思ってるんだ」


「ふーん! そうなんだ! 陰堂くんは優しいのね」


 そう言うと、彼女は自分のバックの中から栄養ドリンクを取り出して僕に手渡してきた。


「これでも飲んで……今日も来てくれてありがとう。私は様子を見に来ただけ。全く目覚める様子は無いわね! それじゃ、他に予定があるからもう帰るわね」


 そう言うと、明美のお姉ちゃんは帰って行ってしまった。明美に話すでもなく。でも、栄養ドリンクを持ってきてくれるとは……案外良い子なのかもしれないと思った。


 こうして僕は次の日の休みも、明美の所に出掛けて行った。三連休は彼女に会いに行ったのである。


「明美の様子はどうだ!?」


 学校に行けば、勇が心配そうに聞いてくる。僕の学校生活は毎朝、勇とおはようの挨拶を交わすと、その後は必ず明美の状況の報告から始まっていた。


 勇とは、あれから一緒に居ることが多くなった気がする。明美が居なくても学校に来れているのは支えてくれる勇のおかげだった。


 ✩


 ──相変らず、明美は全く目覚めることが無いまま、一日一日が過ぎていった。僕は、学校が始まってからは、毎日終わってから会いに行く……一週間がすぎ、学校では中間テストが開始してからも、時間があれば明美の所へ行った。


 そんなある日、明美の親には会うことも無いまま、二週間が過ぎようとしているある時だった。


 学校の帰り道、僕が彼女の病室に入ると、僕の物音に気づいた彼女が目を覚ましたのである。


 目覚めることを信じていたくせに、頭のどこかで目覚めないだろうと諦めかけていた自分がいたので、目覚めたことが凄く嬉しかった。


 でも、明美は今迄の彼女とは違う様子だった。目覚めたのに目を開けただけという感じだった。そして僕のことを忘れてしまっているようで、僕を見て「誰?」と言ってきたのだから……。


 凄くショックだった。目が覚めてくれるだけでも奇跡で、嬉しいことなのに、僕は欲張りなのかもしれない。我儘何だと思った。


「同じ学校、同じクラスの陰堂根暗です……」


 そう答えるも、彼女には全く思い出せないようで……頭を傾げていた。


「何でここに居るの?」


 彼女はそう聞いてきた。僕は明美の親友で、目覚めないでいる明美のことが心配で此処に居るのだと伝えようとしていたのだけど……彼女が先にこう言った。


「貴方は、私の彼氏なんでしょ? 全然思い出せないけど……絶対そうよね!」


「あっ、あの……」


 まだ僕は明美に告白すらしていない情けない男である。彼氏では無いと否定しようとしていたのに、彼女に話そうとしているのを遮られた。


「良いのよ……言わなくても分かっているわ! ごめんなさい何もかも忘れちゃって」


 彼女に謝られる僕がそこに居た。


 こうして、僕は彼女に訂正することが出来ないま、彼氏だと言うことになってしまったのである。


 その時、タイミング良く病室に入って来たのは真奈美だった。目覚めてベッドで起き上がっている明美を見てすぐ電話を掛け始めるた··········。


「もしもしお母さん……明美ったら目覚めたのよ! ずっとこのままで良かったのに……」


 目覚める事なんて奇跡でしか無いんだから、明美が目覚めたことは凄いことでは無いのだろうか? 真奈美がガッカリしたかのように電話で話している声が聞こえてしまい、僕は何だか嫌な気持ちになっていた。


「真奈美さん……今の電話何か不愉快何だけど」


「何がよ! 陰堂くんには関係の無いことよ」


 確かに、僕には関係の無いことかもしれない……でも……でも……もっと色々言いたかったけど、彼女に言っても無駄なんだと、この時僕は思った。


 唯一、救いなのは目を覚ましたばかりの明美には、今の状況を理解出来ていないらしいということ。


 この時、僕達がいる病室では、何事も無かったかのように時間が流れていたのだけど……。


 電話が終わった真奈美は、今度は明美のベッドに近づくと、明美に問いかけた。


「明美、私のこと誰だか分かるかしら!?」


「お姉ちゃんでしょ。知ってる。それと、そこにいるのが私の彼氏……」


 いきなり僕の方を指差しながら満面の笑みで真奈美にそう言ったので驚いた。


「ふーん! やっぱり陰堂くんは明美の彼氏だったのね」


「真奈美さん……あの……」


 僕は彼氏ではなく親友何だと言おうとしていた……言わなきゃ駄目だって頭ん中で思った。


「私の彼氏よ……何か問題でもあるの? それに、私達は将来結婚するって約束してるのよ」


 言おうとしてるのに中々言えずにいたら、明美がとんでもないことを言い出した。僕達はそんな約束してもいない。それなのに明美は……。


「わわわっ……明美……」


 僕は明美に声を掛ける!


「……陰堂くん何慌ててんのよ!? まさか、二人は将来結婚のことまで誓いあってる中だったとはね」


 やばいことに、明美のお姉ちゃんに物凄く勘違いされてしまった。このままだと、僕の母親の耳にも入るのもしれない。今すぐ訂正しようと思っているのに、やっぱり中々言えずにいる……すると、真奈美が「帰る」と言って病室を出ていってしまったのである。


 やばい……やばいことになってしまった! この展開は本当にやばい。でもどうしたらいいのだろうか? 今の明美に説明したところで理解して貰えるのだろうか?


「えへへ……二人きりになっちゃったわね」


 明美の方を振り向くと、明美は僕の顔をしっかり見ながらニコッと笑っている。


「あのさ、そういえば前に話したこと覚えてるかな? その……明美が好きなのって?」


 僕は以前、学校の帰り道、明美に好きな人がいるという話を聞いた事があった。あの時は、誰が好きだったのか聞く勇気が無くて聞けなかったけど、もしかしたらその時のことを覚えていてくれているかもしれない。もしそうなら、僕達の関係が恋人同士で無いことも分かるんじゃないだろうか?


 そう思った僕は、明美に質問してみた?


「んーと、パフェが好きだよ。あとね、唐揚げも……えへへっ」


 満面の笑みで彼女は即答する。


「へぇーパフェと唐揚げ……って、僕が聞きたいのはそれじゃなーい! まぁ合ってるっには合ってるけど……」

「ん……!?」


 明美はよく分からないようで、首を傾げる。


 僕の質問に対し、考えるでもなく即答してくれた明美だったけど……そっちの好きかぁーい! という回答を頂くことになった。


 実際! 今迄親友をしていたけど、明美に好きな食べ物を聞いた事は一度も無かったものの、明美の回答した食べ物は、僕の中で彼女が大好きな食べ物だという認識はあったので、彼女は適当に回答した訳では無いのだろう。


 それにしても、今の明美の状況は、やっぱり記憶喪失ということになるのだろうか? ならないのか? ん……!?


 僕は明美のベッドの隅に座り、下を向いて考え事をしていると、明美が僕の顔を心配そうに覗き込んできた。


「悲しい顔しないで……僕は大丈夫だよ」


 そう伝えると、明美に笑顔が戻る。やっぱり笑顔の彼女は可愛いすぎる。


 明美はお姉ちゃんのことは理解してたし、好きな食べ物も言える。何もかも思い出せない状態なら記憶喪失というのかもしれないけど、僕と明美の関係だけが、何故か間違ってるだけみたいだから、記憶喪失かどうかなんて今はまだどーでもいいか?


 そう思ったら、僕は今は明美の彼氏ってことにしとこうと思った。嫌……このおかしな状態だけど彼女に告白するんだ!


 やっぱりいきなり彼氏になってしまった状況が駄目なのだと感じた。明美のお姉ちゃんには、完璧、僕は明美の彼氏ということになってしまっているんだから、ここは告白しかないっしょ!


 告白以外に何も残されていない! そう思った僕は彼女を見つめ、今直ぐに告白しなきゃと思ったのだけど、僕にとって其れは超簡単な事では無いらしい……。


 彼女を見つめながら、また緊張し始めた僕は、見つめたまま苦笑いをしてしまった。


 何やってんだよ! しっかりしろよ男だろ! そう心の叫びが聞こえた気がしていると、突然彼女から僕の腕を肘でつつかれた。


「何か根暗くん変だよ!?」


 いきなり真顔で言われて更に焦る自分がいる。


「えへへっ!」


 彼女はまた僕を見て笑った。


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