一話 二人は親友⑤

 僕の親友である|陽堂明美《 ようどうあけみは、陰キャな僕とは違って陽キャではあるが、僕達は、アニメとゲーム好きだという共通点があるお陰で、性格は違うけど話はとても合う。


 ── 中学時代──


 春もうららな三月下旬の春休み期間、僕の家族はこのT町に引越してきた。


 あれは僕が中学に入学する直前の事だった。大好きな父さんに、会社から転勤指令が出たのである。


「この家の長男はお前しかいないんだかな。父さんの代わりに母さんのこと頼んだぞ! 男なんだからめそめそしていたら駄目だからな」


 入学直前、転勤が急に決まってしまった事にショックを受けて泣いていた僕に父さんがそう声を掛けてくれた。


「うん、父さんわかったよ! 泣かないで頑張るよ。母さんの事も僕に任せて」


 だから、父さんの期待に応えるためそう答えたものの、僕はショックでやっぱり泣いていた……そう、父さんには内緒で、隠れて泣いていた。


 僕が父さんの事が大好きなのは、父さんと僕は友達みたくとても仲良しだったからである。


 コミュ障のせいで僕には友達がいなかったけど、父さんが僕とゲームをしたり、アニメを一緒に見たり、沢山遊んでくれた。お陰で、気付けば僕は父さんの影響でゲーム好きだし、アニメ好きになっていたのだけど……。


 だから、僕は友達みたいな存在である父さんと離れて暮らす事が心の底から悲しかった! 離れて暮らす事を想像したら精神的ダメージが大きくて、男のくせに、これからどうして行けば良いのだろうかと、僕は一人途方に暮れていた。


 父さんの転勤は三年間と決まっていたので、社会人になる迄会えなくなるとは言われていなかったけど、僕にとっては、それくらい長く会えなくなってしまうという感覚に陥っていたのだ。


 気付けば日々が過ぎ去るにつれて父さんの引越しの準備は進み、僕の中学入学式当日、父さんは転勤先に引越していってしまった。


 本当なら、僕は大好きな父さんのことを玄関先で見送りたかった。


 でも、中学の入学式と重なっていた僕は、僕の方が先に家を出なくては行けなかったせいで、大好きな父さんに「行ってらっしゃい」と言うことが出来なかったのである。


「行ってらっしゃい。入学おめでとう!」


「うん、父さんありがとう。行ってきます」


 先に家を出なくては行けなかった僕は、父さんに見送られながら学校へと向かった。本当なら、僕が見送られるんじゃなく、僕が父さんを見送りたかったのに……。


 父さんに見送られた言葉が凄く嬉しくて、家を出る直前泣きそうになるのを必死で堪えた。それからも、中学に向かう途中、僕はずっとずっと……悲しくて仕方なかった。


 男のくせに、学校までの道のりを何度も泣きそうになりながら、一人で向かって歩いていく……本当なら父さんも入学式に来てくれるはずだったことを思いながら……。


 その後、中学の入学式は無事に終わったけど、小学校で同じだったメンバーが中学でも一緒なので、学校が違うだけで特に環境が変わったりはしていないので、クラスに戻り担任の話を聞きながら、いつも通りだなと感じている自分がいた。


 そのせいか、入学式の後、家に戻ってから自分の部屋に籠ると、本当に独りぼっちになってしまった感覚に陥ってしまい、寂しくて男のくせにまた泣いてしまったのである。


 夜になると、家に父さんから電話が掛かってきたので、母さんから電話を代わって会話をする。


「お前、今日は沢山泣いたそうじゃないか……入学式から帰ってきてからも、部屋で泣いてたって母さんから聞いたぞ!」


 どうやら、母さんに泣き声を聞かれてしまっていたらしい。恥ずかしくて、わざわざ部屋に篭って泣いたというのに……。


「うん、だって父さんがいないと思ったら寂しくなっちゃって」


 父さんが単身赴任に行ったばかりの日に、こんなにも泣いてしまったので、物凄く恥ずかしくて仕方がなかった。


 大好きな父さんに心配かけないようにしようと思っていたのに、一日目からこんなに泣いて僕は最低だなと感じながらも、正直に寂しいと伝える。


「お前が寂しい気持ちは、父さんも同じ気持ちだからよく分かるよ! でも、もう会えなくなる訳じゃないんだからな!」


 父さんは単身赴任してしまい、住んでいる距離が離れてしまったけれど、一ヶ月に一度は泊まりで帰って来れると話してくれていたから、会えなくなる訳じゃないことくらい分かっている。


「うん、其れは分かってるよ……でも……」


 僕には父さんがいないと駄目なんだ! 強くならなきゃいけないことくらい分かっているけど……。


「こんなにも父さんのこと好きでいてくれてありがとうな! でも、お前は男何だかから、辛い時や寂しい時は泣いたって良いけど、父さんの子なんだからもっと強くならなきゃ駄目だそ! 父さんも仕事頑張るから、お前も頑張れよ! スマホ渡したんだから何時でも連絡していいからな!」


 恥ずかしながら、僕は大好きな父さんに励まされてしまった。そして、昨日スマホを父さんから貰ったことを思い出す。


「うん、そうだよね! 泣いてなんかいないで頑張るよ。スマホ大事にするね。ありがとう」


 其れから、中学の一年間、月に一度父さんが家に帰宅して来ては、その時は一緒に沢山遊んで貰った。僕はスマホもあったので、毎日のようにメールで挨拶していたから、寂しさにも次第に慣れていった。


 ところが、冬になった頃、母さんが急に痩せだした……病気何じゃないかと心配した僕が父さんに伝えることで、母さんは父さんがいない寂しさから痩せてしまった事が判明する。


 僕ははとっくにこの生活に慣れることが出来たのに、母さんが慣れずにいた事にようやく気づいたのだ。


 其れからしばらくして、父さんと母さんは話し合いをして、持ち家である今の家を売る事に決めたらしい。そして、いつの間にか僕の意見は何も聞かずに、父さんの今住んでいる寮に引越しする事が決められていた。


「すまんな! 引越しする事勝手に決めちゃって」


 後から父さんに言われたけれど、僕は今の学校に友達と呼べる人は一人もいなかったので、特になんとも思わなかった。


 寧ろ、僕は引越し出来てまた父さんと一緒に暮らせる事が嬉しくて仕方なかったのである。


「僕は引越しする事全然平気だよ! 父さんと一緒に暮らせる事が嬉しい。母さんも寂しかったんだね! 早く元気になると良いな」


 そう伝えると、何故か父さんも母さんも泣いていた。


 こうして、四月から中学二年生になる僕は、丁度良いタイミングで三月下旬の春休みに引越しが決まったのである。


 そんな僕は転校して環境が変わることに少しばかり期待をしており、ワクワクしていた。其れは友達が作れるかもしれないからだった。



 ──転校──


「明日から、新しい学校ね」


 朝起きてから、キッチンに行くと、母さんがコーヒーを飲みながら僕に言った。


 父さんは仕事で朝早く家を出るのでもういなかったけど、引越してきてから母さんは凄く元気になった様に感じる。


 今も笑顔で僕に話し掛けてくれているからそう感じるのだけど、以前はもう少し暗く、明るい表情では無かった様に思う。だから、僕は引越してきて良かったなと感じていた。


「うん、でも、ちょっと緊張してるよ……」


 新しい環境になることに期待しつつ、不安も感じていた。其れは、前の学校では友達なんかいなかったせいでもある。不安を感じながら、この日は早目に布団に入った。


 次の日、学校に行くと担任の小林克典 こばやしかつのり先生から紹介される。


 僕のクラスは二年一組。紹介されてから教室に入ると、緊張からか、僕がコミュ障だからなのか上手く話せないでいた。


 僕は緊張しながら、ぎこちなくクラスメイトの前で自己紹介をする。


「えっと、その、陰堂根暗 いんどうねくらと言います。趣味はゲームとアニメです。えっと……み、皆さん……よ、宜しくお願いします」


 緊張しながら自己紹介をしつつ、目の前にいる生徒達を見ると、僕に興味が無いのだろうか? ちっとも此方を見てくれていないように感じた。


 その光景を見て、陰キャな僕はどうせまた友達なんかできっこないんだと勝手に思ってしまっていたのだが……。


 だから、その時の自分は絶対『 友達』を作るんだなんて意気込んではいなかったけど、出来れば仲間が欲しいなとは思って多少の期待していたはずが、どうせ友達なんか出来っこないやと諦めモードに突入してしまったのである。


 結局、休み時間になっても、既に仲間同士のグループが出来ていたので、入り込みづらい雰囲気があり、自分から声を掛ける事が出来ずにいた僕は、友達なんか作れなかったのだった。


(ちくしょう……なんなんだよ!)


 僕は少しばかりイラついていた。環境が変わったのに、状況は変わらなかったからだ。


 そもそも、陰キャな僕はコミニケーションが大の苦手である。


 そんな僕はやっぱり友達作りが上手くいかず、結局クラスメイトに話し掛けるタイミングも掴めないままお昼を迎えてしまったのだ。


 何故か給食では無くお弁当を食べる中学だった為か、友達同士で食べることになっていたのだけれど、自分から友達が作れないでいた僕は転校して新しい環境になったばかりだというのに結局一人で食べることに......。


 ひとりで食べることに抵抗は無かったけど、それでも男のくせに少し寂しい気持ちにはなりつつ……でも、ひとりぼっちで食べるしかないので、鞄の中から弁当箱を取り出して机の上にそっと置いた。


 ふぅ......と溜息をつき、またひとりぼっちなのかと思いながら、更に弁当袋から取り出そうとしているそのときだった。突然僕の後ろの方から声を掛けられたのだ。


「あのさ、お弁当ひとりで食べるんだったら、私と一緒に食べない!?」


「えっ......」


 僕は戸惑いながら声のする方に振り向くと、声がした方の席に座っていたのはとても美人で、とても可愛いらしい女の子だった。


 彼女は僕の方をニコニコと優しい笑顔で見ているので、僕は急に緊張し始める。


 そんな彼女は色白の肌で、髪が長くて、まつ毛も長くとても綺麗なお嬢様風にも見える。何故そんな子が僕なんかに?


「えっと......僕のこと?」


 僕に向かって彼女がわざわざ声を掛けていることが分かりつつも、こんなにも可愛い子から話し掛けられるとは思ってもみなかったので、何だか違う様な気がして彼女に確認をする。


「当たり前じゃない! お弁当ひとりで食べようとしてるの陰堂くんだけだもの」


 彼女は僕の目を真剣な表情で見つめながら、優しい笑顔でそう答えた。


「あっ、そうだよね......でも、陽堂さんは誰かと一緒にお昼を食べるんじゃなかったの?」


 彼女が僕のことを誘ってくれたことに驚きつつも、凄く嬉しい気持ちになっていた。それなのに、なんだか申し訳ない気持ちがして、また確認してしまった。


「別にそんな子いないよ……私のことは気にしなくて大丈夫。私は何時も色んな子と何時も食べてるからさ.......特に特定の子とかいないの」


 そう言うと、僕の席迄椅子を持ってきて正面に座ったものだから、少しドキドキしてしまったのだけど、彼女はそんなことお構い無しだった。


 寧ろ緊張している僕に対して、「めっちゃウケる!」と言って彼女は僕の隣でめちゃくちゃ笑ってきた。


「ウケるかな......えっと、陽堂さん......僕は陰堂根倉です宜しくお願いします」


 緊張している僕は、彼女を目の前にもう一度自己紹介をする。


「私は陽堂明美。呼び方は明美で良よ!」


「あ、僕も根倉って呼んでください」


 僕は照れながらも慌ててそう言った。


 彼女が自分の呼び方を下の名前で呼んで良いと言ってくれたので、ついでに自分も苗字なんかじゃなく下の名前で呼んで貰えたらと思ったからである。


 其れは、今迄苗字でしか呼ばれたことが無かったので、下の名前で呼ばれることに憧れていたからでもあるのだけど......。


「おっけー! 根倉くんって呼べばいいんだね。それにしても、根倉くんって最初の自己紹介の時に話してたけど、アニメとかゲームが好きなんだね......」


 明美は、朝、僕がクラスメイトの前でした自己紹介の内容をきちんと覚えていてくれていた。クラスメイトの前で緊張しながら話していた時、皆が興味無さそうに聞いていた様に僕には見えてしまっていたのだけど、彼女は自己紹介をちゃんと聞いてくれていたらしい。


「うん、そうなんだ! アニメが好きで深夜アニメとかよく見るんだよ!」


 そう言うと彼女は興味津々で僕の目を見ながら話を聞いてくれている。


「根倉くんはどんなアニメ見てるの?」


 興味津々な彼女に質問された。


「うん、アニメに関しては、これといってジャンルが決まってるわけじゃないんだよね。僕はジャンル問わず色んなの見てるよ」


「えへへ、実は私もアニメが好きで良く見てるんだよね。でも、周りの子はアイドルの話ばっかりでさ......私達仲良くなれそうだね」


 まさか、こんなに可愛い彼女もアニメ好きだったとは! 僕は仲良くなれるといいなと思っていた。


 ☆


 こうして知り合い、話をしているうちに明美とは仲良くなることが出来た僕は、毎日一緒にお昼を食べるようになり、気付けば明美とはすぐに親友になることが出来たのである。


 それからは、中学時代、明美はクラスで話をする友達が僕以外に沢山いるのに、友達と遊ぶことはほとんど無く、ゲームしたり、漫画本を読んだりしに良く僕の家に遊びに来るようになった。


 彼女はとても綺麗で美人さんだけど、僕達は親友である。


 出会った時から彼女に対して一目惚れなんてすることも無く、お互い恋愛感情は抱いていないので、僕の家に遊びに来るようなことがあっても何か過ちが起こるようなことは今迄一切無かったし、これからも無いだろうと思っている。



 ──高校生──


 そんな僕達も、今年から晴れて念願の高校生になった。


 明美はとても頭が良いくせに、僕と同じ高校が良いからと同じ学校を受験したので、今年からも一緒に同じ学校に通うことになった。そして、たまたまであるが同じクラスになる事が出来たのである。僕にとってはとてもラッキーな事だった。そんな僕達は、相変わらず仲良しであり親友である。


 そして、高校生になってからも、彼女は中学時代と何ら変わりなく、僕の家に良く遊びに来る仲だった。


 そんな彼女はコミュ障では無い為、やっぱり入学してから直ぐに、僕以外にクラスで友達が沢山出来た。それなのに、僕と帰る方向が同じだからという理由で毎日一緒に帰っている。そんな僕達はブレることなく親友のまま......カップルには発展していない。


 僕の母親も、僕達二人のことを仲の良い友達だと認識してくれていて、二人の間に恋愛感情が無いことも知っているので、中学時代、普通に彼女が家に上がって僕の部屋に行くことに対して特に気にする様子は一切なく、高校生になった今も、今迄通り僕の部屋に行くことを黙認してくれていた。


 その為、彼女は僕が家に居ない時でも気兼ねなく何時も遊びに来るようになり、次第に僕の母とは凄く仲良しになっていたのである。


「明美ちゃんおかえりなさい!」


「お義母さんただいま─!」


 だから、気付けば明美が家に遊びに来た時の挨拶は何時もこんな感じになっており、自分の娘かのように扱うお母さんと、娘のように振る舞う明美がいた。


「今日はもう遅い時間だからご飯食べてく?」


「どうしようかな......えへへ」


「大丈夫だよ! 明美ちゃんのお母さんに連絡してあげるから」


「すみません......なら、食べてきます」


 明美の母とうちの母は仕事上での知り合いだっらしくもともと仲が良かったのだという。


 今迄母は知らなかったらしいが、明美には双子の姉がいるのだけど、明美の母は明美のことをあまり可愛がっていないらしい......。


 明美のことを可愛いがっていないことは、僕達が中学時代、母が明美と会話して知ったことらしいのだけど、その事もあってか、母が明美の家に連絡すると食べていくことを了解してくれるらしい。


 中学時代、僕は母から教えてもらうまで明美が双子だったことを知らなかった。明美の双子の姉は私立の中学に通っているということも、明美の家に遊びに行くことが無かった僕は後から知ったのだ。そんな彼女の姉は私立の高校へ進学したのだと明美が僕に教えてくれた。


 だからだろう、明美は良く僕の家で食べてから帰ることも多かった。しかも、その事もあってか、母は僕が家に居なくても構わず明美のことを家に上げてしまうので、家に帰宅してから驚くことも多く、高校生になった今も勝手に僕の部屋に入れてる事もあるので、僕は自分の部屋の掃除が欠かせなかった。


 ☆


 そんな僕は、高校に入学して新しい環境になったことにまだ慣れずにいるものの、明美が居ることで何とかやれているのだから、明美には感謝しかない。


 ところが、どういうわけか入学そうそう、クラスの男子から睨まれている気がしてならない!


 入学式の時は何事も無く過ぎ去り、平穏無事だったのに、どうして急にそんなことになってしまったのか不思議でならない。


 気のせい何じゃないか? 僕の勘違いだろうと何度も思ったりもしたけれど、クラスの男子と目が合うと、僕を睨んでる様にしか見えなかったのである。


 その為、僕がクラスの男子連中に何かしたのなら此方から謝るのだけれど、何かしたという記憶は僕の中に全く無かったので、どう対応したら良いのか良く分からず僕は一人で悩んでいた。


 明美とは普段良く一緒に過ごしている仲だけど、そんな心配事をしている僕の心情を知らないでいるのだろう、一緒にいる時に何か聞いてくることは無いので、どうやら未だ何も気づいていないようである。


 僕は、わざわざそんなことを話して心配事を伝えるのもどうなのかと思い、一切悟られないようになるべく学校でも、家に遊びに来た時も彼女には普段通りに接する様に心掛けて過ごすようにしていた。


 ところが、ある晴れた日の学校の帰り道、明美が最近クラスの男子の様子がなんだか可笑しいと言ってきたのだ。


 この時、明美には何も伝えていなかったのに気づいてしまったのだから、女の勘は凄いなと思ってしまった。


「そう言えば、最近クラスの男子が根倉くんのこと睨んでる気がするんだけど、何かあったの?」


 そんなこと聞かれても分かってるならすぐに答えられるのに、僕には何も分からなかった! 入学してからのことを自分なりに振り返ってみたのだけど.........やっぱり良く分からない。


「其れが、何でか僕にも理由が分からないんだよ! 一体何だって言うんだろう......? 明美はわかる?」


 明美に聞いたって分かりっこないのに、つい、聞いてしまった。もしかしたら、女の勘で分かったりしてるんじゃないかって思ったからだ。


「あのね、私にそんな事まで分かるわけないでしょ!」


 彼女からの答えは即答だった。女の勘で分かるわけないのである。


「やっぱり分かるわけないよね......ごめんなさい」


 謝る僕に対して、明美はとても優しい表情をしてくれている。


「ううん、大丈夫だよ! 謝らないで」


 彼女は僕の目を見てそう言ってくれた。


「ところで根倉くんは何時から睨まれているの? 私に言ってくれたら良いのに」


 今度は、彼女はとても心配そうな表情で言ってきた。


「うん、ごめん。実は入学してから一週間もするとそんな状況になっていたから、僕自身はずっと悩んでいたんだけど、明美に心配掛けたくないなと思っていたからさ......それで何も話さなかった」


 僕は話さなかった訳を正直に伝える......一応男なんだから、いくら親友だとしても、女である明美には心配させたくなかったのだ。


「そんなこと気にする必要なんて無いよ! 根倉くんは私の大事な親友なんだからさ、何でも相談して大丈夫なんだよ」


 明美は明るい表情で、僕にそう言ってくれた。


「うん、今度からは明美にちゃんと相談するよ! 心配してくれてありがとうね」


 ☆


 それの後も相変わらずクラスの男子が僕に対して睨んでくる状況は変わることが無く続いていた。


 明美は周りの友達に聞いてくれたらしいけど、原因が何なのかまでは分からないまま......というか、聞いても教えては貰えないまま時間だけが無常にも過ぎ去ることに......。


 いい加減この可笑しな状況に耐えら無くなった僕......では無くて明美がクラスの男子に注意をしてくれたのだけど、あまり状況は変わらなかった。


 ところが、当の本人である僕は、日々が過ぎ去るにつれて、可笑しなことにこの状況に少しずつ慣れ始めていたのである。


 だから、僕自身はこの状況に対してどうでも良く思えてきていた。その為、睨まれることくらい耐久性がついたからなのか、なんとも思わなくなってきていたのだった。


 それからまた数日が経過したある日の学校の帰り道である。


「根倉くん本当に力になれなくてごめんなさい」


 帰り道、一緒に歩いていた明美に突然言われた言葉だった。


「別に明美が謝る事ないよ! こんな僕のことを心配してくれてありがとう。とても嬉しかったよ」


「当たり前じゃない! 親友だもん」


 何時もと変わらない帰り道、明美はそう言うと何だかとても悲しそうで......悔しそうで......今にも泣きそうな表情をして此方を見つめている。


 僕はそんな明美に対して、気が付けば手を伸ばし頭をポンポンと叩いてから撫でてあげていた。


「根倉くんありがとう。やっぱりとってと優しいね」


 普段親友である明美にはボディタッチなんてする事は一切しないので、頭を叩いたことで彼女の頭を素手で触ってしまい、其のことで凄く恥ずかしくなってしまっていた僕は、明美から言われた『 優しいね』の一言で余計に恥ずかしい気持ちになり、自分はどんな出来事にも動じないと思っていたけれど、この時は全く平常心を装うことが出来ず思わず顔が赤くなってしまっていた。


「根倉くん可愛いね! 顔が赤くなってるよ」


 明美に指摘されてしまい更に恥ずかしくなってしまう自分がいる。


「そ、そんなはず無いだろ!」


 自分自身、恥ずかしくて顔が火照っていることが分かっているはずなのに、素直に受け止められない。


 良く見ると、頭をポンポンされてからの明美も、普段から優しい表情ではあるが、照れているのだろうか? 気付けば顔が赤くなっている。そんな姿を見て、今日の彼女が普段目にする彼女よりも数倍も可愛らしく見えた。


 というか、明美は異性であるけど、僕の親友である。今迄散々二人きりで話してきたけど、お互い異性だと言うことを今の今迄意識してきたことなんて無かったであろう......。


 それなのに明美の顔が赤くなったというこは......?


 やっぱり僕は男であり、単純な生き物であるのだろう......赤面して恥ずかしがっている表情を出ている彼女の姿が際立つせいで、もしかしたら僕のことを......? なんて思ってしまったのである。


 これが勘違いであるのかどうなのかは彼女に直接聞かなくてはいけないのだけど、一応僕達は親友なので、今迄僕の方は彼女のことを異性として意識してきたことなんて一度も無い。


 明美とは普段一緒に過ごしていて凄くラクだし、同性の友達が居ない僕にとって同性のような感じで接する事が出来るせいか、お互い気を使わない関係である。


 それなのに、今回何故か意識してしまうとは......でも、人間関係は流動的だから、もしかしたら異性の親友である僕達でも、恋愛関係に発展したりすることもあるのかもしれないのではないだろうか?


 僕は明美が隣りにいる横で、ふとそんなことを考えながら歩いていた。


「ねぇ、根倉くん」


「......」


「ねぇ、根倉くんってば......」


「あっ、えっと......何?」


「さっきから何も話して来ないから心配になっちゃたのよ! 何か考え事でもしていたの?」


 どうしてだろう。


 根暗な僕だけど、明美と二人きりでの帰り道、普段ならアニメの話とかいっぱいしていたのに......明美のことを意識し始めてしまったせいか、急に言葉がでなくなってしまった。


「あ、別になんにも考え事なんてしてないよ......明美ごめん......」


「何がごめんよ! わけわかんないの」


 僕は考え事なんてしてないとつい嘘をついてしまった。というか、急に明美のことを意識し始めてしまったなんて言いづらい。いきなり女として見ちゃったと伝えたら......きっと僕達の関係が壊れていってしまうんじゃないかと思ったから何も言えなかった。


 だから、今まで通り親友の明美として接しなきゃいけないのだと思うようにして、意識してしまった気持ちを隠すかのように......ううん、何事も無かったかのように僕は明美に話掛ける......。


「えへへ......ところで明美は昨日深夜にやってたアニメみた?」


「見た見た......魔女っ子が出てくるのでしょ......まさかあのアニメが人気出るとはね。正直驚いてる」


「やっぱり驚きだよね。しかも声優が豪華だしね......」


 深夜遅くまで起きて深夜アニメ見てる人なんて中々いない。アニメがやっていても自分が面白いと思わなきゃ見ないのに、見ているということはやっぱり明美は僕と価値観が同じらしい。意識してしまったけど、やっぱり親友でいる方が楽しいのかもしれない! 会話を始めた途端、同じアニメの話ができるなんて最高だよなと改めて感じていた。


 ☆


 それから一ヶ月後のことだった。


 放課後になり、帰ろうとしてきると、急にクラスのリーダー的存在である荒木勇あらきいさむ に腕を掴まれた!


「あのさ、お前達付き合ってるのか?」


「えっと......その......」


「だから、付き合ってるのか聞いてるんだよ!」


 荒木くんが真剣な表情で聞いてくるものだから、凄く驚きだった。

 明美とは良く一緒に過ごしているけれど、それだけでカップルにでも見えてしまったのだろうか?


「僕達は付き合ってはいないよ! 中学時代からの親友なんだ」


「親友......本当に親友なんだな!?」


「僕が嘘を言う訳無いだろ......僕達は親友なんだから、二人の間にはお互い恋愛感情は無いんだ!」


 明美は僕と違ってめちゃくちゃ明るい性格をしている。そんな美人で可愛い彼女はクラスメイトの誰とでも気さくに話をする女の子だった。


 その後、荒木くんと話をして知ったのだけど、そんな彼女はどうやら美人で可愛い過ぎるせいで入学式当初から目立っていたらしい。誰とでも話をする彼女のことが気になりだして、クラスメイトの男子達は彼女が気になる存在になったのだという。


 僕は鈍感過ぎる性格だからなのか、明美がモテまくっているということに一切気付け無かった。そんなこと周りも話をしてこなかったから、彼女自身も凄くモテまくっていることに気づいていなかったに違いない。


 知らなかったことだけど、彼女が僕と良く一緒に過ごしているせいで、影では『 仲良しカップル』と女子達の間では言われていたのだという。


 それでようやく分かったのだけど、クラスの男子達は彼女のことが気になり、狙っている男子が多くいたらしい!


 そんな中、影で女子達が言っている言葉を耳にしてしまい、何故彼女がこんなのと付き合ってるのか? という疑問から、僕はクラスの男子達から睨まれていたようだ。


 まさか嫉妬されて睨まれていたとは......驚きである。僕だって彼女が凄く可愛いと思っていたけれど、クラスの男子からこんなにもモテまくりだったと知り、僕は彼女と親友同士であるくせに、明美を他の奴に取られたらヤバイ......と思ってしまった。


「もう一度聞くけど、根倉くんは明美と付き合ってなんかいないんだな」


「うん......」


「なら、さっき恋愛感情が無いって言ってたから、俺が告白してもいいんだよな?」


 突然言い出した告白するという言葉......それを聞いて僕は彼女のことを取られてしまうんじゃないかと本当に不安になる。


「......」


「何で答えないんだよ? 親友なんだから、告白してもいいよな? 俺明日彼女に告白するからな」


 荒木くんはそう言うと、僕の目の前から走り去って言ってしまった。


 この日、明美と一緒に帰るはずが、たまたま今日は友達と帰ると言って先に帰ってしまったので教室にはいない。


 誰もいない教室で、ただ一人僕は椅子に座り、外をぼんやり眺めながら、あの日の出来事を振り返り後悔をしていた。


 そう、僕はあの時、帰り道で明美のことを女の子として意識してしまったことを思い出したのである。




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