第22話 Ⅲ-④
そんな私が一番信じているもの、それがこの味のない薬なのである。小さいころに出会ってから毎日欠かさず飲むようにしている。大人になってから、由来や成分など少し調べたことがあったが、インドから仕入れているものであり、情報に不確かなところはやはりあった。というかそこまで徹底的に調べようという気に私がならなかったのである。所詮は宗教的な薬であり、科学では語り切れない物なのだから、安全かどうかがわかれば十分だった。薬について突き詰めるということは、神様の夢を見た人に神様の絵を描かせるようなものだろう。
もちろん私も薬について怪しいと思うこともあったが、信仰は私の中にだけあれば良く、心の拠り所を壊したいとは思わなかった。しかしただ一つ、私が薬について調べて良かったと思う面白い事実、というか言い伝えがあった。
『薬を飲み続け、徳を十分に積むことができたなら、悟りを開き解脱に達する時に、この薬は形容することのできない味を感じる』らしい。私はこれまで毎日薬を飲み続けているが、ただの一度も味を感じるようなことはなかった。お父さんも飲んでいる時に味なんかないと言っていた。だからこそ、私は少なくとも味を感じることができるまでは、薬を飲むことをやめるつもりはなかった。どんなにお金が無くて、食べる物が無くなっても、薬だけは飲み続けるつもりでいる。
私だけ幸せになるつもりなど全くなかったが、私が解脱することで、お母さんや恵を救ってあげられると信じていた。逆に言えばそれしかこの閉塞した状況を打破する方法はないと考えていた。お母さんはもういなくなってしまったけれども、恵だけでも幸せにする、その気持ちはこれからも変わらないだろう。
恵と一緒に家まで帰ってきた。帰る途中二人とも一言も会話することはなかった。私たちの心は暗幕が張った体育館みたいに暗くじめじめしているのに、太陽はただただきつく輝き続けていた。しかし、やはり暑いと思うことはただの一度もなかった。
家に着くとポストの督促状の山がいつもより確実に増えているのが分かった。このところ等比級数的に増える督促状に、いよいよヤバイな、と心のどこかでは感じるところがあったが、とりあえず今は私と恵、二人をそっとしておいてほしかった。だから私は、書いてある内容が透けて見える督促状をひとつ残らず開封せずにゴミ箱に直通させる。
多分恵も少しは事の重大さに気付いているのだろうが、借金については話題に出したことは一度もなかった。
大丈夫だよ恵。何があってもお姉ちゃんが守ってあげるからね。
そう心に決め私はいつも恵に癒されていた。
疲れた。
とにかく疲れた。その一言だろう。
今日も貧相なご飯を食べてすぐに寝てしまおう。恵と一緒に。
私は住職にもらった薬を薬箱に移し、ついでに一錠取り出して口に含んだ。
やはり味はしなかった。
ドン!ドン!
ふいにドアを強く叩く音がした。
誰か来たみたいだ。
誰だろう?誰でもいいや。
今日はもう休もう。
恵も反応しなくていいからね。
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