第12話  Ⅱ-②

私に好意のある春川君だ。そして春川君から夕食の誘いを受けた。恵やお母さんの事があるので一度は断ろうと思ったのだが、春川君の真剣な誘いに断り切れなかった。まあ、恵はとりあえず借りてきた本をすぐに読みだすだろうし、夕食は外出前にある程度用意しておいたのでなんとかなった。

一度家に帰り、恵を家に置いて、お母さんに事情を説明して許可をもらった。こんな時嫌な顔をするようなお母さんではないし、恵は事情をあまり分かっていないだろう。心の中ではかなり葛藤があったが、私は家族の優しさに甘えることにした。心の中では何度も謝りながら…そして、よそ行きの、私の中でとっておきの洋服に着替えてから、春川君との待ち合わせ場所に向かったのだった。


確かに彼の言うとおり、彼に連れてきてもらった洋食レストランは雰囲気も味も一流のものだった。そして客層も。今回は春川君がお金を出してくれるということで了承し入店したが、本来なら私たち一家には、とんと縁のないお店である。

「しかし偶然だね。まさかあんなところで会うなんて思ってもみなかったよ。俺、休日は本なんか読まないんだけど、どうしても休みの内に調べなくちゃ行けない事があってさ。明日高橋課長に報告してお客さんにプレゼンすることになってるんだ。」

 春川君は図書館に向かっている途中で私と恵を見かけて声を掛けてくれたようだ。だから、目的の本は私が家に一度帰っている時に借りてきたらしい。

「ねえ、もし良かったら、その本私に見せてくれない。」

私は自分のシーフードスパゲッティを、昔本で読んだマナーの記憶を頼りに食べながら、控えめに言った。

「いいけど、難しいから多分見ても分からないんじゃないかな?」

そう言いながら、彼は鞄の中から『ケインズの経済学入門』と書かれた書籍を取り出し、私に差し出した。ケインズは昔少し読んだことがあったな、心の中でそう思いながらパラパラとめくり、

「難しそうな本ね。これの何を話すつもりなの?」

とカマトトぶって聞いてみた。私は読書が趣味だったが、特に経済や金融関係のことについては造詣が深いつもりだ。私たち家族を苦しめるお金について、その正体を知りたかった。そしてそれは私が仕事を選ぶ上で最も重視した点でもあった。だからそれにまつわる書籍は特に多く読んでいたし、もちろんケインズも例外ではなかった。

「経済の成り立ちについてお客さんに説明するのに部分的に抜粋して使うつもりだよ。要するに威光を借りるってこと。俺たちがいくら経済について力説しても、説得力としてはどうしても弱いんだ。だから、理論として述べられた書籍を俺たちの都合のいいところだけ抜粋して見せるとお客さんも納得するんだよ。例えケインズが誰だか知らないお客さんでもね。」

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