第9話 Ⅰ-⑨
と答えが返ってきた。今はお母さんのことより自分の絵の方が関心がとても強いようだ。私は再び尋ねることはせず、自分の目で確かめるべく玄関から家の中に歩を進めた。
家の中は市営住宅であるため、申し訳程度の広さの部屋が3つあるだけの簡素な間取りである。だから入ってすぐにお母さんが眠っていることは分かった。
お母さんは体が弱かった。とても弱かった。
それは最近始まったものではなく、生まれつきの虚弱体質だった。恵のような精神的な疾患はないが、幼少期から不整脈とそれに付随する心疾患があり、運動などはほとんど出来ない体質であった。そのため体力は昔からほとんど無かったようだ。それでも若いころにはまだ仕事をしていたこともあり、症状としてはそれほど悪くはなかったようだが、近頃は体の不調を訴えることが多く、布団に横になっているのが日常になりかけていた。心疾患と言えば日本人の死因第二位に挙げられる程凶暴な病であり、おそらくお母さんはいつかこの病気によって死ぬことになるのだろう、と私は密かに危惧していた。
次に私は台所を見て、今朝私が用意し、恵に昼夜とお母さんと一緒に食べるように指示した食事の食器があることを確認した。
良かった。
ちゃんと指示通り恵は動いてくれたようだ。恵の調子によっては食べていないこともあるため注意が必要だ。
「ねぇ、お姉ちゃん。この猫ニニニだよ。分かる?」
恵はまだ私に絵を見てもらいたいようだ。
『ニニニ』とは近所に住んでいるお金持ちの近藤さんの飼い猫のことである。恵が昔、道で迷子になっているところを届けて上げたことがあって、たまに恵と遊ばせてくれているようだった。
ニニニはオスの三毛猫である。普通三毛猫にはメスしかいないが、クラインフェルター症候群という染色体異常症の場合、約1000匹に1匹の確率で繁殖能力を持たないオスの希少種として生まれることがあるらしい。非常に希少なため、購入するためには少なくとも100万円以上必要になるという話だ。恵はおそらくそんなこと全く知らないだろうけど、とても高級な猫と遊ばせてもらっているのである。
それにしても、同じ病気という括りであるのに、一方はイジメられ、一方は100万以上の高値で取引されるなんて、どう考えてもおかしいと思う。だけど、世間一般の常識ではこれが当たり前のことらしい。
私は恵の顔を再び眺めてみた。うれしそうな恵の顔が私の瞳に映った。恵にはなんとも形容しがたい、動物的な愛らしさがある。
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