第11話
ボクは住宅街を全力で走っていた。額から汗が流れ、頬を伝って顎から落ちる。リュックにはあの子に渡すためのプレゼントが入っている。
頼む、間に合ってくれ……!
ボクの思った通りだった。彼らによれば、この世界では六歳が寿命なんだ。ここは向こうの世界で生まれ変わるための準備期間、若返るための場なんだ。だけどこの二つの世界を行き交うには月日にして六年の年月がかかる。だからボクも六歳若くなってこの世界に来たし、反対に六歳早くこの世界からいなくなるんだ。
間もなく、いつもの公園に着いた。そして、その奥には一人、少女が佇んでいる。
「……キミ!」
キミはこちらを振り向いた。どこか悲しそうな表情でこちらをつーっと眺めている。
「ぷれぜんとはいいって、言ったのに……」
その彼女の足元には、大きな大きな絵が描かれていた。様々な動物が楽しそうにみんなで遊んでいる。そこにはリスと、それからキツネの姿もあった。
「……ごめん、でも今度こそプレゼントを渡し損ねたくなかったんだ」
ボクはそういってリュックを下ろすと、中から包みを取り出す。プレゼントはタイムズニューロマンで『Happy Birthday!!』と刻まれたメッセージカードとともに、あの日と同じ姿でボクの部屋にずっと置いてあった。
「誕生日おめでとう、キミ」
彼女は泣き出しそうな顔で受け取る。「あけてもいい?」ボクは頷いた。「いいよ」
彼女は丁寧に包み紙を開ける。そこにあるのは絵本だった。ボクとキミで作った、リスとキツネのお話。キミに内緒で業者に頼んで装丁を施し、製本してもらったものだった。彼女はパラパラとページをめくると、最後のページをみてそっと微笑んだ。
「使ってくれたのね、わたしのかんがえた終わり」
ボクの考えたラストは努力家のリスを馬鹿にしていたキツネが痛い目を見て終わりだった。だけど、この絵本ではキミの考えた仲良く終わるハッピーエンドを採用した。それはボクの望みでもあった。
「ボクのかんがえる話は、いつもかなしいお話ばっかりだったもんね」
ボクの書く小説は決まっていつも、主人公が努力をしないで失敗するものばかりだった。そして、それはボク自身だ。
「でも、わたしはあなたのかくハッピーエンドが好きだった」
ボクは一回だけ、ハッピーエンドの話を書いたことがある。キミはそれを心底気に入ったようだった。それは丁度この絵本みたいな終わり方で、ひょっとしたらキミはボクのその話を真似たのかもしれない。
ボクはキミが事故で死んでから、努力することを信じなくなった。どんなに頑張って努力しても、彼女みたいに報われずに一生を終える人なんて沢山いる。それなのにボクみたいな人間がのうのうと生きていることが、浅ましく思えた。小説家になんてなれなかったボクは地方の役所に勤め、そこそこに生活し、気が付けば線路に身を投げていた。
「ありがとう、キミ。そう言ってくれると嬉しいよ」
でも、違う。本当はボクだって努力したかった。キミみたいに目標に向かって、それでいて目標なんて気にせずに、努力したかった。ただ、怖かっただけだったんだ。
ボクは、卑怯だ。必死に頑張るリスはキミで、それを羨ましそうに思いながらも馬鹿にする事しか出来なかったキツネは、ボク自身だったんだ。
「すてきなぷれぜんとを、ありがとう」
不意に、彼女の輪郭が曖昧になっていく。淡い光に全身が包まれていき、彼女の色彩が宙に溶けていく。彼女の存在が、消えていく。
「わたしはがんばってきたことを、こうかいしてない。だから、そんなに泣かないで」
ボクは気が付けば、泣いていた。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「ボクとまた会えて、嬉しかった」
そして、彼女は消えた。淡い光の灰となって、風に吹かれて空に還った。
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