第9話

 その晩もまた、生前の、あの子といた頃の夢を見た


「ねえねえ、話を考えてくれない?」


 ボクとあの子が付き合い始めて数か月経った頃、ボクらは大学内で一緒に昼食をとるようになっていた。塩サバを食べるボクに、彼女はそんな提案をしてくる。


「話って……もしかして絵本の?」


「そう。だって、ボクは小説家になるんでしょう?」


 彼女は面白半分でボクのことを『ボク』と呼んでくる。それは少し照れくさかった。


 彼女の依頼を受けたボクは早速作業に取り掛かったが、絵本の話なんて考えたことのなかったボクは、苦し紛れにイソップ童話のアリとキリギリスをお手本にした。冬眠に向けて汗水たらして食べ物を集めるリスさんを馬鹿にしていたキツネさんが、後で痛い目を見るというありふれた寓話だ。


彼女はというと、「キツネがかわいそうだからキライ」と感想をこぼしたが、何だかんだでイラストにしてくれた。ただし、ボクの考えた話とは別に、リスさんとキツネさんが和解して一緒に仲良く冬を越すという絵も描いていた。ボクは苦笑して見せるだけで、そのことについては肯定しなかった。


 ここでひとまず完成ということで話は終わり、その後合作をしたことはついぞ一回もなかった。彼女はその後も絵本作家になるために絵を描き、本を読み、賞に応募することもあれば出版社に持ち込むこともあった。彼女は挫折するたびに、そのことをバネにして前に進んでいく。



「努力しないと結果は返って来ないし、そもそも努力のない結果なんて虚しいだけだから」



 それが彼女の口癖だった。ボクは彼女のそんな姿を見守っていた。時々彼女のために手助けすることもあったが、それは親切心以上に、彼女の夢が満たされれば、自分の夢が叶ったような充実感が得られるような気がしたからだった。ボクは自身の夢を叶えるために努力することを放棄していたのだ。ボクは自分が努力して、失敗して傷つくことを人一倍恐れていた。



 ボクは彼女に憧れていた。それは彼女が死んでも、変わらなかった。


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