第7話
最寄駅に降りた俺は、昨日にも増して呑気に鼻歌を歌い始める。小説家になれる。そう思うだけで気持ちが高揚し、先ほどのボーリングでも随分とテンションが高かったのを自覚している。
今日は雲が多い。空を覆う羊雲の群れは表面を斜陽になぞられ、赤と白の絨毯のようになっていた。穏やかな心地の中、ボクは住宅街の中ゆっくりと帰路を辿っていた。
「どうだ、ここでの生活には慣れたか?」
俄かに声がした。後ろを振り向くとそこには初老の男性がいる。高齢にも関わらず背筋はピンと張って堂々としており、顔に刻まれたしわは威厳と風格を醸し出していた。そんな男が不必要そうな杖を携えて、道端に佇んでいる。そして、その声はどこかで聞き覚えがあった。
「あなたは?」
「今日はこの世界について説明をしに来た。あまり詮索されても困るからな……満足できる程度には教えといてやろう」
「それは一体どういう……?」
「この世界の住人はこの世界のシステムについて気にならないようになっているはずだったんだが、どうもお前さんには効果がないらしくてな。まあ、そんなことはどうでもいい。ここはお前さんも察しているだろう、死後の世界だ。ここが存在する理由は二つある」
彼は淡々と語り始める。とても信じがたいないようであったが、彼の落ち着いた声色が疑うことに抵抗を感じさせる。
彼の話をまとめると以下の通りだ。この世界の目的の一つは『ご褒美』。向こうの世界で苦悩と共に生きたことに対する報酬がここでの幸福だと言うのだ。彼曰く向こうの世界での理不尽さに報いがないのはおかしい、という理屈だそうだ。
そしてこの世界があるもう一つの理由、それは『生まれ変わる前の準備期間を設ける』ためらしい。この世界では年齢が逆行する。老人が『死に出で』て、壮年期、青年期を経て子供となっていき、最終的には『生まれ去る』ことで向こうの世界で来世の生活を営むことが出来る。向こうの世界で年を取るのには相応の時間がかかったのと同じく、生まれ変わるために若くなるのにも時間がかかるらしい。そのための時間を過ごすのがこの世界という訳だ。
「そして、向こうの世界とこの世界を行き来するのにも六年の年月がかかる。無論君らの記憶には残らないのだがな」
そうか、だからボクがこの世界で目を覚ました時、既に六歳若返っていたんだ。
「これで粗方説明は終わった。じゃあ、達者でな。生まれ変わるまでの間、この世界で幸せを謳歌しておくといい」
「待ってください、まだ聞きたいことがたくさん――――」
その時、電柱のてっぺんに止まっていたカラスが視界の端で羽ばたいた。そちらに一瞬気を取られたうちに、目の前で今の今まで会話をしていたはずの男性は忽然とその姿を消していた。ボクは自然と駆け出していた。まだ近くにいるのではないか。そう思って住宅街を走り、いくつかの曲がり角を曲がったところで、見覚えのある光景が飛び込んできた。
「ここは……」
そこは、昨日訪れた公園であった。相変わらずマンションの陰に隠れて夕日に見放されていたが、しかしどこか心の安らぐ静けさがあった。そして、奥の砂場には昨日と同じく例の女の子がいた。
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