第5話

 その晩、ボクは懐かしい夢を見た。


 生前のボクが大学生になってまだ間もない頃、よく大学の図書館に通っていた。別に勉強がしたかったからとか、そういう訳ではなかった。大学だってそうだ。別に自分の偏差値より少し低くて楽そうなところを選んだというだけで、そういう意味では意識の高い方ではなかった。いつも図書館に着いては隅っこの席に陣取り、スマホをいじったり時々本を読んだり、そんなことをするだけだった。


 そんなボクと同じくらい、いやそれ以上だからほぼ毎日であろう、いつも図書館にいる少女がいた。彼女は見かける度に真剣な表情で手元の筆記用具を動かしているから、きっと真面目に勉強でもしているのだろう。その程度の印象しか持っていなかった。来る日も来る日も一所懸命に取り組んでいるようだった。


 ある日、ボクはたまたま課題に追われていて、嫌々図書館が閉まる直前まで勉強をしていた。閉館のアナウンスに促されて荷物をまとめていた時、向こうで例の少女が机に俯せているのに気が付いた。きっといつも忙しく勉強していたから疲れているのだろう。もっとも、彼女が居眠りしているのを見たのは初めてだったのだが、ボクは彼女の肩を軽く叩いて起こしてあげた。


「んん……あれ?」


「もう閉館ですよ」


「ああ……ありがとう」


 時計を確認した彼女は特に驚いた様子もなく、テキストや本を片付け始める。ボクは彼女の手元に目をやった。借りている本はいずれも絵本に関する書籍であり、中には本当に絵本なんかもあった。


「それ、なんの授業?」


 夜の図書館にはボクら二人以外に人はいなかった。無機質な蛍光灯が弱弱しく照らす彼女の顔を見詰めながら、ボクはそんなことを尋ねた。


「これは授業じゃないの、自分のため」


「自分のため?」


「そう、自分のため……わたしは絵本作家になりたいの」


 そう告げる彼女はどこか照れくさそうで、またどこか誇らしげでもあった。

「そっか……それで、毎日頑張ってるんだね。いや、理由が気になってね……」


 僕にも小説家になりたいという夢があった。だけど、それに向けて具体的に努力したことも、まして毎晩遅くまで必死になって勉強なんてしたこともなかった。夢があるという面ではボクと変わらないはずなのに、彼女はボクの何十倍も頑張ることが出来るんだ。


「なんで?」


 彼女のその言葉は、ボクに言ったというよりは、思わず口から漏れた独り言のようだった。純粋に疑問に思った、そんな風だった。


「なんでって何が?」


「あなたは特別な理由がないと、頑張れないの?」


 ボクは、こんなことを言う人がいるんだなと、そう思った。そして、同時に彼女に興味を持ったのもこの時だった。これは、やがて彼女と付き合うようになる数か月前の話だ。



 また、或いは彼女が交差点で事故死する一年前の話でもある。


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