第2話
「では、今日の講義はここまでだ。来週は――――」
教授が何やら連絡をしているが、生徒たちの多くは聞く耳を持たない。荷物をまとめて帰り支度を済ませる音が部屋中からどっと湧いた。
「なあ、もしかして今日が初めてか?」
そんな騒々しさの不協和音に一役買っていたボクを呼び止めたのは男だ。隣で聴講しながら頻りにボクの様子を伺っていたのには気が付いていた。
「よかったら、これから一緒にお昼、食べない? 友達もいるんだけど」
ボクは確かに死んだ。しかし、気が付いたら交差点の中心で突っ立っていた。昨日のことだ。そこは生前足繁く通っていた街並みであり、ボクはひとまず懐の財布を使って傘を買い『帰宅』してみた。家にはそっくりそのままボクの家財道具その他所持品が置かれていたが、家族はいなかった。その過程で気が付いたのは、ここがボクの元々生きていた世界とは似て非なるものであるということだ。
釜玉うどんをかき混ぜながら目の前の連中に聞いてみた。
「ここは結局、どういう世界なんだ?」
ボクと相席する三人はそれぞれ困ったように顔を見合わせた。
「……そんなこと聞かれてもな。俺らも実際よく分かってないし」
そう答えたのは先ほど一緒に講義を受けていたやつだった。初対面にも関わらず人当たりが良く好感が持てた。他の二人は彼のサークルの友達で、食堂で彼のことを待っていたのだ。
この質問をしたのは彼に対してが初めてではない。昨日から度々関わった人たちにこの質問を投げかけるのだが、皆いずれも曖昧な言い分しか返ってこなかった。ただ、一つ分かったことと言えば、この世界で生活する人々は、『あちらの世界』で死んでいるという共通点を持つことだけだった。しかし、彼らは一様に生前とほとんど変わらない社会で生前と遜色なく、いやそれ以上の暮らしをしていた。さらに言えばボクは享年二十八歳であったが、手元にあった身分証では二十二歳ということになっている。この世界に来た人間は全て六歳若返るのだという。その身分証とは学生証であり、ボクは大学生に遡っていた。
「と言ったって、折角大学生になれたって来年卒業するからまた逆戻りだ。むしろまた就活する気苦労が増えた」
「ああ、そっか……向こうの世界だと歳はとっていくものだもんな」
奇妙な言い回しだった。
「すぐには信じられないと思うが、この世界だと歳は減っていくものなんだ」
減っていく……どういうことだ? 突飛過ぎて話についていけない。混乱するボクを尻目に彼は定食の皿を重ね始める。隣の二人はこちらとは別の話題で盛り上がっていた。何でも「どこの高校に進学するか」という話らしい。
「あ、よかったらお前の皿も片づけといてやろうか?」
「うん? ああ、ありがとう」
彼は俺の皿をひょいと持ち上げると、席を立つ。他の二人は俺に気を遣ったのかこちらに話題を振ってきた。彼らもまた接しやすく、偶然話もあう。そして何より絶対にこちらが不快になるようなことを言わない。向こうがそんな調子なのでこちらも気兼ねなく『いい人』をやれる。早速いい友人関係を持ったものだ。
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