死に出ずるボクと生まれ去るキミ
河原 采
第1話
ボクは信号が赤から青に変わるのを待っていた。
南中した太陽からは初夏らしい日差しが燦々と降り注ぎ、モワッとした暑さがアスファルトの上で風に吹かれて踊る。額に滲む汗を拭うと、片手に携えた紙袋を見た。中には赤いリボンで飾られた小包が入っている。ボクはそこにタイムズニューロマンで『Happy Birthday!!』と刻まれたメッセージカードを認め、頬を綻ばせた。
ふと顔を上げれば、交差点は日曜日特有の陽気な人混みで溢れかえり、車の行き来がせき止められるのを今か今かと待ちわびているのが分かる。その群衆の中、向かい側の歩道で待つ一人の少女と目が合った。所在なさげに泳いでいた彼女の視線が僕を捉えると、こちらに手を振る。ボクも即座に手を振り返した。危ない。待ち合わせたにもかかわらず入れ違いになるところだった。
信号の赤いLEDがそのなりを潜め、青い光が自己主張をし始めた。そんな様子には関心がないとばかりに人々は横断歩道を縦断していく。ボクははやる気持ちを抑え、冷静を装って彼女の元へ歩み寄っていく。彼女もまた急ぎ足でこちらに向かってきた。
その時、僕の視界の端の方で、彼女の後ろを進んでいたサラリーマンが驚いたように歩みを止めた。続いて周囲の人々も唐突に動きを止め、あるものは駆け出し、またあるものは悲鳴を漏らした。ボクと彼女が何事かと皆の視線を辿って西側を見たのは、ほとんど同時だったように思われる。ただし、あの時彼女の頭を回した首はへし折れたらしい。あとから医者に聞いた話だ。
彼女は車に轢かれて死んだ。それは、彼女が二十歳になった日のことだった。
雨。
ボクは気が付けば交差点の真ん中に立っていた。まるで、あの日彼女を亡くした瞬間のように、茫然と立ち尽くしていた。傘を持たないボクを嘲笑うような夕立が、頭からつま先までをぐっしょりと湿らせる。大都会を象徴するスクランブル交差点は無数の人々の雑踏で溢れかえり、行き交う彼らは傘のせいでお互いの顔など見えない。
もっとも、たとえそれが晴天で照らされていたとしても同じことだろう。
地べたに叩きつけられて跳ねる雨水を眺めながら、ボクは我が身の在り方を疑った。おかしい。ボクは確かに――――。
その時、脇をすり抜ける蝙蝠傘の一つが耳元で囁く。その一瞬だけ、全ての雑音が世界から失せた気がした。
「ようこそ。ここはヒトの望む理想の世界だ」
――――ボクは確かに、死んだはずだった。
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