第6話 小学5年生②

かっちゃんは物置から何やら巨大な物体を取り出してきた。

女子が1人で運ぶには大変そうだったので力持ちの徹が運ぶ係になった。

それが何なのか、どこに行くのかも分からぬまま、僕たちは家の外へと連れ出された。


かっちゃんの家の裏手は神社に通じる山道になっていた。


徹が持っている巨大なバッグのようなものを開けると、


「死んだおじいちゃんの遊び道具!」


とかっちゃんがうれしそうに言った。


ゴルフクラブだった。


女子が提案する遊びにしてはなかなか渋めだったが、この夏僕たちが1番ハマった遊びだった。


200mぐらいある山道で、それぞれがボールを順番に打っていき、神社の賽銭箱さいせんばこに少ない打数で当てた者が勝ちというルールだった。


舗装ほそうもされていない道でボールを打つのは大変だったし、クラブの特徴も知らない僕たちは、適当なクラブを取って、ただ棒切れをボールに当てるような感覚だった。


この日はさすが持ち主(?)だけあってかっちゃんが1位だったが、まあどんぐりの背比べだった。

夏休み中、何回かやっているうちにみんな少しずつ上手くなっていくのだが。



夏休みも半ばになると、僕たちは川遊びに虫取り、夏祭りと宿題そっちのけではしゃぎ…いや、社会勉強へと没頭していった。

脳の発育には遊びも重要なのだ。


ちなみに啓人はエモノを獲るセンスに長けてるらしく、川ではザリガニ、山ではクワガタと、僕たちの中で1番大きなエモノを毎年捕獲してくるのだった。


徹は川でバシャバシャ水をかき混ぜてるだけ、山で網をブンブン振り回してるだけで全然ダメ。


かっちゃんはというと、木陰こかげに座って水筒のお茶を優雅に飲みながら、できるOL風にフンッという感じで男3人を遠くから眺めていた。


そうそう、夏祭りではエライ目にあったっけ。


僕が夜店のクジで当てた花火セットを持って少し離れた土手までいって、打ち上げ花火に火を点けたら花火が倒れて、思いっきり夜店に向かって発射してしまって…周りの大人たちから怒られまくったなー。



夏休みも残すところあと1週間となったこの日、僕たちは遊び納めとして、かっちゃんの家に集まった。


毎年夏休みの最後の1週間は、貯まりに貯まった宿題をやる期間なのだ。

毎日少しずつやっておけば良かったんだけど。


「今日が最後の勝負よ!」


かっちゃんがそう言いながらゴルフクラブを持ってきた。


ここまでは大体かっちゃんか啓人が勝ってきた。


徹は「飛距離対決だったらなー。」なんて負け惜しみを言いつつ、まだ1位は1回のみ。


そういう僕はまだ1回も1位を取ってないが。


ジャンケンで打順を決め、今回は僕からスタートした。


みんなスタートは余裕でまっすぐ飛ばすようになってきていた。


途中、小さな階段があって苦戦ポイントだったのだが、スムーズに球を運べるようになってきていた。


徹は割と地面の土ごと打ち上げてしまうので、前にかっちゃんがいるとよく睨まれていた。


「レディーへの配慮が足りないわ。」


と言いつつ、かっちゃんは最短距離で着実にゴールへと近づいていく。


「クラブのこの辺に当てたほうが…」


ブツブツ言いながら啓人もなかなかの腕前でゴールまでの距離はかっちゃんと変わらない。


僕は途中山道の脇に逸れ、何回か木に阻まれたせいで2人には遅れをとったものの、徹には少しだけ勝っている。



結局最終的には打数でいくと、かっちゃんと啓人が同着、僕と徹は…どっちがどうだったかはよく覚えていない。



「今年の夏休みももう終わりかー。」


僕たちは石段に座って去り行く夏を惜しんでいた。


まあ、ゴルフは秋でもできるけど…。


「かっちゃん、また秋にリベンジさせてくれよ!」


徹が力強く訴えかけると


「そう…だね…。」


かっちゃんは力無い返事をした。


「かっちゃん…宿題…そんな残ってるのか?」


「あんたと一緒にしないでよ!」


かっちゃんは徹の肩にゲンコツを入れた。


「徹って毎年宿題提出日に間に合ってないよな。」

僕がボソッと言うと、


「お前なんて去年の自由研究、金魚の観察とかいって毎日変化なしだったじゃねーかよ!」


僕と徹が言い合ってる中、啓人は絵日記以外は終わっていた。


同じ様に遊んでたはずなのに…できる男は違う。



「そうだ!そのボールあんたたちにあげるわ!各自練習でもしてなさい!」


かっちゃんにそう言われたものの、練習でもしてなさいって…クラブがないんですけど…。


多分みんなそう思ったが、戦友のような愛着が湧いてきていたので、ありがたくもらうことにした。



空も暗くなってきて、そろそろ帰らないと怒られると思いつつも、僕たちは取り留めもない話を1時間ぐらいはしていただろうか。



あの頃、僕たちの目の前には茫漠とした、ほとんど永遠ともいえる時間が流れていた。

父さん母さんは最初から父さん母さんで、それはこれからもずっとそうで、僕たちは最初から子供で、これから先もずっと子供で…そんなはずないことは…いつか大人になる日が来ることは理屈では分かっているのだけれど…ずっとこのままの時間が続くような、そんな気がしていた。


多分僕以外の3人も…。



かっちゃんがこの町から去ったことを知ったのは1週間後、始業式でのことだった。

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