第5話 小学5年生①

「それじゃー明日から夏休みだけど、みんな夜ふかししないように、お家の人のお手伝いをちゃんとして、宿題もして、それからえーっと…。」


新任の奈津子なつこ先生のたどたどしいホームルームの締めの挨拶を最後まで聞くことなく、僕たちはランドセルを片方だけ肩にかけ、ダッシュで教室を出ていった。


「とにかくみんな2学期も元気に学校来るのよー!!」




「晴、夏休みヒマだろ?明日からプール行こうぜ!」


徹はこの頃からとにかく活発だったのとすぐ人をヒマだと決めつけてくる。

まあ小学生の夏休みなんて宿題とラジオ体操以外にやることもないし、誘われりゃ行くんだけど。


「啓人も行くだろ?」


「えっ…イヤ…オレは、早く宿題終わらせたいし…。」


「夏休みだぜ!?別にプールぐらい行ったって宿題は夜にできるだろー!なっ?じゃあ明日の10時に市民プールの入口集合な!」


啓人はいつもクールぶって最初は渋るが、結局最後は参加することになるのだ。

まんざらでもない感じで。


僕たち3人は帰る方向が同じで家も近かったのでいつも一緒だった。


もう1人よく一緒に遊んでた子がいたような…。


3人は大通りにある農協と郵便局の前を通り過ぎ、田んぼ道と、途中の川に掛かった橋も渡ると、小さめの住宅街があり、各々家路に着いた。


明日から夏休みという高揚感が身を包む中、早朝のラジオ体操に備えて21時には眠りについた。




翌朝、6時半頃始まるラジオ体操のために公民館には僕ら3人以外にも同じ区画に住む小学生たちが10人ほど集まってきた。

他にも5,6人はいるのだが自由参加なのでこんなもんだろう。


「じゃあ、今日10時な!」


終了後に参加のハンコをもらって帰ろうとしている僕らに徹が改めて確認してきた。


家近いんだから一緒に行けばいいんじゃ?と毎回思ったものだが、多分どこどこで待ち合わせみたいな都会的(?)な行動にこの頃から憧れがあったのだと思う。



8時頃、母の作ったサンドイッチをまだ幼稚園児の弟と一緒に食べながら、夏休み恒例のアニメ特集を観て、サンドイッチの残りをリュックに入れると、自転車で市民プールへと向かった。


啓人とはほぼ同時に到着した。

徹は貸し出し用のビート板を大量に抱えてすでに待っていた。


室内に入ると着替えを済ませ、各自ビート板を1列にプールに浮かべると、プールサイドから助走をつけ、浮かんだビート板に飛び乗ると、誰が1番先まで走って行けるかを競い合った。


当然監視員には怒られた。


その後も水中鬼ごっこをしたり、水中に投げ入れたメダルを誰が最初に見つけるか競ったり…。



2時間もすると僕ら3人は「次何しよっかー?」なんて言いながらプールサイドに敷いたビート板に仰向けに寝そべってただ時間をつぶしていた。


「かっちゃんの家にゲームしに行かね?」


この頃からゲーム好きだった僕は、自分の家にはない色々なゲームがあるかっちゃんの家が大好きだったし、体を動かすのにも疲れたのでそう提案してみた。


ちなみにかっちゃんは僕らの住宅街の中にある成田自転車の娘で華也子かやこというれっきとした女子だ。

僕らの区画にいた同学年がかっちゃん含めて4人だったことで昔からよく遊んでいた。


僕らがあまり女子扱いしないのと、かっちゃんという男っぽいあだ名に不満を持っていたのだけれど。

そして女の朝は忙しいというOLみたいなことを言いながら、ラジオ体操には小3以降全く参加しなかったのだけれど。


僕たちは各自持ってきていた昼食を取り、コンビニでアイスを買って食べるとかっちゃんの家に向かった。




「こんにちはー!!」


自転車屋の入口で呼び掛けるとかっちゃんの母親が出てきた。


「おばさん、かっちゃんいる?」


「あなたたち、またゲームでもしに来たのね。今ちょうど上でやってるわ。宿題もしないで。」


僕たち3人はニンマリしながらダッシュで2階に駆け上がり、レディの部屋にノックもなしでズケズケと入っていった。


かっちゃんは毎回、一瞬目を真ん丸にしつつも、次の瞬間には、また来たのねというプイッとした表情でミディアムの髪を耳に掛け、大人の女っぽく振る舞って見せる。


「かっちゃん、いつもの!いつものあれお願い!」


僕たちはお構いなしにいつものやつを催促する。


この頃僕たちの間で流行りのシューティングゲームがあった。

ステージが進むにつれてこちらの戦闘機がグレードアップしたり、敵キャラにそのとき流行りの漫画キャラが出るといった粋なはからいが少年心をくすぐった。


全30ステージあるらしいのだが、まだ僕たちは10ステージまでしか進んでいない。


この夏休み中に全ステージクリアするぞと意気込んでいた。かっちゃんのゲームなんだけど。


「オレの家にもあったらなー。ウチの親なかなか買ってくんねーんだよ。」

徹がコントローラーを握りしめながらグチる。


「かっちゃんの家は”ジエイギョウ”だから。儲かってるんだなー。」

啓人がボソッとつぶやくが、啓人の家もなかなかの金持ちだったと思う。

父親は単身赴任で大企業勤めだったような。

お金の問題ではなく娯楽に厳しい家だった。


「アンタたち、いつも威勢よく乗り込んでくる割には下手ねー。私に貸して!」


かっちゃんはゲーム経験豊富なだけあってなかなかの腕前だった。


ちなみに僕もかっちゃんほどではないが多少は持っていたので徹や啓人よりは上手かったのだ。

一緒にしてもらっちゃ困る。


かっちゃんは1ステージだけ助っ人として(というかかっちゃんのゲームだが)クリアするとコントローラーを置いて、

「下にお菓子を取ってくるわ!」

と言って部屋を出ていった。


次のステージは僕がやっていると、すぐにお菓子を持って戻ってきた。

柿の種という酒のツマミのようなチョイス。


「そういや今日おじさんは?」


「パパなら出掛けてるわ。仕事の用事で。」


「”ジエイギョウ”だからってずっと家にいればいいってわけじゃないんだなー。」

啓人はなぜか”ジエイギョウ”に興味津々きょうみしんしん



「なんかこうやってゴロゴロしながらゲームしてるとさー、もう学校行けなくなるよなー。ずーっとこの時間が続けばいいのになー。」


徹のグータラ発言に僕たちも同意しかけたところにおばさんが入ってきた。


「あなたたち、ゴロゴロとゲームばかりしてると怪人グースカになっちゃうわよ。外で元気に遊んでらっしゃい。」


怪人グースカはなまけ者の象徴のような漫画のキャラなのだがそんなことはどうでもいい。


僕たち3人がこれからどうしようか、という表情をしているとかっちゃんが、


「そういえば面白いものがあるわ、行こ!」


そう言って僕たちを部屋から連れ出した。


そういやこの夏限定で流行った遊びがあったんだっけ…

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