第2話 孤独

「ん…?」

カーテン越しの光とLINEの着信音で目が覚めた。


『今日18時に大学前のファミマ集合な!』


徹からだ。


そっか…。

今日は4月20日、啓人けいとの誕生日だ。


僕と徹と啓人は地元が同じ幼なじみで大学も学部も同じ。

毎年誰かの誕生日になると誕生パーティー…ちがうな。

ただ男3人集まって焼肉だのしゃぶしゃぶだの食ってるだけの会だ。

特にプレゼントもない。女子会じゃあるまいし。

飯代払ってやるだけ立派なもんだ。



さて、今は10時…夜まで何してようか…。


僕の朝食はストロベリー味のプロテイン。

どこかの成功者が朝食はプロテインのみと言ってたのを真似しているのだが、僕のやってることといえば大学の講義を目的意識もなくボーッと聞いて、たまにバイトしてゲームする。

こんな日々を送って朝食だけ真似してもなぁ…。


あとどうでもいいことだが、一人暮らしの学生にとって月5000円のプロテイン代はバカにならいのだ。



とりあえず1週間分の食料を買いに近所のスーパーに行き、帰り道どうやって時間をつぶそうか、なんて考えながら歩いていると、知らず知らずのうちにマンションから50mぐらいのところにある、くぬぎ公園のベンチに吸い込まれていった。


平日の昼間なこともあり、老人や子供連れの母親が5,6人いるぐらいのもので気分的にはほとんど1人の空間だ。


空に浮かぶ雲を見ながら、ソフトクリーム…いや鏡餅…どっちも似たようなもんか…なんて考えながら、この状況…社会人だったらアウトだな…なんて考えながら、ふと視線を下にやると、植木の枝に蝶のさなぎと思われるものがついていた。


「こいつもこれから殻をぶち破って社会に飛び立って…」

なんて考えた直後、

「ちがうちがう、なにかっこつけて自分と重ねてんだ!オレなんて社会に飛び立てるのかも分かんねーし。」


心の中で自分にツッコみながら、なんだか恥ずかしくなり、その場をあとにした。



スーパーで買ってきたカップ焼きそばを食べながらオンラインゲームに興じているとあっという間に16時をまわっていた。


普通の人であればゲームで1日がつぶれていくことに罪悪感でも込み上げてくるのかもしれないが、僕は決してそんなことはない。

なぜなら僕の昔の夢はプロゲーマーであり、ゲームをすることは就活みたいなものだからだ。


「昔の」という文字と現状何者でもないということはここでは一旦置いておこう。



18時ぎりぎりに僕は集合場所のファミマに到着した。

徹も啓人もすでに到着していて、僕がさあ行こうか、という空気を出していると、2人が首を振りながら「まあ待て。」と。


すると「お待たせー!」と、男子会には似つかわしくない、でもどこかで聞いたような甲高い声が後頭部に突き刺さった。


「ゆ…夢?」


夢は文京大学経済学部の同じく四回生で、僕らとは違い出身も東京。

バイト先が僕と同じということで知り合った、見た目は小動物系だが割と思ったことをズバズバ言ってくる、いると場が盛り上がるが彼女にはしたくない系女子だ。


「えっ?お前らも知り合いだったの?」


まさか女子が参加するようなグローバルな会になるとはつゆ知らず、驚いていると徹が、


「以前部活の打ち上げで晴のバイト先に行ったら晴の代わりに夢ちゃんがいてさー。

そういや学内で晴と話してるとこ見たことあったなーと思って声かけて、そっからって感じかな。」


「でも何で啓人の誕生会に…。」


まあまあ細かいことはいいから、という感じで夢を含めた4人で徹が予約してるはずの店へと歩き出した。


大通りに出て飲食店街の中を100mほど歩くと、徹が


「さあ入ろうぜ!」


と言って、当たり前のように入ろうとした店は焼肉でもしゃぶしゃぶでもない…イタリアン…バル…?

ずいぶんオシャレできらびやかな感じだが…。


なるほど…こいつ案外女子の前でいいカッコするタイプだ…。


そう思って何となく夢を見ると、特に感激する素振りもなくスマホチェックに興じている。

まあ僕らが田舎者なだけで、都心部においては別に珍しい店でもない。


そもそも啓人の誕生会だよな…。


そう思って今度は啓人を見ると、これから宝探しの冒険に旅立つ少年のように目をキラッキラに輝かせている。


ならいっか…。


五千円以上は出さねーかんな…。


そう心の中でつぶやきながら新ステージのゲートをくぐった。

(東京出てきて3年も経ってるんだが…)



席につくと、3人はビール、徹だけワインを注文し、まずは22歳の誕生日を迎えた啓人に乾杯をした。


この後いつもなら最近こんなことがあっただの、コンパでこんな子がいただのテキトーな雑談で時間をつぶすのだか、今年は大学生最後の年、当然のように話題は僕の最も苦手とする進路の話になった。


「徹くんって三丸商事みつまるしょうじから内定もらってんだよねー。うちの大学からそんなとこいけるなんてやっぱ野球部は強いねー。」


夢が切り出した。


徹は必死に喜ぶのを抑えながら


「ゆ、夢ちゃんだって山手やまのて銀行だろ?倍率すごかったらしいじゃんか。」


「いいな、みんな進路決まってて…。」


啓人がボソっと口を開いた。

そういや啓人は就職組ではなかった。


「ケイトー!こんな社会の歯車たちはほっといてオレらは孤独に荒野の中を突き進もうぜー!」


僕が啓人と肩を組もうとすると、一緒にすんなよとばかりに突き放された。


「ちょっと!啓人くんはロースクールの試験に向けて勉強中なんだから!先が決まってないって言っても晴とは違うの!」


やはり夢はズバッとくる…。


確かに啓人には弁護士になるという目標がある。

狭き門だし、なれる保証なんて全く無いけどただフラフラしてる僕とは全く違う。


「現実問題、晴は卒業したらどうやって生きてくつもりなんだよ?親からの仕送りだってなくなるだろ?」


徹の口から現実問題というワードが出るとは。

こいつ昔はプロ野球選手になるとか言ってたくせに。



その後も皆口々に何かを言っていて、ほとんとが僕に向けられたものだったはずなのだが、だんだん周りの雑音に混じっていき、だんだん僕は1人

きりの空間へと取り残されていくのだった。


マンションでの物理的な1人きりの空間は全く孤独なんかではなく、むしろ周りにいる仲間が仲間で感じられなくなったときが本当の孤独なのだと、大人になっていく3人を見ながら僕はそう感じていた。

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