子供以上大人未満
遊憂也
第1話 迫りくる現実
オレもきっとそうなる…。
今日は週に1度の1限から講義がある日。
早起きと満員電車がイヤでいつもサボろうかと思うのだが、そうやって今まで実際にサボってきたツケだとあきらめ、結局8時前には律儀に家を出る。
下宿先の亀戸から大学のある水道橋までの車内、出社前の大人達は皆同じような服装で、ある者はスマホを片手に耳にはイヤホンを、ある者は文庫本を開きそれぞれの世界に閉じこもる。
その表情から感情は読み取れず、たまに聞こえてくるせき払いと車内に広がる異様な熱気だけがそこにあるものは生き物なのだということを知らせてくれる。
週に1度でも
(これが毎日か…。)
教室に入ると馴染みのない学生がパラパラと。
そりゃそうだ。
同期の連中は1限から一般教養なんか受けに来ない。
とりあえず講義のはじめに配られる出席カードに名前を書くと、教授の講釈をBGMにこれからの自分の身の振り方に思いを巡らせる。
今からでもどこか適当な企業にエントリーしようか、公務員を目指す名目で1年ぐらいフリーターでもやろうかといった現実的なものもあれば、ある日一人で釣りをしていたら隣で同じく釣りをしていた老人と仲良くなり、えらく気に入られ、実はその老人が跡継ぎのいない大企業の会長で、僕を後継者にしたいと言い出し、若くして絶大な権力を手に入れ、都内の一等地に一軒家、高級外車を乗り回し、助手席には元モデルの妻。
…なーんて完全なる現実逃避も含まれているのだけれど。
(文化人類学…文化相対主義…エスノヒストリー…オレ法学部なんだけどな…。)
…まあ法律のことも大して知らないのだけれど。
「よっ、プー太郎予備軍!1限からご苦労様。」
講義後に廊下を歩いていると、後ろから勢いよく誰かに…というか誰かは分かっているけど肩を叩かれた。
「まだ1年あるよ…。」
僕は力なくボソっと返す。
「だから予備軍ってつけてるだろ。なかなか内定がもらえないってのならまだしも、そもそも就活自体してねーじゃん。今日も1限から講義受けて夜はバイトだろ?
このおせっかい野郎の
すでに商社から内定を貰っている。
やはり体育会は強いのだ。
オレもきっとそうなる…。
夕方になるとバイトのため大学近くの居酒屋で23時頃まで慌ただしく働く。
都心部だけあって19時も過ぎると会社帰りのサラリーマン、大学のサークル集団でごった返す。
「ポテトまだかよ!」
「ここに置いてたドレッシングどこやった!?」
「これ10番早く持ってけよ!」
こんな怒号が飛び交う現場も慣れたといえば慣れた。
ホールとキッチンに一人ずついる社員が戦場さながらにマシンガンをぶっ放し合ってるのを横目に僕たちバイトは他人事のようにとりあえず各テーブルへと散らばっていく。
休み前で今日はサラリーマンが多めかな。
いたるところでそれらしい会話が聞こえてくる。
「部長にまた変なプロジェクト任されちまったよー。あんな予算でどうしろっつーんだよ。てか仕事増やすなら給料も増やせよなー。」
「元々あそことの契約取ってきたのオレだぜー。まだ入社したての頃でよー。同期の中ではエースなんて呼ばれて…。」
「あのプレゼンは課長じゃなきゃ無理でしたよねー。先方めちゃくちゃ納得してたし。いや、オレなんて…まだまだ勉強させてもらいます!」
これがすぐ目の前に迫ってる現実。
「お疲れ様でしたー。」
間もなく日が変わろうかという頃、また電車に揺られ亀戸駅から下宿先のマンションまで7、8分ほど歩く。
子供の頃なりたかった大人、なりたくなかった大人、今は辛うじて心臓の表面に張り付いている。
こんなものは社会の渦に飲み込まれ2、3年もすれば簡単に剥がれ落ち、何の疑問も持たずに満員電車に乗って、昼間は組織に身を捧げ、夜は居酒屋で愚痴を
明日は大学もバイトも休み。
マンションにつくと、暗がりのままテレビをつけ、その明かりをたよりにゲームを取り出し、デジタルの世界の冒険へと繰り出す。
「そういやオレ社会の歯車にもなれないんだっけ…はは…。」
なんてことを呟きながら、冒険に繰り出したはずの勇者は異世界のサウンドを子守唄に、暗闇の中眠りへと落ちていった。
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