第297話 親になった友

トリア回収後、仕事を片付けて俺の前にやって来たトールは大分疲れていた。


疲労の方向性が肉体的よりも精神的なものだろうとすぐにわかってしまう。


「訓練中にトリアの気配が急に消えたので本当に驚きましたよ。まさか誰かに攫われたのでないかと凄く心配しました」


へー、そうなんだ。


「殿下、他人事みたいな顔してますが殿下の元にトリアが行ったのは事実です」

「そう言われてもねぇ……」


特にトリアを引き寄せるような何かをしてた訳じゃないし、そもそも自力で一つ下の階の部屋に来るなんて誰も予想できないから、普通は。


「クレアも気づいてなかったの?」

「丁度寝ていたみたいですね。トリアに乳をあげてから、一休み中に居なくなったようで」


しかも、部屋を抜け出す時に物音一つさせず、屋敷の使用人の目を掻い潜って下の階まで来ていたようだ。


……うん、聞く度に本当に生後三ヶ月の子供なのかと疑問になるけど、トールの子というスペックはそれくらい有り得てしまうのだろう。


「とりあえずもう少し部屋の周辺の内装をソフト寄りにしたいんですが大丈夫ですか?費用はこちらで出しますので」

「その位は俺が出すよ。というか、抜け出す前提か」

「我が子ながら、どうにも音と気配の消し方が上手いようなので」


親バカ補正なしでもそれはよく分かる。


「もう少し育児に人貸そうか?」


解決にはならなくても、一応そう聞くけどトールは首を横に振る。


「いえ、今くらいじゃないとクレアの方が大変かもしれません。あれでかなりトリアの育児を楽しんでるようなので」


まあ、確かにただ人手があれば良いというものでもないか。


初のわが子というのもあるだろうし、クレアの気持ちに寄り添いつつ無理のない範囲を保ちたいというのも分かる。


それにしても、何だかんだでクレアの気持ちをよく分かってるのはこいつも嫁さんに惚れ込んでるからなのだろうなぁ。


普段は嫁側の好意ばかりが目立つけど、何だかんだでトールからのラブも強いよね。


ラブラブな夫婦ですこと。


「僕ももう少しトリアを見てられればいいんですが……ケイトやピッケの事もありますし」

「二人とも少しは落ち着いてきたんだっけ」

「ええ。それでもなるべく様子は見に行ってます」


うんうん、それが良い。


「本当に俺が結婚する前にこの屋敷トールの子だらけになりそうだよなぁ」

「きっと殿下の子に良く尽くす子達になると思いますよ」

「言い切るね」

「僕と妻たちの子ですから」


うーん、説得力あり過ぎる言葉だなぁ。


「分かってるとは思うが、無理強いはするなよ?」

「ええ、勿論です。でもこうして殿下の元まで来たトリアを見てるとどうにもその道になりそうだなぁと」


そのトリアは母親のクレアに引き渡されて、今頃部屋でぐっすり寝てるだろう。


まあ、あれだけ動き回れば疲れもするか。


まだまだ生まれて日が浅いし。


「まあ、その時になって本人にその気があるようなら止めないけど、教えるからには手は抜くなよ?」

「当たり前ですよ。教える時に私情は挟みません。その時間だけは厳しくいきます」


出来るのだろうか?まあ、出来るかもだが、それで『パパ嫌い!』なんて言われたらトールが崩れ落ちる様子が……うーん、何故だろう、余計に嬉しそうに訓練に付き合う成長したトリアの様子を幻視してしまう。


未来視なんて出来ないのだが、あの子がトールに負けず劣らず勝負好きになる可能性は高いかもなぁ。


クレアもそこそこ好戦的だし、変な信頼があるよね。


「俺の子がトリアに惚れて嫁にしたりして」

「トリアが望んで覚悟を決めたなら、僕も反対はしませんよ」


キレるかと思ったけど、割と冷静に返された。


「それに殿下の子なら納得しかないので……」

「納得?」

「アイリスを見てると殿下の子とトリアとの相性が良さそうなのは火を見るよりも明らかですし」


まだ影も形もない我が子の事を言いきられてしまうが、まあ幼なじみに惚れたという意味では俺とアイリスはそれに当たるか。


「それに、トリアが殿下に惚れて嫁ぐよりは遥かに精神的にマシだと思いますし」

「ははは。トリアが俺に惚れるなんてそんなおとぎ話みたいな事はないでしょ」


年の差もあるし、何よりトリアの需要(想像)を満たすような強さも俺にはないしね。


「有り得るから怖いんですがね」

「我が子の心配も分かるが、我が子関連で頑張ってきた副産物も忘れないように」

「……分かってます。あの子達との話はなるべく早く付けてきますよ」


トリア関連で暴れてきた副産物……屋敷の前でトールを出待ちというかストーキングしてる双子の件を出すと、トールは分かってるとばかりに頷く。


まる一月そうしてる双子の精神的と気持ちの強さはトールに存分に伝わってるようだし、その辺のことは嫁たちに相談もしてきたようだ。


まあ、その結果受け入れ方向になってそうなのは見ただけで分かるんだけど……クレア達が認めるほどの気持ちの強さとトールが受け入れても良いと思えるラインなら問題はないのだろう。


ただ、嫁の数がまた増えて夜の生活も暇が消え去るだろうけど、父親として、夫として充実してる今のトールなら問題ないか。


すっかりお父さんしてる親友が少し羨ましいけど、婚約者という期間限定の関係を楽しむ意味では今の俺も悪くないのかも。


何にしても、トリアの脱走を考えてもう少し周囲に配慮していこうと決まったのだが、これから産まれてくるケイトやピッケの子も似たようなことがあるかもなのでもっと屋敷を全体的に弄ろうかなぁと思う今日この頃なのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る