第289話 父親トール

初めての我が子というのは本当に可愛いようで、トールは着々と娘大好きなお父さんになりつつあった。


具体的には朝昼晩とトリアの顔を見に行き、寝てれば一頻り眺めて活力にして訓練を頑張って、起きててご機嫌なら抱っこしてその可愛さに心を癒す。


「トリアが可愛くて可愛くて……本当に僕はどうしてしまったんでしょうか」


かなり不思議そうな様子だけど、俺からしたら当然の結果としか言いようがない。


好きな人との間に出来た初の我が子。


可愛くないわけがないよねー。


「娘を愛でるのは大切だけど、嫁の方も忘れるなよ」

「忘れられるとでも?」


うん、無理だよね。


トールがトリアを構えば構うだけ、他の妻たちへのフォローも増える。


特に妊娠中のケイトとピッケには気をつけてるようだけど、クレアが思ったよりもきちんと母親をしててそちらの方に俺が驚いたくらいだ。


「もっとトリアの世話に関わりたいんですが……あんまりやり過ぎてクレア達の仕事を奪う訳にもいきませんよね」

「だね。まあ、でも子育ては一人でやるものじゃないってことは忘れないように」

「ええ、それは分かってます」


俺が言うまでもないことだけど、子供を育てるというのは本当に大変な事だ。


どれだけ愛情があっても、二十四時間我が子を見てるのは大変だし、それこそ周りの協力は必須と言える。


その点でいえば、クレアはかなり上手くやってると思う。


基本、トリアの面倒は自分で見つつも必要な時に必要な分休息もとって、癒しを求めてくるトールにも負荷をかけ過ぎない程度に甘える。


出会った当初とその後のトールへの愛の強さが印象に残りすぎてるけど、かなり要領いいよね。


「アイリスも自分の時のためにクレアから学んでるようですね」

「周りにお母さんの先輩多いからねー」


知ってることだし分かってることだけど、改めて言葉にされると少しだけ照れがでそうになる。


それでも普段通りを装えたのは我ながら偉いと思うけど、どれだけ平静を装っても目の前の男には見破られるというのが口惜しい限り。


「それでですね、殿下。トリアのために作って欲しいものがあるのですが……」

「また?一昨日仕上げたの渡したばかりじゃん」

「お金はきちんと払います。殿下の作でないと少々不安なので」

「過保護だなー」


付き合いのある商会なんかのベビー用品ではトールは満足出来ないようであれこれと俺が作ったりもしている。


とはいえ、トリアの顔を見てから発注が更に増えた気がする。


本当に可愛くて仕方ないのだろう。


「この前、試しに買った貴族御用達のベビーベッドは耐久も質感もお粗末すぎて話になりませんでした。殿下のアイディアを見て真似たベビーバスなんておかしな塗り物があったのか数回お湯を張っただけで色が浮かんでくる始末。やはり殿下印の製品がベストですね」


……あのね、俺はベビー用品のプロじゃないんだよ?


思わずそう言いたいけど、巷に出回ってるベビー用品が思ったよりもレベルが低いのは否定できない。


子供の成長は早いし、一夫多妻が多いと1人あたりにかけるお金はもう少し大きくなってから……みたいな傾向にもあるようだ。


まあ、貴族は付き合いでお金がかかるというのもあるのかも。


俺がベビー用品を作ってるのは、あくまで可愛い我が子が生まれた時のために、そして可愛い姪や甥のためというのが主なんだけど、最近はトリアのために作りまくってる気しかしない。


お金は別に払わなくてもいいとは思うんだけど、トールとしては我が子のためのオーダーメイドなので是が非でも受け取らせたいという様子。


真面目だねー。


「それと、出来ればクレアが喜びそうなお菓子を焼いて貰えませんか?」

「いいけど、自分でやってみるのはどう?クレアだってそっちの方が喜ぶでしょ」

「……僕は向いてないので」


まあ、器用なようで変なところで不器用を発揮するからなぁ。


「分かったよ。アイリス達へのおやつのついででいいなら作るよ」

「ありがとうございます、殿下」


それにしても、娘が出来てからの方が妻への配慮が格段に上がってるような気が。


父親であり、夫になったのだろうなぁ。


不思議なものだ。


「ケイトやピッケは体調が戻ってからかな」

「ですね。その時はお願いします。それにしても、赤ちゃんを宿すというのは本当に大変なんですね」

「俺たち男には一生出来ない凄いことだよね」

「ええ、頭が上がりません」


俺ら男にはその辺は全く手を出せないし、何があっても大丈夫なようにフォローできる体勢でいることが必要だろう。


とはいえ、まずはだ。


「そこでへたばってるレオニダスみたいなのを量産しないように。張り切りすぎ」


訓練を頑張るのは分かるし、良い事だけど何事にも限度がある。


娘と妻への配慮で手一杯なのか、最近の訓練が激化してるようなのでもう少しセーブするように伝えておく。


無論、こんな事を言わずとも最近の自分のテンションによってレオニダス達を振り回してるのは分かってるだろうし、黙ってても解決することなのは分かってるけど……なんというか、レオニダスですらこのレベルでバテてるのを見てるとねぇ。


「父親って強いんだなぁ……」


ボソリと引きずられていくレオニダスが呟く。


確かにトリアの存在で益々力が漲ってる気が。


フレデリカ姉様辺りに頼んでトールのガス抜きもするべきか?


何かしら手を打つとしよう。

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