第279話 流しそうめん

そうめんを作ってみた。


意外と言うべきか、当然というべきかこっちの世界にはまだなかったのだが、俺自身別にそうめんが特別好きな訳ではない。


というか、そもそも食べたことがなかった。


だから存在自体を忘れていたんだけど、ここ最近になってそうめんの素晴らしい食し方と同時に存在を思い出した。


だから作ったけど……うん、結構美味しい。


試しに少し試食したけど、つゆと一緒にするりと食べられて暑い夏なんかは食べやすいかもしれない。


しかし、ただ食べるだけでは思い出した甲斐がないというもの。


俺がしたいのは究極のそうめん。


流しそうめんだ。


何度かテレビで見たけど、贅沢にも水と一緒に流れてくるそうめんは美味しそうというだけでなく、純粋に美しいと思う。


水というのは透明度が高いほどにそうしてあらゆるものを映えさせるのだろう。


何とも罪なお方だ。


それでこそ、一生かけて堪能すると誓った存在とも言える。


「流しそうめんですか?」

「そう」

「確認ですが、その新しい料理のそうめんを流すんですか?」

「そうそう」

「……食べ物で遊ぶのはよろしくないですよ」


トールよ、マジレスは止めて。


分かってるから。


「大丈夫、下流でトールとレオニダスが待ち構えてれば取りこぼしはないから」


二人の反射神経と箸さばきなら取りこぼしは万に一つも有り得ないだろうし、大丈夫なはず。


意外なことにレオニダスは結構早く箸の使い方をマスターしていた。


奥さんのベロニカに習ったらしい。


そのベロニカは仲良くなったクレアに習ったとか。


手取り足取り奥さんから習った成果なのかわりと上手に扱えていてすごいと思うと同時にどれだけレオニダスという男を理解してるのか少し慄いてもしまう。


まあ、レオニダス本人はその重さも受け止めてるようだし口出しはすまい。


何だかんだと幸せそうだしね。


さて、流しそうめんといえば竹なのだが……近くで入手は少し難しい。


じゃあ、どうするか。


少し考えた結果、最初の試作品は木製にしてみた。


うーん、違うなぁ。


次は鉄製。


もっと違う。


あーだこーだと考えてるうちにふと俺は単純なことを忘れていたことに気がついた。


そうだ、水が1番映えるのはあれしかない。


「そんな訳で、氷で流し台を作ってみました」

「どんな訳ですか?」


細かいことは気にするな。


「はー、なるほどなぁ。しかし氷の魔法をこんな簡単に使えるなんて相変わらずエルダート様は化け物だなぁ」

「殿下にとって魔法は息をするように使えるものですから」

「納得だ」


そこまで極めては……まあ、水魔法に関しては最近無意識でも使えるようになってきたようだけど、それはそれ。


まだまだ極めたと呼ぶにはお粗末だと思うんだ。


「とりあえず試食といくか」

「そうですね」

「おう!」


婚約者達に万全の状態で出すために試食は大切だろうと思い、まずは近くにいる三人でやってみる。


麺の流し手を誰にするかに関してはウォータースライムのラムネがやってくれることになった。


ありがとう。


「……なぁ、やっぱりあのスライムおかしいよな。スライムってここまで器用な魔物だったか?」

「今更ですよ。それに殿下に敵対する相手ではないですから」

「まあ、それなら大丈夫……なのか?」


ラムネはラムネだから。


ぷにっと器用に麺を菜箸で掴むと合図と共に流してくるラムネ。


おお!氷の台を流れる水も素晴らしいけど、そうめんがさらにそれを気を立たせてる!


いいね、いいねぇ。


上流から順に、俺、トール、レオニダスの順番だけどとりあえず最初のやつは俺が掬って食べる。


凄いな、普通に食べるよりも美味しく感じる。


「なるほど、これは楽しいですね」

「だな。ベロニカも気に入るかも」

「クレア達も喜ぶと思います」

「トールの所は、相変わらず嫁さん多いから大変そうだな」

「まあ、慣れてはきましたよ」


ふ、そんな余裕も今だけさ。


もうそろそろ追加の人員が現れるはず。


「不吉なこと考えないでくださいよ」

「とはいえ、否定できないでしょ?」

「……出来れば否定したいですね」


モテるすぎるもの大変そうだ。


まあ、俺は可愛い婚約者達の存在で日々癒されてるのでもう増えることはないだろうけど。


「いえ、殿下もそのうち増えると思います」

「その根拠は?」

「殿下は無自覚に人をたらしこみますから」

「あー、それはあるなー」


失礼な。いつ俺がたらしこんだのやら。


「少なくとも、この屋敷にいるのはたらしこまれた人達ですよ」

「だな。それがなかったら今も俺は森暮らしだったな」


そうかな?


何にしても流しそうめんは悪くないね。


竹バージョンもそのうちやりたいけど、こっちの氷バージョンの方が俺は好きかな。


水と氷のイリュージョンは本当に素晴らしい。


その日の夕食は婚約者達と流しそうめんになったけど、楽しんで貰えたようで本当によかった。


ただ、氷バージョンだと俺が作って冷気を維持するので魔道具とかでもう少し誰でも使えて尚且つ効率化を図りたいところ。


そこまで大変でもないし、なるべく早くやってみるか。


頑張ろう。


しかし流しそうめんは盲点だったなぁ……たまには過去を振り返るのも大切なのかな?


思い出したくないことを避けてそのうち思い出してみようかな。


ファイトだ俺。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る