第274話 満月の夜に誓いを

時刻はもうすぐ午前零時。


月は多少雲にかかっていたけど、満月の夜に相違ない。


「すげぇ、マジで大丈夫だ」

「薬効いてるでしょ?」

「ああ、この時間こうして満月見ても大丈夫とは……凄いな」


リーファと作った薬の効果はバッチリのようで、レオニダスは満月の夜なのに理性を失うこともなく平常で居られていた。


うん、だからってトールよ。


ちょっと残念そうな様子を見せないように。


理性のないフルパワーなレオニダスとやりたかった気持ちも分からなくはないけど、目的を見失わないように。


「……なぁ、王子様。狼男の噂は知ってるんだったよな」


嬉しそうな様子から少しだけトーンを落としてそんな事を尋ねてくるレオニダス。


「軽くはね」

「その中に、村を一つ滅ぼした……みたいなのもなかったか?」

「あったみたいだね」

「それな、半分くらいは事実なんだよ」


へー。


「なんか薄いリアクションだな」

「気のせいだよ。続けて」

「……この場所に来る前に住んでた所でのことだ。マグリットの婆さんが死んで数回目の満月の夜だったか」


まだまだ未熟で幼かったのもあったのだろうが、マグリットさんがいなくなったことで、レオニダスの抑えが効かず、満月の夜に暴走して村に降りてしまったことがあったそうだ。


「……記憶はほとんどないんだが、目を覚ましてすぐに自分が何をしたのか分かった」


全身に生傷が目立ち、軋むような痛みと遠くから聞こえる追ってらしき声が聞こえたらしい。


それだけで、自分が満月の夜に暴走して、村に降りて暴れ回ったことはすぐに分かったとのこと。


「後から聞いた話なんだが、死人は出なかったらしい。怪我人はそれなりに出したようだが、腕のたつ冒険者が居たらしくて、そいつとかなりやり合ってたから村人から死人が出なかったみたいだな」


それでも、恐ろしい狼男の話は大きく広まり、色々あって今住んでる場所へと移ってきたそうだ。


「デカくなって、一人に慣れても、満月の夜だけは俺は不安だったんだ。もしまた歯止めが効かなくなって、人を襲ったら……そう思うと怖くてな。情けないだろ?」


自虐するようなそんな言葉とは裏腹に、レオニダスの中に不安そうな子犬の姿を幻視する。


きっと、その出来事が胸の中にしこりとなって、今もレオニダスを縛っているのだろう。


「人を想うが故に人を恐れる」


温もりを求めても、それを自分が壊してしまうと思って近づけない。


俺とはかなり方向性が違うけど、温もりを求める気持ちも、恐れる気持ちもよく分かってしまう。


だからこそ俺はレオニダスに言った。


「レオニダス、俺の元に来なよ」


その言葉にレオニダスは目を見開く。


そしてトールがやれやれと楽しげに微笑む。


「……話聞いてたか?俺は狼男だ。人を襲った」

「誰も殺してないんでしょ?なら問題ないよ」

「だが……」

「確かに、人を傷つけるのはよくないね。どんな理由があろうともそう思うことは大切だ」


ルールやモラル以前の、友好的な関係を築くための大切な考え方だと思う。


「過去を気にするなら、きちんと清算すればいいよ。襲ってしまった村に行って、謝ってそれなりに賠償もしてこよう。俺も一緒に謝ってあげるから。そしたら前を向けるでしょ?」

「……なんでそこまで」

「寂しそうな友達を放っておけないだけだよ」


本当にただそれだけだよ。


「……いいのか?俺は狼男だぞ」

「しつこいなー。なら一つだけ約束してあげるよ」

「約束?」

「うん、約束。また暴れて人を傷つけそうになったら、トールが全力で止めるって約束」


その言葉にトールは肩を竦めて、レオニダスは何とも言えない表情をした。


「……自分がとかじゃないのかよ、流れ的に」

「俺みたいな非力な人間にそれは無茶だっての。それが不服ならもう1つ」

「もう1つ?」

「うん」


戸惑うレオニダスに俺はなるべく自然な笑みで言い切ってやった。


「何があっても、俺とレオニダスは最後まで友達だって約束するよ。もちろん、俺の好きな人に手を出したら怒るしトールをけしかけるけど、何があっても友情だけは消えないから覚悟するように!」


まあ、実際は大切な人に手を出したら半殺しでは済まないくらいにトールをけしかける気ではあるけど、それはそれ。


俺の魅力不足も力不足もあるだろうし、更に好かれるように、守れるように努力するだけ。


そんな俺の言葉にレオニダスは目を見開いてから……少し俯いてから少しだけ不器用な笑みを浮かべた。


「あー、もう、本当に人たらしな王子様だなー……クソ、負けたぜ」

「殿下ですからね」

「何となく、騎士さんの気持ちが理解出来たぜ」


少しだけ深く息を吐くと、レオニダスは迷いの晴れた目をしながら、俺の前に跪く。


「よく分からないが、騎士ってのはこうして主に跪くんだろ?無作法だが俺なりに誓わせて貰うぜ」


そう言うとレオニダスは片手を狼化させて爪を出すとそれを剣のように突き立てて言った。


「あんたの友人として、部下として誓いをここに」

「うむ」

「あと、俺は女はそこまで得意じゃないから王子様の大切な人に手を出さないとだけは言っておこう」


さっきの仕返しかそんな事を言うレオニダス。


「ならばよし」


こうして、狼男……レオニダスと俺は友人となり、そして部下にしたのだった。


それはそうと、人たらしなのは俺ではないのでそこは間違えないように。


むしろトールの方が天然のタラシだから。

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