第270話 狼男の家
ログハウスと呼ぶには自然の要素が強い気がする。
それが建物を見た時の第一印象だった。
「……趣きがありますね」
「濁さないで言ってみ」
「自然豊かでリフレッシュできそうなご自宅ですね」
口が達者なものだ。
まあ、トールだし当たり前か。
「人の気配はないけどお出掛け中かな?」
「だと思います。待ちますか?」
「そうだな。少し待たせて貰って……」
と、俺が言った瞬間だった。
不意に感知魔法の圏内にそれが入ってきたと思うと、俺の首を狙って鋭い爪が近づいてきて――キン!と鋭い音と共にトールによって防がれた。
「こちらに敵意はありませんが、やるというならお相手しますよ。狼男さん」
「……なるほど、俺の話を知った上で尋ねてきたのか。失礼、たまに賊がここまでたどり着くことがあるから早とちりしてしまった」
その男は、手の先を狼から人へと戻して戦闘態勢を解くと俺とトールを見て少し考えてから尋ねてきた。
「気のせいかもだが、有名人だったりするか?生憎と俗世には疎いが何かで見た覚えのある顔に思えてならない」
「僕はただの騎士ですよ。見覚えがあるのとすれば我が主のエルダート様でしょう」
「エルダート……エルダート……あ、もしかしてあれか。シンフォニアの変わり者の第2王子だったか」
「その認識で相違ないかと」
いや、別に変わり者じゃなくない?
なんちゃって王子なだけだし。
それにしても、狼男にまで知られてるとは王子様というのは目立つものだなぁ。
「ええっと、狼男さん……でいいのかな?生憎と本名を知らなくて」
「あー、そっちの呼ばれ方が慣れてるしそれでもいいいけど、一応レオニダスっていう本名はあるから、そっちでも構わないですよ」
「じゃあ、レオニダスくん。少しお話よろしいかな?」
「いいいけど……俺の事知ってるんなら今夜が満月ってことも分かってて来てるんだよな?それ前には絶対この山から抜けて帰ってくれよ。自己紹介した相手をその後で殺すのは気分悪いし」
とすると、満月の時に暴走するのはそう間違った情報という訳でもなかったわけか。
「とはいえ、その騎士さんが居る以上、暴れた俺が殺される方が有り得るか。さっきの動きも手加減されてたの分かるし」
「それはお互い様でしょう」
「俺が手を抜いてたように思えたのか?本気で王子様を狙ったさ。まあ、確かに仕留めるよりは制圧する方向で動いていたかもしれないけどな」
そう言ってから、レオニダスは懐から何かを取り出すとそれを口に含んでから一気に飲み込んだ。
「うへぇー、相変わらずまじぃ……」
「今のは……もしかしてサクロマの実?」
「ああ、これ食べると狼化した後の上がりっぱなしなテンションが抑えられるから薬代わりに飲んでるんだ。まあ、満月の夜には効果はないから普段使いしかできないけどな」
なるほど、サクロマの実には鎮静成分があるし、狼になった時に心まで野生に侵食されてるとすれば冷静になるのにこれ以上の薬もないか。
欠点があるとすれば、そのまま食べてもあんまり美味しくないということくらいだけど、それも俺が後で加工すれば問題なし。
「さて、実は来客は想定してなくてな。もてなすなんて事はできそうにないんだが……」
「お構いなく」
そう言って、空間魔法の亜空間から机やらテーブルやらティーセットを取り出すと、レオニダスは驚いたような表情を浮かべてからニィと楽しそうに笑った。
「なるほど、騎士がヤバけりゃ主も主か」
「僕なんて、殿下の足元にも及びませんから」
「だったら俺は更に下になるな。まあ、何にしても弾みで殺さなくて心底良かったよ。騎士さんがいるから殺せなかっただろうが、殺してたら面倒事が増えてそうだしな」
まあ、うちの騎士は最強だしね。
「ティーセットがあるならお茶は出して貰えそうだな。なら適当に木の実でも拾ってくるとするか」
「苦手なものとかある?」
「お茶には詳しくないが、上品過ぎるのは美味い不味い以前に性にあわないから粗茶で頼む」
「はいよー」
「というか、俺、王子様に無礼な口聞いてるよな。正したいんだがその辺の言葉遣いはよく分からなくてな……すまない」
「気にしなくていいよ。トールしか連れてきてないし、押しかけたのは俺たちの方だしね」
「寛大なお心に感謝だな」
なんちゃって王子だしね。
そうして、件の狼男……レオニダスに接触で来たのだが、思ってたよりも口が軽い……というか、人に慣れてるように感じなくもないという印象を受けた。
気のせいだろうか?
領主の娘から受けた印象が圧倒的に正しいといえば正しかったのだろうけど、それにしても話しやすいものだ。
一人暮らしが長いものとばかり思っていたが、誰かと暮らしていたという感じもなくはないし、その割には現時点でレオニダス以外にこの家に居る様子は皆無。
何かあったのかもしれないが……まあ、その辺は後で聞けそうなら聞いてみるとしよう。
レオニダスが木の実を集めてくる間にお茶を淹れておくのだが、紅茶は苦手そうだし何を入れるかは少し迷ったけど、試作で仕入れたものがあったのを思い出してそれを使ってみる。
お茶にうるさい系ではないだろうけど、せっかく淹れるなら美味しくしないとね。
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