第266話 縄跳び
ちょうど良い長さ、ちょうど良い素材の長いロープのようなもの。
回すのに支障がないのを確かめると、俺は試しに一度飛んでみる。
ぴょん、ぴょん、ぴょん。
うん、大丈夫そうだ。
「殿下、何をしてるんですか?」
俺の不可思議な行動に呆れたように尋ねてくるトール。
そのトールに俺は簡単に一言。
「縄跳びしようかなぁーって」
きっかけは昨夜の悪夢の一部。
転生した頃ならいざ知らず、婚約者達と寝るようになってからはほとんど見なくなった悪夢を久しぶりに見た気がしたのだ。
覚えてるシーンは、クラス対抗の大縄跳びのシーン。
運動が出来ないというのを説明したにも関わらず、少しくらいなら大丈夫とその当時の担任が無理矢理に大縄跳びに参加させたことがあった。
ガタイが良く、運動神経の良いクラスの男子が思いっきり大縄を回していて、回す度にヒュンヒュンと風切り音と地面を叩く音が響く。
当然、全く練習もしてない俺が飛べる訳もなく、飛び込んで頭から縄に激突。
それだけならまだ夢には見なかっただろうけど、俺で回数が止まった時のクラスメイト達の責めるような視線といたたまれない空気。
そして空気を読まず『どんまい、どんまい』と笑う担任というフルコース。
その後の若干の発汗による蕁麻疹で救急車沙汰になったりもしたけど、それらを見ても楽しそうに笑って済ます担任に俺はかなり内心で畏怖したものだ。
きっと、俺とはメンタリティが違うのだろうとその後は別の担任に変わるまで宇宙人のような気持ちで接していたことさえも思い出してしまった。
……思い起こすと本当に厄介な生徒だけど、俺だけでなくあの担任もかなりおかしいと思うのでイーブンということにしたい。
さて、忘れてたはずのそんな前世の記憶を、何故か鮮明に悪夢として思い出してしまったのなら、やるべき事は一つ。
忘れるよりも、乗り越えた方が良いだろうし、折角思い出したのならやらない手はない。
過去を振り払うため意味でも縄跳びにチャレンジしようと思い至った次第であります。
とはいえ、いきなり大縄は心の準備もあるので、まずは一人で縄跳びに挑戦してみようと思って、試してみたけど……案外簡単だった。
前飛び、後ろ飛びから始まり、交差飛び、あや飛び、二重跳びと試していき、男の子が必ずやってる(偏見)はやぶさ飛びも問題なくできた。
「なるほど、ジャンプの制限と細かい力の調整に良いですね」
……最も、目の前で人間離れしたサーカス技をやってのけるトールを見ると誇れる気はまるでしないけど。
うん、あれは例外ということで。
大縄は流石に心の準備が必要にはなったけど、タイミングさえ掴めれば問題なく飛べた。
多分、前世ならこうはいかなかっただろうなぁ。
今世はフレデリカ姉様の稽古のお陰で運動してるから比較的楽に感じたのだろうけど、やっぱりある程度基礎が出来てた方が何をするにも便利ということは世の常なのかもしれない。
それにしても、大縄は抜けるタイミングの方が怖いな。
入る時の度胸が抜けないうちに出たいけど、後ろにトールが控えていて、俺の邪魔にならないように自由自在に縄の外と内を行き来するのをみると、前世で縄を恐れていたのが馬鹿らしくなってくる。
いや、縄よりもあの当時の担任の方がトラウマかもしれない。
常に笑顔をサイコと感じたのは後にも先にもあの人くらいだろう。
……多分。
「それで、殿下。何かありましたか?」
縄跳びを終えて、仕事に戻ろうとすると、そう簡単に聞いてくるトール。
「ちょっと嫌な夢見たから、発散したくてね」
言わなくても察してる癖に、わざと言葉にするのだからイケメンとは恐ろしいものだ。
まあ、その気遣いは嫌いじゃないけどね。
「そうですか。発散できたみたいですし、アイリス達の心配も晴らしてくださいね」
「分かってるよ」
我ながら贅沢なものだけど、前みたいに内に溜め込むことが難しい環境になっていたりする。
トールは……まあ、例外というか何故か以心伝心なので除外するとしても、家族も俺の些細な変化に気づいてくれるし、婚約者のアイリス達も俺の心の変化にすぐに気づく。
逆もまた然りとはいえ、本当に俺を思ってくれてるのが凄く嬉しいし、心配かけたくないけどその気持ちが嬉しくもある。
大縄跳びの呪いは綺麗さっぱり振り払えたし、心配をかけた婚約者達にきちんとお詫びをしないとね。
後日、うちに来た甥のフリードが縄跳びにハマって色々と技を教えたけど、俺よりも上手くなったのをみて甥の潜在的な資質の高さを再認識したけど……まあ、本当に今更だよね。
流石自慢の甥という気持ち。
魔法しか取り柄のない俺だけど、もう少し出来ることを頑張ろうと少し前向きになれるのだから、少しは性根も矯正されてきたのかな?
いや、自惚れはよくない。
目標は遥か高いけど、家族や婚約者達に誇れる自分になれるように頑張ろう。
そう思いながら、その翌日はウォータースライムのラムネと屋敷の池を見ながらまったりとするのでありました。
ラムネはぷにぷにしてて気持ちいいなー。
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