第252話 ポッテ村での出来事
バリトン子爵の領地の一つ、ポッテ村。
普段はきっと、のどかな農村という感じの村なのだろうが、水不足による影響は中々に大きいみたいだ。
俺たちが村に着くと、数少ない水源を巡って争っている真っ最中だった。
「ここはワシらのものじゃ!」
「黙れジジイ!俺らの場所に決まってるだろ!」
中でも、屈強な老人と血気盛んな若者の争いが目立つ。
村の中でもかなりの腕っ節で、普段はきっと互いを思うことができそうな輩なのだろうが、家族のために水源を確保しようとしてるのはよく分かる。
分かるけど……流石に客人の前で争いを見せつけるのはいただけない。
という訳で。
「トール、GO」
「分かりました」
争いは一瞬にして終わる。
トールがやったのは近くの大地を軽く抉ることだけ。
ただ、物凄い深いクレーターを素手でやってのけた上にさらりと隣に同じような穴を量産するものだから、流石に大人しくするほかないのだろう。
でも、思ったよりもスタイリッシュなやり方で少しびっくり。
……いや、スタイリッシュとは違うかも。
てっきり、一人づつ殴って黙らせる方向かと思ったけど、手加減してもトールの一撃はヤバすぎるので自重したのだろう。
有能なイケメンだこと。
「殿下、皆の前へ」
恭しく俺に跪くトール。
殿下という単語と、トールが仕える存在ということで様々な視線が俺に集まる。
注目されるのは苦手なんだけどなぁ……というか、トールよ、そんな家臣ぽいムーブを外でするのはどうなの?
意図は分かるけど、面倒臭い。
まあ、仕方ないか。
パパっと終わらせないとね。
「シンフォニア王国、第2王子のエルダート・シンフォニアだ。此度はダルテシア王国、シンフォニア子爵として、バリトン子爵の要請でこの地に来た。代表の者は?」
そう聞くと、すっと細身なのに凄く筋肉質なお爺さんが俺の前へと出てきて傅く。
「この村にて村長をしております、ドンナと申します。先程はお見苦しいものをお見せいたしました」
「事情は理解している。家族のために必死な者たちという私の認識に相違ないようだ」
「恐れ入ります」
この話し方やめたい。
超止めたい。
でも、こんな若造が砕けて話しても信用されないだろうし、とりあえず我慢。
それにトールも非常に嬉しそうに俺の傍に控えてるし言い難い。
なんなの?普段の俺じゃ不服なの?
いや、確かにこういう感じだとめっちゃ騎士ムーブ出来るから嬉しいのだろうが、何にしても俺がこんなに大変なのに一人だけめっちゃ楽しそうなのが気になる。
うん、スルーが吉だな。
「原因の求明が先決だが、その前にまずは不足している水を何とかしておこう」
「何とか……でございますか?」
「ああ」
ふっと風の魔法で浮かび上がると、感知魔法で各所の水場を確認。
ん?何ヶ所か変なところあるな。
少しズラして簡単な貯水池も作っておくか。
空に手をかざすと、巨大な水の塊が現れて、各所の水場を満たすように次々に入っていく。
どこか神秘的な光景だけど、これだけでは足りないだろうとせっかくなので魔法で簡単に雨を降らせる事にしてみた。
汚染されてないこの世界の雨水だからこそ出来る芸当だけど、魔法で人為的に雨を降らせるのは邪道だと思うので普段は使わない魔法だ。
それに天候を変える魔法というのは中々に疲れるし面倒な魔法なので、わざわざ使うかどうかと聞かれると悩んでしまう。
魔力量も成長期な俺だから大丈夫だけど、一般の魔法使いはまだ習得出来ないという課題もある。
この辺は今後の研究次第かな。
「水だ……水だぁ!!!」
「「「「「わぁああああ!!!」」」」」
下を見ると、村人達の歓声が聞こえてくる。
それはいいのだが、俺に向かって神様みたいに拝むのは止めない?
今にも『我らが神』とか言いそうで少し怖い。
スラム街に手を出した時にもこんな光景を見たような気がする。
状況は違えど似たような光景を見たからか、嫌な予感しかしない。
いや、ここはバリトン子爵の領地。
俺を神聖視する訳ないよね。
全てはジーク義兄様と、ジーク義兄様に頼んだバリトン子爵の功績ということで。
念の為に試飲をしようかと思っていたけど、念願の水を早速味わってる人達も居るし必要ないかな?
それにしても人が美味しそうに水を飲む姿というのはやっぱりいいものだ。
独占欲もあるけど、それは婚約者に向けるものだろうし、水は万人に愛されるべき。
だからここはおおらかな気持ちで俺も水を一杯……飲もうとすると、トールが酷く責めるような視線を向けてくるので気になる。
『いや、別に飲んでもよくない?』
『せっかく殿下が久しぶりに真面目モードなのでこのまま行きましょう。その方が村人達も安堵できるかと』
気持ちは分からんでもないけど、普段の俺も中々に真面目では?
仕方ない、後で問題解決したら秘蔵のボトルを開けることにしよう。
お酒じゃなくて、水が入ってるんだけど、雰囲気というのは大事で、ワイングラスで飲む水も中々におつなものだ。
水専門のソムリエを名乗れるように日々精進かな。
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