第251話 イケメン流、空での過ごし方

バリトン子爵の領地には行ったことがないので、空間魔法の転移で直接向かうことが出来ない。


便利な魔法故に、そのくらいでないとバランスが悪いとも言えるけど、魔法で空を飛べる俺からしたら多少距離があるだけでひとっ飛びすれば問題なく行ける距離だった。


「しっかし、俺みたいな子供を頼るなんてよっぽどアテがなかったんだろうなぁ」

「いえ、むしろ殿下でないと解決できないと考えたのでは」


バリトン子爵は俺の好きにしていいと言ってたので、ジーク義兄様の屋敷で本人とは別れて、トールを連れてこうして空から現地に向かってる途中、何気なく呟いた言葉にトールが呆れたような表情で答えた。


「ジーク様もそのように考えたからこそ、殿下に繋ぎをとったのでしょうね」

「信頼されてるってことでいいのかな?」

「僕が言わなくても分かってるのでは?」

「まあね」


その信頼に応えられるような男でありたいものだ。


「案外、出向いた先でまたトールが嫁を増やすイベントがあったりして」

「……不吉なこと言わないでくださいよ」

「今更一人、二人増えても変わらなくない?」

「その台詞、自分に言えますか?」

「他人事だからいいんじゃないの」


ため息をつくトールだけど、大きなイベントがあればトールは嫁を増やすというイメージは往々にしてあったりする。


まあ、俺が面白がって仲介したパターンもなくはないけど、ごくごく一部の例外だろう。


クレアの時は街でトールを見初めたクレアの猛アタックを宥めて成人まで待たせたし、ケイトは行き倒れてる所をトールの元まで送り届けただけだし、ピッケは祖父母の家で密かにトールを想っていたピッケのことを祖父母から切り出されてフォローしただけだし、シールは拾ってきたトールが何故か俺の元に連れてきたので、成人まで我慢するように言っただけだし。


……あれ?意外と関与してる気が……いや、気の所為だな。


「時間あったら、近くで何かいい場所ないか探そうか」

「具体的には?」

「デート向きの場所とか、水が美味しい場所とか」


前者は婚約者達と出掛ける時の候補地を増やすため。


何か特産品があったり、雰囲気の良い場所だったらデートに行きたいからだ。


後者はただの俺個人の趣味。


幼い頃からシンフォニアのオアシスで満足していた俺だけど、ダルテシアに来てから外にも目を向けるようになったので、やがてはこの世界の全ての水を制覇するという密かな野望もあったりする。


まあ、あくまで日常生活に支障がない範囲でだけど。


無理してまで求めても仕方ないし。


ただ、やるからには全力で。


苦労した分だけ、きっとその場所の水が美味しくなると思うので、まだ見ぬ水への期待は留まることがなさそうだ。


「キラキラした目をしてるところすみませんが、前方に鳥の群れですよ」

「おっと、いけないいけない」


トールという人外騎士が居るとはいえ、空の旅は何かと危険なこともあるので油断は対敵。


とはいえ、肉眼で目視できる範囲外からの存在の察知は俺には難しいと思うんだ。


魔力による感知なら分かるけど、それよりも素で視野が広いこのイケメンはやっぱりおかしいと思う。


今更だけど、まあトールだから仕方ないな。


「美味しそうな鳥なら、何羽か捕まえるか」

「あれは止めた方がいいですよ。食用には向かない鳥だったかと」


そう言われても、まだ俺の視界には遠い空しか写ってないので判断の仕様がないが、サバイバルにも慣れたイケメンの言葉なのでそうなのだろう。


「鶏からか……今夜は鶏肉の唐揚げだな」

「アイリスやレイナ様なら、用意してくれてると思いますよ」


不思議と、その日食べたい物が一致するのも婚約者達と相性が良い証拠なのかもしれない。


まあ、苦手なものでなければ好きな人と食べる食事は何でも美味しいんだけどね。


「ところでトール。その靴って前に新しく作ったやつだよな?」

「ええ、適度な負荷で良い感じです」

「そうか」


トールのためではないけど、筋トレグッズやウエイトなんかを用意することが多々あるのだが、まさか空を飛んでる時にも自身を鍛えることを忘れてないとは騎士の鏡と言うべきか、それとも舐めプと呼ぶべきか。


トールに限っては前者なのだろうけど、20トン以上の負荷がかかる靴をこの前作ったのでそれを履いてきたのだろう。


使ってくれるのは嬉しいが、空を飛んでる時、トールは魔法ではなく物理で飛んでる。


なのに、動きにまるでブレがなく、余裕綽々な所を見ると、20トン以上の負荷ではそんなに効果がないのかもしれない。


トールには植物の精霊のリーファと作った非常時の回復薬をいくつか渡してある。


傷だけでなく、体力や精神力……心の回復を補助するする効果まであるチートなものだけど、それがあるからいざって時も大丈夫なのだろうが、それがなくても現時点でのトールを出し抜いて俺の元に辿り着ける輩がいるのかは非常に興味深いところ。


俺自身は非力なので油断はしないけど、俺の騎士は負けないと信じてるのは本人に言うつもりのないことでもあった。


面と向かって言うのは恥ずかしいし。


婚約者ならストレートに想いを口にできるのだが、この腐れ縁のイケメンには言わなくても問題ないだろう。


トールだしね。

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