第250話 ジーク義兄様の頼み

その日、緊急の用があるとかで俺はジーク義兄様に呼び出されていた。


大事な話のようなので、時間を作ってトールを連れて隣の屋敷に行くけど、転移門は使わなかった。


今回は使わずに来て欲しいと、ジーク義兄様から頼まれてからだが、すっかり転移門に慣れたのでこうして隣の屋敷に回り道して入るのは何とも不思議な感じがして新鮮だった。


転移門で家族間の距離が縮まったのは良いことだけだ、たまにはこんなのも悪くない。


そんな気持ちでジーク義兄様の執務室に入ると、ジーク義兄様の他に見覚えのある人が室内には居た。


「わざわざ呼び出してすまないね」

「いえ、ジーク義兄様と会えるのは嬉しいですから」

「エルはお世話が上手だね。でも今の台詞をレフィーアに聞かれたら、嫉妬されそうだ」


緊急と言う割には落ち着いてるけど、来客の存在で転移門を使わなかった理由は何となく理解する。


屋敷の執務室に入るレベルでは信頼出来るけど、転移門を知らせる程でもないような仲ということだろう。


ジーク義兄様の執務室には大して重要な書類はないらしい。


本当に大事なものは別の部屋で厳重に保管してるそうだし、ほとんど全てジーク義兄様と執事さんが内容を覚えてるのでそれでも問題ないそうだ。


流石はジーク義兄様。


マルクス兄様やシュゲルト義兄様、そして言わずもがな父様や義父様も当たり前のように記憶力が良いのだが、こと純粋な記憶力においてはジーク義兄様が最も凄いみたいだ。


俺もその半分でいいから記憶力が欲しいものだとしみじみ思う。


さてと。


「バリトン子爵でしたね。お久しぶりです」

「あれ?エルは会ったことあったかな?」

「ええ、少し前のパーティーの席でご挨拶したかと」


とはいえギリギリ思い出せたのが奇跡なくらいで、何となく見覚えがあるという点からぼんやりとその名前が出てきただけなので、何を話したか覚えてなかったりする。


「お久しぶりです、エルダート殿下」

「こちらでは、シンフォニア子爵で構いませんよ」

「すみません、こちらの方が呼びやすいので。お気に召しませんでしたか?」

「いえ、構いませんよ。お好きに呼んでください」

「ありがとうございます」


物腰は比較的柔らかそうな人だ。


年相応な中年男性で、子爵位でもかなり裕福な部類なのが身につけてる衣服と装飾から分かる。


とはいえ、一度しか挨拶してないので詳しいプロフィールは謎のままだけど、ジーク義兄様からそこそこ信頼を受けてるようだし大丈夫かな。


「今日エルに来てもらったのは、彼からのお願いを聞いて欲しいってことなんだ。勿論、エルが嫌なら断っても構わないよ。ただ、話だけは聞いて欲しくてね」


断れない言い方のはずなのに、まるで嫌味がないのが凄い。


父親になってますます紳士さがプラスされたジーク義兄様のこの姿も理想なんだよなぁ。


なれるなれないは置いておいて心持ち的にね。


「まずは、事情を聞かせて貰えますか?」

「ありがとうございます。実はですね……」


バリトン子爵の話では、持ってる領地の一部で水不足などが問題になってるそうだ。


最初は一部の井戸水が枯渇したくらいだったらしいが、まるでそれに端を発したかのように近隣の村や街にも被害が出始めたらしい。


水脈のハズの場所をいくら掘っても、水は出てこず何とかしようとバリトン子爵はあれこれと手段を講じたけどどれも解決には至らず、困り果てて俺の力を借りたいとジーク義兄様に相談したらしい。


……そこでなぜ俺なのやら。


「エルの魔法に期待してるんでしょ」

「なるほど」


当たり前のように心を読まれたけど、確かに魔法でどうにかなる可能性もなくはない。


ただ、普通の魔法使いでダメな案件なら、俺が出張ってどうにかなる保証はないのだが……しかし、水不足と聞くと黙ってられるわけなかった。


生活に必須で、大切な水源が奪われたのだとしたら、我が子を奪われも同然。


村人達の苦しみが手に取るように分かる。


何とかしてあげたいというのが正直な気持ちだった。


「高名な魔法使いの方も理由が分からず、どうにもならないと匙を投げられました。それ以上となると、私の知る限りではたったおひとりしか知りえませんでした。エルダート殿下のお力に縋るしかなく……何卒お願い致します」


俺を利用するようで、心苦しいという態度だけど、同時に心から自分の領地の民を心配してるのがよく分かった。


良識的な人のようだし、演技ではないと思う。


控えてるトールも問題ないと判断してるようだし、現場を見てみるのはいいかもしれない。


「必ずとはお約束できませんが、最善は尽くしましょう」


こうして、厄介事らしきものを引き受けたけど、ジーク義兄様もこの結果を分かってたのか頷いてるし、トールも仕方ないと諦めたような顔をしてるので、問題ないだろう。


魔法というは万能ではないし、俺程度では何か出来るのかは不明だけど何にしても見て見ないことには始まらない。


予定は少しあったけど、ズレても問題ないし、最低でも近日中の水不足の解消程度ならできるだろうし、まずは現地に行ってみてかな。

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