第247話 バルバンが連れてきた子

その日、数日ほど隣国にお使いに行ってもらっていたバルバンが帰ってきたと思ったら、女の子を連れて帰ってきた。


5歳くらいの女の子。


執務室に入ってきたバルバンの後ろに隠れてこちらをチラチラ見ている。


見るもの全てが新鮮なようで、室内をキョロキョロしているけど、見知らぬ俺を見て驚いたように隠れてから、また顔を出してチラチラ見てくる。


とりあえず近くの棚から、お菓子を取り出して置いてみる。


興味あるのか、それが甘いものだと本能的に分かったのか期待するように見てくるので、ニッコリと微笑んで手招きすると、バルバンとお菓子で視線を迷わせてから、意を決したように近づいてきて、おっかなびっくり受け取ると食べ始める。


「ふぁ……あまぁ……」


蕩けたような笑みを浮かべてから、夢中でお菓子を頬張るその子。


子供とは本当に可愛らしいものだと、思っているとバルバンが呆れたような……でも少し嬉しそうな顔をして言った。


「事情を聞く前に餌付けしないでくださいよ」

「お腹空いてるみたいだったし。それにここに連れてきたってことは理由があるんでしょ?」


トールもそうだけど、意味無くここには連れてこないだろう。


念の為、部屋の外に居るトールの方も見るけど、気にした様子もなく入ってきて控えたので大丈夫ということ。


「それで?何かあったの?」

「ええ、まあ少し」


バルバン曰く、隣国へのお使いは比較的素早く終わり、トールからの頼まれ事も済ませようとしていた時に、裏町の存在を知って、色々と情報を聞く度に、何か怪しいと思い、調査をしようとした矢先この子を見つけたらしい。


場所は色町の店のゴミ捨て場。


ガリガリに痩せて倒れているその子を見つけて助けたら懐かれたらしい。


調べた限りでは、娼婦が産んだ子を店で働かせて養ってたけど、使えないから捨てられたとのこと。


身寄りは他になく、隣国の国内は今少し不安定らしいので、とりあえず連れ帰ってきたけど、孤児院に預けようと思ったらその子はバルバンと離れるのを泣いて嫌がったらしい。


「流石に泣かれたらな……」


弱ったと言わんばかりの顔だが、どこか嬉しそうなのはよく分かった。


元々、バルバンは子供好きだし、ある意味予想通りといえば予想通り。


「なるほど、バルバンが責任持って引き取るって言うなら止めないよ。一緒に屋敷に住むといい。昼間は侍女さん達に任せてもいいし、トールの奥さんも子育ての勉強として見てくれるかも」

「いいんですか?」

「構わないよ。バルバンにはいつも頑張って貰ってるしね」


お菓子を食べ終わって、寂しそうな顔をしていたその子に追加を渡すと、嬉しそうに手をつけるその子。


「よく食べるね」

「ええ、道中もよく食べましたよ」

「んー、見た限りは人間だけど……もしかしてトール達のお仲間の系譜とか?」

「可能性はあるかと」


純粋な人間ではなく、体に特徴の出にくい種族とのハーフという線もありそうな食べ方をしていたのでそう聞いてみると、トールも同じ意見なのか頷く。


アイリス程ではないけど、小さな体によく入るものだ。


「それで?この子の名前は?」

「ないらしい」


予想はしてたけどやっぱりか。


「ならまずは名前からだね。バルバンが付けるように」

「……無茶言いますねぇ。息子の名前も嫁さんに決めて貰ったんだがなぁ……」

「期待には答えないとね」

「期待?」

「ほら、そのおチビちゃんの」


食べ終えてから、話の流れは分からずとも何かを期待するようにバルバンを見つめるその子。


そんな視線に耐えかねてギブアップするバルバンとついでに巻き込まれたトール。


結果、俺が三つほど候補を出してその中で気に入ったものを選んでもらった。


選ばれた名前は『リーネ』。


「りーね……りーね!」


お気に召したようだ。


「じゃあ、リーネ。その人のことはパパと呼ぶといい 」

「ぱぱ?」

「そう、そのうち呼び方が変わるかもだけど、これからはその人が一番にリーネのことを考えてくれるからね」

「えっと……ぱぱ」


遠慮がちにバルバンをそう呼ぶリーネ。


それに対して、バルバンは『やれやれ、この殿下は仕方ないなぁ』と、言うような態度だけど、満更でもなさそう。


とはいえそれは決して表には出さない。


トールよりも分かりにくいけど、ある程度は察してしまうのだから俺もそこそこバルバンを熟知してるのかもしれない。


そんな訳で、その日からバルバンの部屋に同居人ができた。


これまでは一人で使っていた部屋を二人用にして住んでるけど、割と楽しそう。


昼間は侍女やトールの嫁達が面倒を見て、仕事が終わると親子の時間のようだ。


一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、ぐっすり寝る。


何気ない日常の報告をリーネがその小さな体も使って言葉にして、バルバンがそれを聞き流すようなフリをしつつちゃんと聞く。


本当の親子のように仲良しだけど、亡くなった妻と息子に遠慮していたバルバンにしては思い切ったものだ。


いや……きっと放っておけなかったのだろうなぁ。


自分を慕ってちょろちょろと後ろを着いてくるその子のことを。


お人好しだけど、バルバンらしくていいと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る