第240話 セリィと空の旅

婚約者の中で、空を飛べるのはセリィだけだ。


……いや、その言葉もおかしいけど、安全に空を移動できる手段を持つのがセリィだけなのだ。


レイナやアイーシャは魔法は少し使えても、そういう真似が出来るレベルではない。


アイリスは風の魔法が得意だけど、俺のように長時間維持するのは厳しい。


ハーフヴァンパイアのセリィはヴァンパイアとしての力をいくつか持っているけど、その中に空を飛ぶ力がある。


まあ、セリィ本人が普段空を飛ぶことは滅多にないけど。


影での移動が便利すぎるし、わざわざ目立つような真似をすることも好まないので使う機会がないのだ。


「……主、天気良好」

「風も強くないし、問題なさそうだね」


本日、俺はセリィとお出掛けをしていた。


街にデートと思ったけど、この前の亜人の村に行く時に俺とアイリスが空の旅を楽しんでいたことを凄く羨ましがっていたので、せっかくなら飛べる二人で空の散歩にでも行こうかと誘った次第だ。


「……やっぱり主は凄い」

「ん?何が?」

「……風の魔法で空を飛べる人、滅多にいないのに、余裕そう」

「慣れてるからね」


一番の得意魔法は水系の魔法だけど、風の魔法もそこそこ使える。


空を飛ぶくらいなら、苦もなく出来るし、魔法しか取り柄のない俺の唯一の特技なのかもしれない。


「……じゃあ、予定通り途中で抱っこして」

「勿論だよ」


アイリスにしたようにお姫様抱っこをご所望のようだ。


俺なんかでいいのだろうかと思わなくもないけど、誰にもこの役目は譲りたくないという気持ちもある。


強欲になったものだ。


なお、今すぐでないのは、婚約者の中で唯一俺と同じように飛べるという共通点を楽しみたいからのようだ。


まあ、普通の人間は空は飛べないからね。


トール?あれは化け物だから。


空気を蹴って空を駆けるなんて、脳筋な方法で飛ぶのだから人間と呼ぶのは難しいと思う。


というか、亜人だし。


亜人も人類ではあるのだろうけど、トールの場合、現時点で人外な力を持っているので比べるべきではないよね。


そのトールは本日も護衛として近くに居るはずだが、全く気配がないのでかなり遠くで護衛をしてくれているのだろう。


いや、俺が感じ取れないだけで近くに居るのかもしれないけど、俺の直感に従うならそこそこ遠い距離に陣取ってるように思える。


これが当たるのだから恐ろしいのだが……まあ、今はやつの事は考えなくていいだろう。


「セリィ、その翼可愛いね」

「……でしょ」


パタパタと背中の小さな羽が動いているけど、セリィ曰く翼で飛んでいる訳ではないらしい。


ヴァンパイアの権能なので、物理法則を軽く無視してる魔法的な力に類似したもののようだけど、ヴァンパイアについて詳しいことが分からないのでセリィの言葉が全てだろう。


疑う必要もないしね。


ハーフとはいえ、ヴァンパイア自体数が少ないのでこうして俺の婚約者の一人になっているのが不思議に思うけど、どんな種族だろうとセリィはセリィだ。


俺が好きになった人に違いはないし、これからも傍にいて欲しい。


「……アイーシャ、すっかり馴染んでる」

「まあ、前々から入り浸ってたしね」

「……お陰で、寝る場所も人が多くなった」

「俺はますます寝てる時動けなくなったよ。でも、悪い気はしないかな」

「……同感」


アイーシャに告白して、屋敷に住むようになってから暫く経つけど、前々から住んでいたようにアイーシャはすっかり婚約者達と俺の屋敷に馴染んでいた。


添い寝も三人から四人に増えたけど、レイナ以外は場所を交代してピッタリと俺を抱き枕にして寝ている。


レイナは足が不自由だし、正妻なので添い寝のポジションが固定なのは納得なんだけど、実はアイリスも本当は固定のつもりでセリィとアイーシャは考えていたようだ。


ただ、それだと不平等だからと優しいアイリスが二人に考慮した結果、寝る場所がローテーションになったようだ。


その割にはアイリスが横にいる回数にそんなに変化ない気がするけど……その辺はやっぱりセリィとアイーシャなりに気を使っているのだろうか?


何にしても、仲良くやれてるのなら良かった。


「セリィ、いつもありがとう」

「……主、それ私の台詞」

「そう?俺としては皆に言い足りないくらいなんだけど」

「……なら、一緒」

「そうだね」


あまり表情に変化を見せないセリィだけど、俺には分かる。


嬉しそうな様子が隠せてないのが。


それなりの長い付き合いになってきたし、セリィのことも色々と分かるようになってきた。


知る度に、俺は好きになっているけど……やっぱり好きな人のことを新しく知れるのは嬉しいのだろう。


どんな事であれ、好きな人を知るというのはますます理解して寄り添えるということ。


全てを知りたいけど、焦ることもないだろう。


こうしてデートしながらのんびりと日々の暮らしで知れればそれでいい。


とはいえ、他の誰かよりも先に婚約者達の全てを知りたいという気持ちもあるのだけど……我ながらかなり我儘になったものだ。


それでいいのかもしれないけど。

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